表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
腹ペコ旅団、異世界を往く〜転生者は今日も腹を空かせる〜  作者: 大輔


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/54

第17話「道中一日目、草原と肉と、それだけ」

 街道は真っ直ぐだった。


 草原の中を一本の道が北東へ伸びている。左右に遮るものがない。森にいたときとは全然違う。視界が広すぎて、最初は少し落ち着かなかった。


 今は慣れた。


 歩き始めて二時間ほど経つ。ライルは黙って隣を歩いている。特に話すこともなかった。


 草原の風が横から来た。草がまとめてなびいた。


 遠くに茶色い影がいくつか動いている。ホーンラビットだろう。あのサイズなら食べでがある。足が速そうだが、罠を使えばいける。


 「あれ、取れるか」


 ライルが視線の先を見た。


 「ホーンラビットか。走らせたら速いぞ」


 「罠を使う」


 「道中で罠を仕掛ける気か」


 「昼飯の話をしている」


 ライルが少し黙った。


 「……街を出て最初の話題がそれか」


 「腹が減る前に考えておくのが合理的だ」


 「合理的……、まあ、否定はできんけど」


 街道を外れて草原に踏み込んだ。ライルが「依頼でもないのに」と言いながらついてきた。


   *   *   *


 罠を仕掛けるのに、そう時間はかからなかった。


 森でやっていたことと基本は変わらない。ただ草原は隠れる場所が少ないぶん、誘導の工夫がいる。風向きを読んで、草の陰に仕掛けた。


 待った。


 十数分で一頭かかった。


 首の付け根に棒を入れて仕留めた。ホーンラビットは思ったより大きかった。角が太い。成体だ。


 「あっさり取るな」


 「手応えはあった」


 「そうは見えなかった」


 解体に入った。草原に座り込んで、ナイフを使う。手順は体に入っている。内臓を分けて、皮を剥いで、肉を取り出す。脂の乗りを確認した。悪くない。


 「食える部位はどこだ」とライルが聞いた。


 「全部」


 「全部か」


 「捨てるところがない。内臓も下処理すれば使える。今日の昼は後ろ脚にする」


 「今夜の分まで考えてるのか」


 「当然だ」


 ライルが何か言いたそうにしたが、やめた。


   *   *   *


 街道に戻って少し歩いたところに、細い川があった。


 水を確認した。澄んでいる。飲める。


 「ここで昼にする」


 「異論なし」


 火を起こした。後ろ脚を切り分けて串に刺した。塩を振った。それだけだ。余計なものはいらない。


 脂が落ちて、炎が揺れた。


 匂いが来た。


 草原で育ったホーンラビットの脂は、森の獣と少し違う。青草の香りが混ざっている。それが火を通すと甘みに変わる。焼けていくにつれて匂いが変わっていくのがわかった。


 「……いい匂いだな」


 ライルが川の方を向いたまま言った。


 「まだだ」


 「わかってる」


 もう少し。表面の色が変わって、脂が透き通ってきたら。


 指で押した。弾力があった。もう一回転させて、火から上げた。


 「食え」


 ライルが受け取った。かぶりついた。


 声が出なかった。


 俺も食った。


 噛んだ瞬間に肉汁が出た。草の香りと脂の甘みが一緒に来た。塩が全部をまとめた。後味に青みが残った。悪くない。かなり良い。


 「うまい」


 ライルがぽつりと言った。


 「塩だけでこうなるのか」


 「素材が良かった」


 「それだけじゃないだろ」


 「火の入れ方もある」


 「……お前に料理を習う日が来るとは思わなかった」


 「別に教えてない」


 川の音が聞こえた。風が草を揺らした。


 二本目を焼いた。今度は少し火から遠ざけて、ゆっくり時間をかけた。脂が均一に回る。そっちの方が旨かった。


   *   *   *


 昼を過ぎて、また歩いた。


 街道沿いの草原に、ときどき魔物の気配があった。ホーンラビットが数頭。遠くにもっと大きい影もあった。


 「あれは何だ」


 「グラスボアだ。草原に生息する猪系の魔物。Eランク相当」とライルが答えた。「近づかない方がいい。群れで動く」


 「食えるか」


 「……食えるとは思うが」


 「夕飯にしたい」


 「正気か」


 「Eランクなら倒せる」


 「一頭だけならな。群れに突っ込む気か」


 俺は群れの動きを見た。五頭いる。端の一頭が少し離れていた。


 「あの一頭だけ取る」


 ライルが溜め息をついた。「……わかった。援護する。無茶はするな」


 「する気はない」


 棒を持って草原に入った。


 風向きを確認した。向こうはまだこちらに気づいていない。端の一頭との距離を測った。群れから離れる方向に誘導できれば、単独で相手できる。


 石を一つ拾って、群れの反対側に投げた。


 音がした。群れが反応した。端の一頭が首をこちらに向けた。


 目が合った。


 突進が来た。速い。体重がある。地面の振動が足に伝わった。


 横にずれた。棒の先端を脇腹に叩き込んだ。手応えがあった。一発では止まらなかった。振り返ってくる。もう一発、頭に入れた。落ちた。


 群れの方を確認した。ライルが牽制の魔法を出して、残りを遠ざけていた。四頭が散っていった。


 「……仕留めたのか」ライルが近づいてきた。「速いな」


 「遅いと喰われる」


 「そういう問題じゃ……いや、そうか」


 解体に入った。グラスボアは大きい。ホーンラビットの三倍はある。脂の厚みが違う。背肉を見た。きめが細かい。草原育ちの猪はこうなる。


 「全部持てるか」とライルが聞いた。


 「持てる分だけ持つ。背肉と内臓の一部。残りは置いていく」


 「もったいなくないか」


 「持てない分は仕方ない」


 「……合理的だな」


 「そうだろ」


 塩を使って簡単に処理した。保存できる分はしておく。夕飯の分は別に取り分けた。


   *   *   *


 夕方、街道沿いに風を遮れる小さな丘を見つけた。


 「ここで野営にする」


 「異論なし」


 火を起こした。グラスボアの背肉を厚めに切った。塩を振って、串ではなく直接火にかざす形で焼いた。脂が多いから、串より安定する。


 脂が落ちた。炎が上がった。


 匂いが違う。ホーンラビットより重い。甘さの中に獣の香りが混ざっている。それがいい。草原の風と火の匂いが一緒になった。


 「……さっきより匂いが強いな」


 「脂が多いからだ」


 「腹が鳴った」


 「もう少し待て」


 表面が色づいてきた。脂が透き通った。指で押した。中まで火が通っている。


 「食え」


 ライルが受け取った。一口食った。


 また声が出なかった。


 今度は少し長かった。


 俺も食った。噛んだ瞬間に脂が出た。肉の繊維がほぐれた。塩が引き立てた。後味に草原の香りが残った。


 旨かった。


 「……ホーンラビットと全然違う」


 「育ちが違う。食うものが違えば肉が変わる」


 「そういうものか」


 「そういうものだ」


 ライルが二切れ目に手を伸ばした。


 しばらく二人で黙って食った。火が揺れた。草原の風が通り過ぎた。星が出てきた。


 「ドラスまであと三日か」


 「宿場町で一泊する。実質二日と少しだ」


 「早いな」


 「歩けば着く」


 「……ドラスで何を食うつもりだ」


 「まだわからない」俺は火を見た。「行かないとわからない」


 「それでも行くのか」


 「それだから行く」


 ライルが少し笑った。声を出さない笑い方だった。


 「わかった。楽しみにしておく」


 火が落ち着いてきた。


 明日も歩く。その先に旨いものがある。それだけで、今は十分だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ