第16話「次の街へ」
街に来て、五日が経った。
宿の窓から外を見た。朝の市場が動き始めている。荷馬車が通って、商人が店を開ける準備をしている。見慣れた景色になっていた。
そろそろ出る頃合いだ。
この街で手に入るものは、大体手に入れた。塩、胡椒、香辛料の類、干した香草。解体ナイフも手に入った。ギルドで依頼を二つこなして、金も補充した。
次に行くべき場所がある。
昨日、ギルドの掲示板の端に貼ってあった情報書きを読んだ。北東の街、ドラスに関する記述だった。交易が盛んで、他国からの食材も流通している、と書いてあった。
他国の食材。
それだけで十分な理由だった。
* * *
朝飯を食いながら、ライルに話した。
「今日、街を出る」
ライルが椀を持ったまま止まった。
「急だな」
「次の街へ行く。ドラスだ」
「ドラス……北東の交易街か。ここから四日ほど歩く」
「知ってるのか」
「名前くらいは。行ったことはない」ライルがパンをちぎった。「なんでドラスだ」
「他国の食材が手に入ると聞いた」
ライルが少し黙った。
「それだけか」
「それだけだ」
また黙った。今度は少し長かった。
「……俺も行く」
「構わない」
「構わない、じゃなくて」ライルが椀を置いた。「正式に組む、ということでいいか。パーティを組むなら、ギルドに登録が必要だ」
パーティ。二人以上の冒険者が組んで行動する単位だ。ライルから説明を受けたことがある。
「登録するとどうなる」
「依頼を連名で受けられる。報酬の分配がギルドを通して正式になる。あとは、万が一のときに連絡先として機能する」
「デメリットは」
「特にない。強いて言えば、片方が問題を起こすともう片方にも影響が出る」
「お前は問題を起こすか」
「起こさない」
「俺も起こさない」
「じゃあ問題ない」
朝飯を食い終えた。ライルが「出発前にギルドへ寄ろう」と言った。
* * *
ギルドでパーティ登録をした。
名前を聞かれた。
「パーティ名はどうしますか」
ライルがこちらを見た。
「お前が決めろ」
「腹ペコ旅団」
間があった。
受付の女性が書類に書き込もうとして、止まった。
「……もう一度お願いできますか」
「腹ペコ旅団」
「はら、ぺこ……」
「旅団だ」
隣でライルが額に手を当てた。
「もう少しまともな名前にしろ」
「旅をしながら飯を食う。間違いではない」
「間違いではないが……」
「腹ペコ旅団で登録してくれ」
受付の女性が苦笑いしながら書類に書き込んだ。パーティ名:腹ペコ旅団。冒険者証に追記される。
ライルが溜め息をついた。
「一生この名前で呼ばれるぞ」
「構わない」
「俺は構う」
「慣れる」
ギルドを出た。ライルがずっと何か言いたそうな顔をしていた。
* * *
宿に戻って荷物をまとめた。
大したものはない。着替えが少しと、食材と調味料の入った布袋と、解体ナイフ。棒は宿の裏で適当なものを調達した。森にいたころと、荷物の質が少し上がっただけだ。
宿の主人に礼を言って、外に出た。
ライルはすでに外で待っていた。大きめの荷物を背負っている。魔法使いらしく、分厚い本が数冊入っているのが荷物の形からわかる。
「準備できたか」
「とっくに。お前が遅かった」
「食材の整理をしていた」
「食材が最優先なのか」ライルが歩き出した。「まあいい。北東の街道を行く。途中に宿場町が一つある。二日歩いてそこで一泊、さらに二日でドラスに着く」
「途中に食材になる魔物はいるか」
「街道沿いならホーンラビットくらいだ。森に入れば別だが」
「森に入る」
「依頼でもないのにか」
「旨いものがいるかもしれない」
ライルが何か言いかけて、やめた。
街の出口が見えてきた。門番が二人、槍を持って立っている。通り過ぎるとき、一人がこちらを見た。視線が特に止まることなく、流れた。
街の外に出た。
舗装された街道が北東へ続いている。両側に草原が広がって、遠くに山の稜線が見える。空が広い。
森から出てきたときとは違う開けた景色だった。
「ドラスで何を食うつもりだ」
ライルが隣を歩きながら聞いた。
「まだわからない。行ってみないとわからない」
「見当もつかないのに行くのか」
「旨いものがあるかどうかは、行かないとわからない」
「まあ、そうだな」
しばらく二人で黙って歩いた。風が草原を渡っていく。
腹が減ってきた。昼飯はどこかで作るか、と考えた。街道沿いに川があれば、水も補充できる。
「ライル」
「何だ」
「腹が減った」
ライルが深く息を吐いた。
「出発して三十分だぞ」
「それがどうした」
「……川があったら止まるから、それまで待て」
「わかった」
街道が続いていた。
旅は、まだ始まったばかりだった。




