第14話「解体ナイフと世界の話」
翌朝も市場に行った。
昨日見切れなかった店が、東側の奥にまだ数軒ある。ライルが隣で欠伸をしながらついてきた。昨日の夕飯が目当てなのは明らかだったが、特に何も言わなかった。
香辛料の専門店があった。
昨日の店より品揃えが多い。見たことのない色の粉が何種類も並んでいる。一つずつ匂いを確かめた。レコードが記録していく。甘い香りのもの、刺激的なもの、土っぽいもの——前世で嗅いだことのある香りとそうでないものが混在している。
「全部買うつもりか」
ライルが棚を眺めながら言った。
「買えるものは買う」
「金は大丈夫なのか」
財布の中を確認した。昨日の買い物で銀貨一枚と銅貨いくらかが残っている。
「銀貨一枚で何が買える」
「この街なら、安い宿に三泊できる。食堂で飯を食うなら十回以上は食える」
「銅貨は」
「銀貨一枚が銅貨百枚に相当する。屋台の飯が銅貨三枚から五枚くらいだ」
なるほど。昨日のギルドでの素材買取が銀貨三枚だから、それなりの額だったということか。
「金貨は」
「銀貨百枚が金貨一枚だ。金貨は庶民がそう簡単に動かせる額じゃない。冒険者でも高ランクの依頼報酬でようやく見えてくる額だな」
大体の相場がわかった。
香辛料を三種類選んで買った。銅貨十五枚。
* * *
市場を一通り回ったあと、ライルが「道具屋に寄るか」と言った。
「何でだ」
「お前、ずっと石のナイフ使ってるだろ。昨日の料理中も見てたが、あれで肉を切ってたのか」
「森で作った。切れる」
「切れるかどうかの問題じゃなくて……」ライルが額に手を当てた。「まともな刃物を持っとけ。命に関わる」
断る理由がなかった。
道具屋は市場から少し離れた路地にあった。武器屋ほど物々しくなく、日用品と冒険者向けの装備が混在して並んでいる。
ナイフの棚を見た。
様々な用途のナイフが並んでいる。戦闘用の両刃のもの、小型の折りたたみ式のもの、そして——
「これは」
一本のナイフを手に取った。刃渡りが二十センチほど。片刃で、刃の厚みが背側と刃側で大きく違う。柄は木製で、握りやすい形をしている。
「解体ナイフだな」
ライルが横から見た。
「魔物や獣の解体専用だ。骨の間に入れやすいように刃の形が工夫してある。冒険者はだいたい一本持ってる」
刃を光にかざした。均一に研がれている。石のナイフとは比べ物にならない精度だ。
「いくらだ」
店主に聞いた。
「銀貨二枚です」
手持ちは銀貨一枚しかない。
「銀貨一枚と銅貨五十枚で買えるか」
店主が少し考えた。
「……銀貨一枚と銅貨六十枚なら」
「わかった」
ライルが隣で「値切るのか」と小声で言った。気にしなかった。
解体ナイフを受け取った。手の中に収まる感触が、石のナイフとまるで違う。重心が安定していて、握ると自然と力が入る場所がわかる。
レコードが刃の形状と重心を記録した。
「……嬉しそうだな」
「旨い飯のためになる道具だ」
「解体ナイフは武器でもあるんだがな」
「知ってる」
* * *
宿に戻る道で、ライルが聞いてきた。
「お前、この世界のことどのくらい知ってる」
「最低限だ。国があって、ギルドがあって、魔物がいる」
「国は複数ある。ここはリムガルド王国の南部の街だ。北に行くと王都がある。東には砂漠の国、西には海沿いの交易国がある」
「ダンジョンは」
ライルが少し眉を上げた。
「知ってるのか」
「名前だけ」
「この大陸にはダンジョンが七つある。それぞれ深層に行くほど強い魔物が出て、素材の質も上がる。一番近いのはここから北東に三日ほど歩いたところにあるドラムダンジョンだ。中堅冒険者が挑む規模だな」
三日。それほど遠くはない。
「ダンジョンの魔物は旨いか」
ライルが止まった。
「……それを聞くか」
「聞いた」
「知らん。食ったことがない」ライルが歩き出した。「ただ、深層の魔物ほど希少素材を持ってるのは確かだ。料理に使えるかどうかは別として」
希少素材。つまり、まだ食べていない食材がダンジョンの中にある可能性がある。
足が少し速くなった。
「お前、今ダンジョンのことを考えてるだろ」
「考えてる」
「食い物目的で行くな」
「旨いものがあるなら行く」
「死ぬぞ」
「食ってから死ぬ」
ライルが深く息を吐いた。
宿の前まで戻ってきた。夕方の光が石畳に長い影を作っている。
「明日、ギルドで依頼を見てみる」
「何か受けるつもりか」
「金が減ってきた。食材を買い続けるには稼がないといけない」
ライルが少し黙った。
「……俺も一緒に行く」
「好きにしろ」
「絶対夕飯作れよ」
返事をしなかった。
解体ナイフを鞘に収めた。手に馴染む感触がした。明日の依頼で、こいつが役に立つ場面があるかもしれない。
それより今夜の飯だ。
昨日買った干し魚がある。香辛料も増えた。何を作るか、宿の階段を上りながら考えた。




