第12話「冒険者になるついでに」
翌朝、宿で目を覚ました。
久しぶりに天井がある場所で眠った。ベッドは森の地面より柔らかくて、毛布は雨に濡れていなかった。それだけで十分だった。
隣の部屋のドアを叩いた。
「ライル、飯を食いに行くぞ」
しばらく間があって、「……まだ夜明けだぞ」という声が返ってきた。
「腹が減っている」
また間があった。
「……わかった」
* * *
昨夜と同じ食堂で、パンとスープを食べた。
朝のスープは昨夜より薄かった。悪くはないが、やはり素材が弱い。黙って食べた。
向かいに座ったライルが、眠そうな目でパンをちぎっている。
「昨日言ってたギルド登録、今日やるのか」
「するつもりだ」
「俺が案内してやる。登録の手順がある」
「知ってるのか」
「俺はもう登録済みだ。Dランクだ」
Dランク。昨日受付の女性がEランクと言っていた。一つ上か。
「ランクはいくつまである」
「一般的にはG・F・E・D・C・B・A・Sの八段階だ。GとFが新人で、Eから一人前扱いになる。Dはまあ、中堅の入り口ってとこだな」
「俺は今どのランクだ」
「登録してないんだから、まだランクなしだ。最初はGからのスタートになる」
Gから。一番下か。
「上がるには何をすればいい」
「依頼をこなして実績を積む。あとはギルドの審査がある。ランクが上がるほど、受けられる依頼の難易度も上がる仕組みだ」
ふうん、と思いながらパンを食べ終えた。
仕組みはわかった。要するに、実力を示せばいいだけの話だ。
* * *
ギルドに着いたのは、まだ午前中の早い時間だった。
昨日とは別の受付窓口に通された。登録専用の窓口らしく、やや奥まった場所にある。担当は三十代くらいの男性職員で、慣れた手つきで書類を広げた。
「登録ご希望ですか。名前と年齢を教えていただけますか」
「神崎ルイ。十七歳」
「出身地は」
少し考えた。
「遠い場所だ。詳しくは言えない」
職員が一瞬だけ目を上げて、また書類に視線を戻した。事情のある冒険者は珍しくないのか、それ以上は聞いてこなかった。
「スキルの確認をします。ステータスカードをお持ちでしたら提示してください。お持ちでない場合は、こちらの鑑定石で確認します」
「鑑定石で頼む」
水晶に似た白い石が置かれた。手を触れると、じんわりと光った。職員が石の表示を読み取って、書類に書き込んでいく。
「棍術、解体、採取……」
職員が途中で手を止めた。
「ちょっと待ってください」
眉を寄せて、石の表示を二度見している。
「……ブラックスケイルと戦闘実績がありますね」
「倒した」
「一人で?」
「そう」
「レベル10で、Gランク未登録の状態で、ブラックスケイルを単独撃破……」
職員がライルの方を見た。ライルが小さく肩をすくめた。
「本人がそう言ってる」
「……わかりました。登録は完了です。初期ランクはGですが、実績を考慮して早期ランクアップの申請も可能です。ご希望があればお申し付けください」
「わかった」
冒険者証を受け取った。薄い金属製のカードで、名前とランクが刻まれている。
G、と書いてあった。
* * *
ギルドを出たところで、ライルが口を開いた。
「ブラックスケイル、知ってるか」
「黒いトカゲのことか」
「そう呼んでたのか」ライルが苦い顔をした。「あれはEランク指定の魔物だ。群れで行動することが多くて、単体でも新人パーティが全滅することがある。お前が倒したやつは成体だろう。成体のブラックスケイルを一人で仕留めたなら、そこらの冒険者より余程やれる」
「そうか」
「そうか、じゃなくて」
「旨かった」
ライルが口を閉じた。三秒くらい黙った。
「……食ったのか」
「スープにした。骨から出汁を取ると旨い」
「お前という人間は……」
何か言いかけたが、最後まで言わなかった。
「市場はどこだ」
「は?」
「食材を買いたい。塩がいる」
「今すぐか」
「今すぐだ」
ライルが深く息を吐いた。それから歩き出した。
「……ついてこい」
* * *
市場は街の東側にあった。
野菜、肉、魚、香草、乾物——様々な食材が並んでいる。色も匂いも、前世の市場とは似ているようで微妙に違う。見たことのない野菜が何種類もあった。レコードが片っ端から記録していく。
調味料の店を見つけた。
棚に並んだ瓶の中に、白い粉が入ったものがあった。店主に確認する。
「それは塩か」
「そうですよ。岩塩を精製したものです」
値段を聞いた。銀貨一枚で小袋一つ。
昨日手に入れた銀貨三枚のうちの一枚を出した。塩の小袋を受け取って、その場で一粒なめた。
「……」
しょっぱい。当たり前にしょっぱい。だがそれだけじゃない。わずかに甘みがあって、後味がすっきりしている。森で飲んだあの骨スープに、これが入っていたら——
「どうした」
ライルが横から覗き込んできた。
「旨い」
「塩を、なめて旨いと言ってるのか」
「ああ」
ライルがまた何か言いかけて、やめた。その繰り返しになってきた。
塩の隣に、茶色い粉が入った瓶があった。
「それは何だ」
「黒胡椒ですよ。香辛料です」
一瓶買った。隣の赤い粉も買った。干した香草も数種類買った。銀貨一枚と銅貨数枚が飛んだ。
「お前、金の使い方が食材に偏りすぎだ」
「他に使うものがない」
「武器とか防具とか」
「棒があれば戦える」
ライルが額に手を当てた。
荷物が増えた。だいぶ重くなった。それでも足取りは軽かった。
「今夜、飯を作る」
「……俺も食えるか」
「作りすぎたら分けてやる」
ライルがまた何か言いかけた。今度は最後まで言った。
「絶対作りすぎろよ」
返事はしなかった。
市場の奥に、まだ見ていない店があった。足が自然とそちらへ向いた。




