第11話「街と飯と、ちょっとした騒動」
街が見えたのは、昼を少し過ぎたころだった。
木々の切れ目から、石造りの建物が見えた。城壁はないが、それなりの規模だ。人の声と、荷馬車の音が風に乗って届いてくる。
腹が減っていた。
十二日ぶりに文明の匂いがした。正確には、飯の匂いだ。どこかで肉を焼いている。脂が弾ける音まで聞こえる気がした。
足が自然と速くなった。
* * *
街に入って、最初に気づいたのは金がないことだった。
別に忘れていたわけじゃない。森にいる間は必要なかっただけだ。だがここでは飯を食うのに金がいる。屋台の前を通るたびに、腹の虫が主張を強くした。
素材を売れば金になるはずだ。
ギルド、という単語がぼんやりと頭にあった。前世の知識と、この世界に転生してから自然に入ってきた情報が混ざって、なんとなく「冒険者が素材を売る場所」という認識がある。
問題は場所がわからないことだった。
適当に歩いた。街の中心に向かえばそれらしい建物があるだろう、という雑な判断だったが、案外すぐに見つかった。大通りに面した、石造りの大きな建物。入口の上に剣と盾を組み合わせた看板が掲げられている。
中に入ると、広い空間に受付カウンターが並んでいた。冒険者らしい連中が何人かいて、依頼書を見ていたり、受付の女性と話していたりしている。
列の一番空いているカウンターに向かった。
「素材を売りたい」
受付の女性が顔を上げた。二十代前半くらい、仕事慣れした目をしている。
「買取でしたら、素材をこちらに出していただけますか」
背負っていた布袋から、黒いトカゲの鱗を数枚取り出した。あとは骨の一部と、爪。食えない部位は全部確保してあった。
受付の女性が素材を受け取って、確認し始めた。最初は事務的な手つきだったが、鱗を手に取った瞬間、動きが止まった。
「……これ、どこで手に入れましたか」
「森で倒した」
「お一人で?」
「そう」
女性が少し眉を上げた。驚いている、というより、確認しているような顔だった。
「ブラックスケイル、ですね。Eランク指定の魔物です。新人の方が単独でというのは、あまり聞かない話ですが」
「そうか」
「買取金額は……素材の状態が良いので、銀貨三枚になります」
金額の相場がまだわからなかったが、受け取っておくことにした。
そのとき、隣から声がかかった。
「お前、今ブラックスケイルの素材出してたよな」
振り返ると、同じくらいの年齢の男が立っていた。背が高くて、細い。ローブを着ているから魔法使いか何かだろう。目つきが鋭い割に、口元が少し間抜けに開いている。
「出してた」
「一人で倒したのか」
「倒した」
男が何か言いたそうな顔をして、また何か言いたそうな顔をして、結局「……ふうん」とだけ言った。
* * *
銀貨三枚を握って、ギルドを出た。
後ろから足音がついてきた。
「何か用か」
「いや、別に」
「ついてくるな」
「お前、この街初めてか。飯屋の場所くらい教えてやる」
断る理由がなかった。腹が減っていた。
男に案内されて入った食堂は、大通りから一本入った路地にあった。木の扉を開けると、肉を焼く匂いと、パンの匂いが混ざって鼻に届いた。悪くない。
カウンター席に並んで座った。男が勝手に料理を二人分頼んだ。
「金は持ってるんだろ。さっき銀貨もらってたじゃないか」
「持ってる」
しばらくして、肉のシチューとパンが出てきた。
一口食べた。
「……」
悪くはない。悪くはないが、素材が弱い。肉の旨味が浅くて、スープに深みがない。香草を使っているのはわかるが、引き出し方が足りていない。
「まずいか」
隣の男が聞いてきた。
「まずくはない」
「じゃあいいだろ」
「旨くもない」
男が何か言いかけて、やめた。
布袋の中から、昨日取っておいたキノコを数個取り出した。食堂の主人のところへ持っていって、「これをスープに入れてくれるか」と頼んだ。
主人が怪訝な顔をしたが、客の持ち込み食材を断る理由もないらしく、渋々受け取った。
席に戻ると、隣の男が呆れた顔をしていた。
「何してんだお前」
「素材を足した」
「……自分で?」
「旨くなる」
しばらくして、キノコ入りのスープが戻ってきた。一口飲んだ。出汁が加わって、格段に深みが出ている。まだ塩が弱いが、さっきとは別物だ。
「旨い」
「……本当に旨くなってるのか」
隣の男がスープを一口飲んだ。
動きが止まった。
「……なんだこれ」
「キノコの出汁だ」
「同じ料理か?」
「同じ鍋だ」
男がもう一口飲んだ。また動きが止まった。その繰り返しが続いた。
「お前、名前は」
「神崎ルイ」
「俺はライル。……一つ聞いていいか」
「何だ」
「しばらくついていっていいか」
スープを飲みながら考えた。特に断る理由もなかった。
「好きにしろ」
ライルが何か言いたそうな顔をした。が、結局何も言わなかった。
スープを飲み干した。まだ腹に余裕があった。追加でパンを頼んだ。
* * *
食堂を出たあと、ステータスを開いた。
【ステータス】
名前 :神崎ルイ
年齢 :17歳
レベル:10
経験値:80/1000
称号 :転生者・森の征服者
【ユニークスキル】
記録
【スキル】
棍術:Lv.5
解体:Lv.4
採取:Lv.2
罠設置:Lv.2
野営:Lv.2
調理:Lv.3
隠密:Lv.3
観察:Lv.2
変化はなかった。
当然だ。今日は戦っていない。飯を食っただけだ。
それでも、悪くない一日だった。銀貨も手に入った。飯も食えた。謎の魔法使いが勝手についてきた。
明日はギルドに戻って、登録とやらをしてみるつもりだった。この世界の仕組みを知っておくのは悪いことじゃない。
それより今夜の宿だ。
「宿、どこか知ってるか」
隣を歩くライルが「知ってる」と答えた。
「案内してくれ」
「……お前、本当に遠慮ってものがないな」
「腹が減ってたら言え。飯は作る」
ライルが少し黙った。
「……わかった」
街の明かりが、夕暮れに滲んでいた。塩を買うのは明日でいい。今夜は久しぶりに屋根の下で眠る。
それだけで十分だった。




