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腹ペコ旅団、異世界を往く〜転生者は今日も腹を空かせる〜  作者: 大輔


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第一章 第1話「腹が、減った」


目が覚めた瞬間、最初に感じたのは腹の減りだった。


 空腹、という言葉ではとても足りない。胃袋が背骨に張りついているんじゃないかと思うくらいの、じりじりとした飢えだった。


 次に感じたのは、草の匂いだった。


 土の湿り気。木々のざわめき。頰に当たる風が、妙に冷たい。


 俺——神崎ルイは、ゆっくりと目を開けた。


 広がっていたのは、深い緑だった。


 鬱蒼と茂る木々の隙間から、白みがかった空が見える。鳥の声がした。知らない鳥の声だ。日本のどこかにある山の中、というには木が太すぎる。幹の直径が二メートルを超えるような巨木が、当たり前のように立ち並んでいた。


 俺は上半身を起こして、自分の手を見た。


 ……でかい。いや、待て。でかくない。


 俺の手はもっと大きかったはずだ。二十年かけて育てた手が、これじゃない。関節の張り方が、指の長さが、何もかもが少し違う。


 記憶を辿る。


 確か俺は、居酒屋からの帰り道だった。やっと二十歳になって、友人と初めて飲みに行った夜だ。ほろ酔いで歩いていた。交差点で信号が青になって、一歩踏み出して——


 そこで記憶が途切れている。


 派手に車にはねられたな、と今さらながら思う。あのスピードじゃ助からなかっただろう。


 不思議と怖くなかった。むしろ、頭のどこかが妙に冷静だった。


 「……転生、ってやつか」


 声に出してみると、思ったより低くなかった。二十歳のころより少し高い。ということは、この体は二十歳より若いらしい。


 立ち上がって、周囲を見渡した。


 どこまでも続く森。道らしきものは見当たらない。人の気配もない。ただ、木々の向こうに、ぼんやりと光が差し込んでいる方向があった。


 とりあえず、あっちへ行くか。


 歩き始めようとして——腹がまた、盛大に鳴った。


 ぐう、と間抜けな音が森に響く。


 「……まず飯だな」


 優先順位は明快だった。


   *   *   *


 歩いて十分ほどで、小さな川に出た。


 透き通った水が岩の間を縫って流れている。俺はしゃがんで水に手を浸し、一口飲んだ。冷たくて、甘い。少なくとも毒ではなさそうだ。


 川沿いを歩きながら、食べられそうなものを探した。


 程なく、見覚えのある形の葉を見つけた。クレソンに似た水草だ。それから、川岸の岩の上に張りついた苔の脇に、小さなキノコが群生していた。傘の裏がきれいな白で、柄が細い。毒キノコの特徴とは一致しない。


 もう少し歩くと、低木に赤い実がなっていた。


 俺はそのひとつを手に取った。


 その瞬間だった。


 頭の中に、何かが流れ込んできた。


 映像、というよりも感覚だ。この実がどんな匂いで、どんな味がするか。甘みと酸味のバランス。熟し具合。食べごろを少し過ぎているが、まだいける——そんな情報が、まるで昔から知っていたかのように脳裏に広がった。


 「……なんだ、今の」


 呟きながら実を口に入れる。


 甘い。少し酸っぱい。森の中で食べるには十分すぎるほど旨かった。居酒屋で出てきたら普通に頼む味だ。


 もう一つ手に取る。また、情報が流れてくる。今度はより鮮明に。この実の水分量。種の硬さ。加熱したらどんな味に変わるか——。


 「これが、俺の能力か」


 確信はなかった。でも、そう考えるのが一番自然だった。


 触れたものの情報が、記録される。


 それだけじゃない。さっきから、川の流れ方も、風の向きも、木の葉の揺れ方も、全部が頭の中にくっきりと刻まれている気がする。見たものを、感じたものを、俺は何もかも記録し続けているらしかった。


 「とりあえず、飯だ」


 考えるのは後でいい。腹が減っている。


   *   *   *


 火を起こした。


 木を擦り合わせる方法は、動画で何度か見たことがある。見た、ということは記録されている。俺の能力はどうやら「見ただけ」でも使えるらしく、手が自然と正しい角度と力加減を再現した。十分もかからずに小さな炎が生まれた。


 石を並べて簡単なかまどを作る。川で魚を二匹捕まえた。手が勝手に動いた。魚の捕り方も、誰かが動画でやっているのを見たことがあったからだ。


 クレソンに似た水草と、キノコを添えて、木の枝に刺した魚を火にかける。


 じりじりと焦げる匂いが漂ってきた。


 塩がない。調味料もない。二十歳まで育った舌が、居酒屋で鍛えた味覚が、今すぐ塩と醤油を要求している。それでも、鼻の奥が幸せな信号を送ってくる。


 焼き上がった魚にかぶりついた。


 「……旨い」


 思わず声が出た。


 ほくほくとした白身。川魚特有の淡い甘さ。皮がぱりっと焼けて、中はふっくらしている。塩がなくても、素材の旨味だけで十分だった。


 水草はさっぱりとした苦みがあって、口の中をリセットしてくれる。キノコは嚙むたびに出汁のような旨味が滲んだ。


 居酒屋の焼き鳥も悪くなかった。でも、この飯には何か違うものがある。


 自分で火を起こして、自分で獲って、自分で焼いた飯だからか。それとも、この異世界の食材が特別なのか。


 どちらでもよかった。旨ければ、それでいい。


 ふと、思い立った。


 「ステータスオープン」


 なんとなく言ってみたら、目の前に半透明の画面が現れた。


【ステータス】


名前 :神崎ルイ

年齢 :17歳

レベル:1

経験値:0/100


称号 :転生者


【ユニークスキル】

記録レコード


 「……十七歳か」


 二十歳だったはずが三つも若返っている。せっかく飲めるようになった酒が、また飲めない年齢に戻ってしまった。


 まあ、この世界に酒があるかどうかも知らないが。


 スキル欄の「記録レコード」に触れてみると、説明文が展開された。


『あらゆる経験・技術・感覚を完全に記録し、永続保存する。記録した情報は任意のタイミングで完全再現可能』


 最後の一文で、背筋が少し冷えた。


 俺だけが使いこなせる能力、ということか。


 画面を閉じた。


 焚き火がぱちぱちと音を立てている。夕暮れが近いのか、木々の隙間から差し込む光がオレンジに変わってきた。


 俺はもう一匹の魚にかぶりつきながら、これからのことを考えた。


 街を探す必要がある。情報も必要だ。この世界がどんな仕組みで動いているのか、まだ何も知らない。


 でも今夜は、ここで野営する。


 腹も膨れた。火もある。


 明日からどうなるかなんて、わかったもんじゃない。でも、飯が旨ければ、なんとかなる気がした。


 根拠のない確信だったが、案外それで十分だと思っている。


 「次は塩と、できれば酒が欲しいな」


 夜の森に、ひとりごとが溶けていった。


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