私に出来るのはただ見ているだけ(卑怯者)
私に出来るのはただ見ているだけであった。
いや、見ている事に逃げていた。
娘はレオナルド令息と結ばれるものと思っていた。
二人は幼い頃から仲良く、隣領であるバッハガルド侯爵との関係も良好であったため、私も二人が結ばれてくれたらばと考えていた。
しかし人生とは思わぬ事が起きる。
とあるパーティーでユーグレイ公爵嫡男のウィリアム令息が、娘に一目惚れをしたと婚約の釣書が届いた。
妻は反対した。
私も娘の幸せを考えればレオナルド令息だと思う。
しかし相手は公爵家からの釣書だ。
正当な理由なくして断る事など出来ない。
それでも妻は断って欲しいと願ってきた。
私の出した答えは・・・
娘の判断に任せた。
私は逃げたのだ。
己で結論を出すことを。
娘に責任を押し付けるように。
娘は理解している。
貴族としての矜持を。
公爵家からの釣書を断る事など出来ない事を。
それなのに私は娘に判断を任せた。
己の責任を逃れる為に。
私はなんて卑怯な男なのだ。
私は忘れる事はない。
私の出した発言に汚物でも見つめるかのように幻滅した妻の顔を。
娘はウィリアム公爵令息と婚約を結ぶ事となった。
レオナルド令息には申し訳ない事をした。
彼の心は明らかに娘に向けられていた事を知っていたから余計に申し訳なく思う。
家族一人と思っていたレオナルド令息もウィリアム令息と婚約が結ばれると姿を見かける事が少なくなった。
しょうがない事だ。
婚約者がいる令嬢に会えば良からぬ噂がたってしまう。
だが、私にとっては息子を一人失ったようで寂しく思えてしまった。
私が失ったのはレオナルド令息だけではなかった。
フランメルの笑顔と妻との絆も失ってしまった。
婚約してからフランメルの満面の笑みを見ることが出来なくなった。
そんな娘を見て妻がより私を軽蔑する。
食卓の会話がつまらないものとなってしまった。
私はそれほどの罪を犯してしまったのか・・・
救いだったのはウィリアム君が好青年であった事だ。
彼とならば娘は幸せになるものと思っていた。
妻もそのうち解ってくれるはず。
フランメルの幸せのための婚約だと理解してくれるはず。
だが、フランメルは幸せそうに話すが、フランメルの笑顔は本当に幸せのように思えなかった。
だが、今更だ。
今から断れるはずがない。
妻のいう通りにしていればと後悔してしまう。
今、私に出来るのは・・・
ただ見ているだけであった。
いや、見ている事に逃げ込む卑怯者となった。
学園に入ってからだろうか。
娘の笑顔が完全に消えたのは。
表面でさえ笑わなくなってしまった。
邸で働く者達も皆が娘の異変に気付いている。
学園で何かがあったようだ。
理由を知ったのは一通の手紙からであった。
手紙の送り主はセラフィーナ第二王女からであった。
彼女が昔、バッハガルド侯爵家で幼少期を過ごした事があり娘とも遊んでいた事を思い出す。
確か彼女はこの国に留学しに来て学友として娘の婚約者のウィリアム令息が選ばれた事は知っていた。
『オードニー侯爵様、お久しぶりです。幼き頃、大変お世話になりました。今、こちらの国の学園に留学しておりますが侯爵様に相談したい事がありましてお手紙を・・・』
セラフィーナ王女から送られて来た手紙の内容は娘の婚約者のウィリアム令息についてだった。
彼は他の令息令嬢が近付くと物凄い威圧を掛け遠ざけるらしい。再三注意しても『護衛ですので』と言って直そうとしない。
これによりセラフィーナ王女の側には彼女の護衛以外はウィリアム令息しかいなくなったらしい。
手紙の前半を読むと少々ウィリアム令息が王命に実直し過ぎているように見えた。
しかし手紙の続きは看過出来ない事が書かれていた。
『昼食の時、二人で座って食事をするのは誤解が生まれるので私の護衛のように控えて欲しいと頼んだのですが、「私は彼らと違い学友ですので」と直そうとして頂けません。それにより変な噂が広がりフランメルさんの事を心配しております。ウィリアム令息はフランメルさんも理解していると言われるのですが、窓から覗かれるフランメルさんはそのようなお顔ではありませんでした。ウィリアム令息もフランメルさんの顔を見ているはずですが、何故かウィリアム令息は寂しそうなフランメルさんの顔を微笑ましく見ていましたので心配となり・・・』
娘の笑顔が消えた理由が解った。
セラフィーナ王女が抱いたウィリアム令息の印象は個人的なものかもしれないので、100%信じる訳にはいかないが、今の娘を見れば理解しているとは思えなかった。
私はこの日よりセラフィーナ王女に学園での出来事を知らせて貰えるように頼むことにした。
すると、色々な事が解った。
学園休みの日にもセラフィーナ王女の邸に訪れ、邸の周辺をウロウロしていると書かれていた時は普通に犯罪者にしか思えなかった。
彼はこんな人物だったのか?
その日、私は娘を執務室に呼んだ。
「フランメル、ウィリアム君についてあまり良い話を聞いてない。このまま二人が共に歩む事はいい事のように思えない。私はこの婚約は解消すべきだと思っているのだが最終的にはお前の気持ちを優先したい。お前はどう考えている?」
『フランメルの気持ちを優先したい』
卑怯者の常套文句だ。
私はまた卑怯者になっていた。
また、全ての責任を娘に押し付けていた。
「ウィリアム様からは王命で仕方がないと伺っております。貴族の娘として理解しているつもりですのでご安心下さい」
「そうか、考えが変わるようであったら直ぐに知らせなさい」
「はい」
娘が私の部屋から出ていく。
その姿を見て私は己が許せない。
またしても私は娘のせいにしてしまった。
領主として・・・
父親として・・・
私が判断してあげるべきなのに・・・
私は娘の判断に任せ責任から逃れる選択をした。
私は己の卑怯さにつくづく嫌になる。
娘の性格からして娘の方がノーと言わない事を知っていた。
知っていて私は娘に判断を任せた。
私は卑怯者だ。
それからも娘に対して理不尽な行いが耳に入ってきた。
その都度、私は娘に問いかけるが最終的には娘の判断に任せると言う卑怯者を貫いていた。
つくづく、私は自身の事が嫌いになっていく。
そんな卑怯者な私にとうとう天罰が下された。
私が自身の責任から逃げた事で娘があんな事になるとは思いもしなかった。
あの日の私は王城でウィリアム令息の事について王家と話をしていた。
王家が心配して下さっている。
王家が味方についてくれた。
ここで婚約破棄してもオードニー侯爵家への責任は免れる。
なのに私は判断が出来ないでいた。
そんな中、王城にセラフィーナ王女の従者が訪れると娘がウィリアム令息に突き飛ばされ気を失った事を伝えられた。
何と言う事だ。
私は慌てて邸に戻ると執事より特に外傷はないが気を失っているためベッドで安静している事を伝えられた。
直ぐに娘の部屋に行きたい。
だが、私に妻が近付いてきた。
次の瞬間、自身の頬が痛い。
久しぶりに妻の声を聞いたような気がしたが、妻の口から出た言葉は冷たかった。
何も言い返せない。
全ては私の卑怯さからきた結果だと知っていたから。
失望した妻を後に私は娘の部屋に向かった。
部屋には侍女とレオナルド令息がいた。
セラフィーナ王女は王城に事の次第を説明しに戻られたようだ。
セラフィーナ王女から事情を聞いていたレオナルド令息が事の経緯を話してくれた。
「まず、セラフィーナ王女が足を捻り階段から落ちそうになって医務室でその話をウィリアム令息にされたそうです。すると、ウィリアム令息は何故かフランメルが突き落としたと思われたらしく、フランメルを見つけるや否や突き飛ばしたみたいです。この部分はフランメルの側にいたクラスメイトの方達が教えてくれました。
私が訪れた時にはフランメルは既に意識を失っておりましたが、ウィリアム令息は罵声を飛ばしたままでした。
私はウィリアム令息とフランメルを引き離す必要があると思い、フランメルをクラスメイトの者に医務室まで連れていって貰い、私はウィリアム令息をフランメルに近付けないようにしておりました。
ウィリアム令息が教師に連れて行かれたので直ぐにフランメルの元に医務室に向かった所、既にセラフィーナ王女によってこちらに向かわれたと伺い私もこちらに向かいました。
セラフィーナ王女に伺いました所、あのままあそこで休ませて置くとウィリアム令息が来るかもしれないと思いこちらに運ばれたそうです」
レオナルド君から告げられた内容は私が責任転嫁して先延ばしにしてきた結果の罪状を告げられているようであった。
これは私が犯した過ちだ。
もっと早く判断していれば防げた。
私は変わらなければいけない。
もう判断を人のせいにしない。
これは神が与えて下さった最後通告だ。
その日の夜、私はユーグレイ公爵の邸へと向かった。
着く頃には夜遅くなっていた。
だが、それがどうしたと言うのだ。
私はもう判断を遅らせる事はしない。
ユーグレイ公爵でも既にご子息が犯した事を把握しており、ウィリアムご子息は部屋で謹慎している事を告げられた。
ご子息を呼ぶから謝罪をさせて欲しいと言われたが丁重にお断りした。
今の私は彼を見てしまったら正常でいられる自信がないからだ。
ユーグレイ公爵も私の気持ちを汲み取ってくれたのかご子息を呼ぶのを諦めて下さった。
婚約は無事に解消された。
問題は慰謝料だ。
向こうの両親からは支払う覚悟を伝えられた。
通常ならば、この年齢で婚約破棄となれば周りは婚約済みの令息ばかりで残っている者など訳ありの者ばかりだ。
しかし、娘には既にレオナルド令息がいる。
彼ならば娘を受け止めてくれるはずだ。
だから私は今回の障害に対する慰謝料だけ請求する事にした。
公爵はそれでは申し訳ないと引き下がらない。
公爵家としての矜持があるのだろう。
ならば・・・
私は娘に残りの学園生活を幸せなものにしたい。
その為にはウィリアム令息には今まで通り娘に近付かせたくない。
だから、婚約破棄の件はハッキリと伝えないよう願い出た。
公爵家としても婚約破棄したならば新しい婚約者探しをしなければならない。
その為にも早めに当人にも婚約破棄を知らせるべきである。
だが、公爵は承諾して下さった。
それだけ公爵家も重く感じているのだろう。
私は婚約破棄と言う結果を携え我が邸に戻る事にした。
娘の意識が戻る。
娘が私の前に姿を現す。
娘も何処か諦めたのかウィリアム令息の件は覚悟を決めていた。
申し訳ない。
お前は不甲斐ない娘で申し訳ないと思っているかもしれないが申し訳ないのは私の方だ。
私がもっと早く判断してあげてれば・・・
謝らなくては・・・
娘と言葉を交わすも謝る事が出来ない。
会話も終わり娘が出て行こうとする。
「すまなかった」
漸く謝る事が出来た。
娘が去り際に。
聞こえたかどうか解らない。
卑怯者の私は卑怯な謝罪しか出来なかった。
娘はレオナルド君のお陰で笑顔を取り戻す事が出来た。
娘とレオナルド君の婚約が無事に結ぶ事が出来た。
何と遠回りをしてしまった事か。
残りの学園生活では娘が楽しく過ごして貰いたい。
それも安心しても良いだろう。
レオナルド君が表立って娘を守ってくれる。
セラフィーナ王女が裏で守ってくれる。
セラフィーナ王女から届いた『ウィリアム令息は私の方で引き留めます』と言う言葉に安堵した。
だが、私もフランメルを守る。
もう、ただ見ているだけでは駄目なのだ。
卑怯者な私は卒業しようと思う。
【後日談】
フランメルとレオナルドが婚姻を結ぶ日
私は妻に問うてしまった。
「離縁するつもりか?」
あれから妻とは一言も会話がない。
フランメルが嫁ぎ出ていけば妻にとって私は用済みだろう。
ならば私は妻に捨てられるのではないか。
そんな不安が込み上げ目出度い日に似合わない問いを妻に投げ掛けてしまった。
「・・・フランメルの為にそのつもりはありません。貴方から突き付けられれば別ですが」
「私は離縁するつもりはない」
「そうですか」
会話は終わってしまった。
今はこれだけでいい。
少しずつ。
少しずつでいい。
これから少しずつ妻との会話を楽しみにしていこう。
そうだ、明日の朝は妻が好きだったパンケーキにしよう。
妻との会話が楽しみだ。




