私に出来るのはただ見ているだけ・・・
私に出来るのはただ見ているだけ・・・
学生達が主導のもと、年二回社交パーティーが開かれていた。
シャンデリアの光がドレスや髪飾りなどの装飾品に反射し千紫万紅のように輝く世界の中心に一組のカップルが皆の注目を集めていた。
公爵家嫡男ウィリアム様と隣国のセラフィーナ第二王女。
二人とも見目麗しく彼等のダンスは皆を魅了していた。
いや、違う。
皆ではない。
壁の花となっている私だけは二人のダンスを眺めながら彼等の輝きが光の剣となり私の心臓に突き刺さっていた。
私の名はフランメル。
オードニー侯爵家長女であり、皆を魅了しているウィリアム様の婚約者であった。
ウィリアム様とは5年前に公爵家からの申し出により婚約を結ぶ事となった。
貴族の婚姻は政略的なものが殆ど。
そんな政略的な婚姻でも少しでも愛情を芽生えさせるために早い段階で婚約をする。
私達も他の貴族同様に仲を深めるために定期的にお茶会を開いたり、出掛けたりしていた。
それによりお互いに愛情が芽生えていた・・・
と、思っていたのは私だけであったのかもしれない。
仲睦まじいと思っていた私達の関係は学園に通い始めてから変わってしまった。
私達が学園に通い始めてから一月後に隣国からの留学生としてセラフィーナ第二王女が来られた。
ウィリアム様は武術も長けていたため、第二王女が過ごしやすいようにと王命で側で仕える事となった。
私も貴族の娘。
王命だから仕方がない。
第二王女だから仕方がない。
しかし、毎月行われていたお茶会は全く行われなくなり、手紙も彼から届かなくなった。
そんな中でのパーティー。
やはり、私はエスコートされる事はなかった。
私は壁の花となり二人の輝きを際立たせる装飾品の一つとなっていた。
私の事が心配となり話し掛けて来られる方もいたが、私は無理矢理笑みを作っていた。
止めて欲しい。
余計に虚しくなるだけだから。
パーティーなんか参加しなければ良かった。
これ以上、二人の姿を見せ続けられれば虚しさにより心が壊れてしまう。
私は心が壊れる前にパーティー会場から消える事にした。
邸に帰るも虚しさが残るだけ。
明日には学園で嫌でも再び二人を見なければならないかと思うと溜め息が止まらない。
瞼の裏にこびりついているかのように残る二人の姿を我慢しながら無理矢理に明日を迎える事にした。
学園でも見せつけられてしまった。
パーティーから逃げ出しても結局は学園でも同じであった。
中庭にて二人で楽しくランチをしている二人。
王女には他にも護衛の者や側近がいるが、中庭には二人だけで座っていた。
彼らは解っているはず。
気付いているはず。
三階から見下ろしている私の姿が・・・
「また、アイツは王女に付きっきりかよ!俺が一言言って来てやるよ!」
私に話し掛けて来たのはレオナルド。
侯爵家嫡男で領地が近いこともあって小さい頃から遊んでいた。
「大丈夫よ、彼も王命で仕方がなくやっているだけだから」
「王女も王女だ。昔はあんなのではなかったのに・・・」
そう、セラフィーナ王女は幼き頃に内部情勢が荒れた事によりレオナルドの侯爵家に避難していた。
その時に一緒に遊んだ事があったが、セラフィーナ王女は覚えていないみたいであった。
「フランメル、何かあったら相談してくれ」
ありがとう。
でも、出来ない。
そんなことをしたらウィリアム様の立場が危うくなってしまう。
私が我慢すればいいだけ。
そう全ては私が・・・
いや、違う。
ええ、解っている。
私は捨てられようとしているのだと。
家族からも言われている。
婚約を白紙に戻すべきだと。
でも・・・一度芽吹いた愛を簡単に枯らす事が出来なかった。
悔しい。
彼の事をどうしたら嫌いに慣れるのかが解らなくなってしまった。
「ならば、注意をするなりしろ!」と父上から叱責される。
解ってますわお父様。
悪いのは私です。
本来ならば、私が注意をしなければならない。
でも、それが出来ない。
もし、注意をして彼に文句を言われたり睨まれたりしようものなら、私はそれに耐える事が出来ない。
だから私はただ見ている事しか出来なかった。
私の前で平気で仲睦まじくしている二人。
ウィリアム様は私の視線に気付いていない訳がない。
ウィリアム様にとって私はその程度の女性なのだ。
なんて酷い男。
最低な男。
なのに・・・嫌いになれない。
こんな事なら婚約をするんじゃなかった。
しかし運命という日は唐突に訪れるもの。
セラフィーナ王女が階段から落ちる事故が発生した。
セラフィーナ王女は怪我もなく脚を踏み外しただけと言っていたがウィリアム様の考えは違っていた。
ウィリアム様は直ぐに私の所へ物凄い形相で現れ、「貴様の仕業だな!嫉妬するなどみっともない!」と罵声と共に私を突き飛ばして来た。
勢いよく倒れ込む私を見てクラスメイトから叫び声が上がるもウィリアム様の罵声は止まらなかった。
ああ・・・私に向けられる事がなくなった彼の声、久し振りに向けられた彼の声は罵声であった。
誰にも言われた事がない罵詈雑言の嵐。
彼の初めて見せる歪んだ顔。
ここまで私は彼に嫌われていたのかと思い知らされると苦しみが止まらない。
恐ろしい顔の婚約者に恐怖で震えが止まらない。
次第に転んだ時に頭を打ったのか、私の視界が歪み、彼の歪んだ顔が余計にグチャグチャになり化物のように見えたかと思うと私の意識はそこで途切れてしまった。
私が意識を失っても彼は罵声を続けていたのだろうか。
目が覚めるとベッドの上にいた。
見覚えのある部屋。
見覚えのあるベッド。
ここは・・・私の部屋
どうやって戻って来たのか解らない。
しかし、安堵している自分がいた。
あの恐ろしい場所から逃れる事が出来た。
無事に生きて帰れる事が出来た。
私は学園にいたはずだが、突然と魔の森に連れていかれ魔物に遭遇してしまったかのように殺されるのではと恐怖を憶えた。
すると、あのおぞましく歪んだウィリアム顔を思い出してしまい再び眩暈がしてくる。
あの貴族らしからぬウィリアム様と言う高貴な方が口にするとも思えない罵詈雑言の言葉が魔物の唸り声のように脳裏に残り、思い出そうとするだけで耳鳴りと吐き気がしてきた。
私は心身共に限界を迎えていた。
私の心身の療養に半月程かかってしまった。
その間にウィリアム様が現れた事はなかった。
手紙も届く事はなかった。
なのに何故かホッとしている自分がいた。
あれほど、ウィリアム様に会いたいと思っていたのに、この半月程は会わなかった事に安堵を感じていた。
学園に通い始める前日の夜にお父様に呼び出された。
解っている。
これからお父様に何を言われるのか。
お父様からは今まで再三再四と言われ続けてきたから。
でも最後は私の気持ちを優先にして下さっていた。
しかし、今回はあれだけの事が起きたのだから、もう今まで通りと言うわけにはいかない。
私も同意見であった。
あんなに拘っていた私の心は予想だにしないほど、解き放たれていた。
扉を開けるとお父様は普段通りに仕事をしていたが、私の姿を見ると手に持っていたペンをそっと机の上に置いた。
「体の方は大丈夫か?」
「はい」
「事が事だ。解っているな?」
「はい。ご迷惑をお掛けして申し訳御座いません」
「・・・いいのだな?」
「はい」
「・・・そうか。後は私の方で手続きを進めておこう」
「宜しくお願いします」
今回ばかりは私も引き留める事はなかった。
部屋を後にしようとした私にお父様が最後に「すまなかった」と囁いてくれた。
ありがとうございます。
その言葉だけで私は救われました。
ウィリアム様には捨てられたけどお父様は私の事を捨てずにいてくれた。
それだけで私は、一歩歩み出す勇気がもてた。
明日から学園に通う勇気を貰えた。
大丈夫。大丈夫。私は大丈夫。
久し振りに学園に通い始めた私を見て皆が驚いた顔をしていた。
例の二人は相変わらずに中庭でランチをしているが、私は彼らを見ることはなかった。
いや、見ることが出来なかった。
ウィリアム様の顔を見ると、あの時の恐ろしい形相が思い浮かび、震えが止まらなくなってしまうからだ。
あれほど恋しくウィリアム様の顔をただ見るだけであった私は彼の顔を見ることがなくなった。
彼の姿を追わない私を見て皆が驚いていた。
「おはようフランメル」
「おはようレオナルド。お見舞いのお花ありがとう。レオナルドからお花貰うの久し振りだったから驚いたわ。私が好きな花憶えてくれて嬉しいわ」
「昔、あれだけ言われれば忘れる訳ないだろ?ところであれの方は大丈夫なのか?」
レオナルドの目線が中庭を指していた。
レオナルドは気付いているみたい。
彼が心配している通り私の心はまだ癒されていなかった。
「ごめんなさい。実はウィリアム様の顔を見るとあの時の形相が思い浮かび震えが止まらなくなってしまったの」
「そうか・・・」
「だからもう無理ね。今、お父様が色々と手続きをしてくれているわ」
「そうか・・・」
「いつも心配掛けてごめんね。もう大丈夫だから・・・」
「フランメル頑張ったな、お疲れ様」
「ありがとう」
「なぁ、気分転換に今日、学園終わりに例の店寄らないか?昔、良く通っていた店に新作メニューが幾つか出たんだ」
昔、レオナルドと行ったお店。
懐かしい。
婚約してからレオナルドと遊ぶ事もなくなった。
同時にあの店にも訪れていない。
そうね、今なら誰にも迷惑を掛けることはない。
私は久し振りにレオナルドと昔よく訪れたお店に行く事にした。
レオナルドは一生懸命に私を楽しませようとしてくれた。
こんな楽しい気持ちになったのは何年ぶりかしら。
ウィリアム様と一緒にいた時は相応しくあれと心の底から笑うことはなかった。
ああ、私は無理をしていたのだ。
既に私の中ではあの時からウィリアム様とは上手くいっていなかったのかもしれない。
この日から私は時々、レオナルドと一緒に懐かしいお店を巡るようになった。
そんな日々が続いた事で私は新しい契約を結ぶ事が出来た。
まだ忘れる事が出来ない。
だけど、彼なら信じる事が出来るような気がした。
新しく出発した私にウィリアム様が突然に話し掛けてきた。
久し振りの彼の顔。
以前にお会いしたのは突き飛ばされた時であった
すると、あの時の恐怖が蘇り震えが止まらない。
「ど、どうしましたか?」
「どうしましたかではない。君が男と二人でお茶をしていたところを見掛けた者がいる。君がそんなふしだらな人間だとは思わなかった。貴族として行動は慎むべきだ!」
ウィリアム様は言いたい事だけ言って去って言った。
私の側にはクラスメイトの方々もいたため、「お前が言う?」「どの口が言っているの?」と大顰蹙をかっていた事にウィリアム様は気付く事はなかった。
彼は教えて貰えてないのだろうか?
もしくは聞こうとしないのだろうか?
恐らく後者の方だ。
昔はお茶会で顔を会わせていた時もそうだった。
私が以前に話した話をしても「そうだったか?」と私の話を憶えていなかった。
憶えようとして下さらなかった。
彼は人の話を聞こうとしない人間だった事に気付けた。
「聞いたよ。ウィリアムが文句を言って来たんだって?大丈夫、何もされなかった?」
「ええ、大丈夫よ。でも、驚いたわ。ウィリアム様はまだ何も知らないみたいだもの」
「まあ、そのうち気付くんじゃないかな。フランメルの視線がなくなった事に気付いてもいい頃だからね」
私もレオナルドもそのうち聞かされるだろうと思っていた。
そのまま何事もなく進級することになり、あれ以来、ウィリアム様が私の元に訪れる事はなかった。
もしかしたら、既に聞かされたがどうでもいいと思ってくれているのかもしれない。
それならば助かる。
私にとってもウィリアムの事はどうでも良くなっていたから。
本当に不思議。
あんなに嫌いなりたくてもなれずに悩んでいたのが嘘のようであった。
月日が経ち、学園の卒業パーティーを迎える事となった。
ウィリアム様は相変わらずセラフィーナ王女をエスコートして会場に現れた。
私はレオナルドと共にレオナルドが送ってくれたドレスを来て会場に入ると、ウィリアム様は私達を睨みつけていた。
あれから月日が流れ彼の顔を見ても恐怖で怯える事はなかった。
かと言って恋しく感じる事もない。
私にとって彼はただの公爵家ご子息となっていた。
彼の事は無視してレオナルドとダンスを楽しむ事にした。
久し振りのダンス。
踊れる事に楽しくなってしまい、三曲続けて踊ってしまったら疲れてしまい、バルコニーで少し休むことにした。
「おい!」
ウィリアム様だ。
レオナルドは飲み物を取りに行っていない。
「君がこんなに嫉妬深いとは知らなかった。だが、明日になればセラフィーナ王女は自国へと戻られる。嫉妬深く男と逢い引きし続けた君には幻滅したが我慢してやろう。今すぐ謝るのなら婚約破棄をしないでおこう」
「えっ!」
ウィリアム様は何を言っているのかが解らない。
何故に私が謝らなくてはならないの?
それよりも、まさかウィリアム様は未だに気付かれていない事に気付いた。
「どうした謝らないのか?」
「あの、私がウィリアム様に謝らなくてはならない事はありません。私と・・・」
「ふざけるな!謝らないのなら婚約を破棄するぞ!」
私が話を言い終わる前にウィリアム様が大声で怒鳴ってきた。
どうしましょう。
ウィリアム様が大きな声を出すから皆が此方を見ている。
「フランメル大丈夫かい?」
助かった。
ウィリアム様の大声で異変に気付いたレオナルドが駆け付けてくれた。
私はレオナルドの胸の中に駆け寄り、レオナルドは私を守るようにウィリアム様との防壁となってくれた。
「やはり浮気をしているではないか!このふしだらな女が!いい加減にしないと本当に婚約を破棄にするぞ!」
ウィリアム様の言葉にレオナルドが溜め息を吐き、私を後ろに下げさすと、ウィリアム様の方へ一歩前へ出た。
「ウィリアム様は本当に気付いていないんですね。ウィリアム様とフランメルとの婚約は既に解消されております。ウィリアム様の有責で」
「な、馬鹿な!?」
「馬鹿なではないでしょう。ウィリアム様はフランメルを突き飛ばして怪我をさせました。普通は解消になると思うはずです。ウィリアム様は怪我をしたフランメルに見舞に来る事も手紙で謝罪する事もなかったようですので承知なのかと思っておりました」
「私は王命で・・・」
「王命はセラフィーナ王女の側近ですよね。それを理由に婚約者を蔑ろにしていた事も問題ですが、まあ百歩譲ってそれは良しとしましょう。ですが、婚約者を突き飛ばして怪我をさせる事などの王命は出ておりません。国王陛下を貶めるような発言は控えて頂きたい」
「私は・・・」
「因みに今は私がフランメルの婚約者です。フランメルは婚約者と出掛けていただけに過ぎませんのでふしだら等と言う発言は取り消して頂きたい」
「そんな・・・」
「フランメル行こう。もし良ければもう一曲踊ってくれるかい?」
「はい。私もまた少し踊りたいと思っておりました」
レオナルドと私は手を取りあい会場に戻り再びダンスを楽しむ事にした。
ウィリアム様は私達の方を見ながら呆然としていた。
卒業パーティーと言う最後の思い出となるパーティーで壁の花となったのは私ではなくウィリアム様であった。
今日は私ではなくウィリアム様がただ見ているだけとなった。
【後日談】
フランメル
卒業して直ぐに侯爵家へ嫁ぐ。
婚姻して翌年に女の子。
翌々年に男の子を授かった。
レオナルド
フランメルとの婚姻後直ぐに爵位を受け継ぐ。
あの懐かしの店に行くと度々二人の姿を見掛ける事が出来た。
セラフィーナ王女
何故かフランメルとレオナルドの結婚式に無理矢理参加してきた。
何か起こるのではないかと警戒していたが、セラフィーナ王女は泣きながら拍手をしているだけであった。
尚、私達が婚姻して直ぐに異国の王太子の元に嫁いで行ったが、王女からは定期的に手紙を交わし続けている。
ウィリアム公爵令息
学園でのフランメルへの態度や卒業パーティーでのやらかしに尾ひれが着いてしまい、あれから三年経つも未だに壁の花となっていた。
パーティーの度にフランメルは視線を感じていたが、気にせずレオナルドとのダンスを楽しむ事にした。
話は終わりです。
えっ!短編なのに何故連載にしているのか?
すみません。
これで話は終わりなのですが、2話以降は別の人物を視点に考えております。
「私が出来るのはただ見ているだけ」を色々な視点で色んな意味合いで書いて行きたいと思ってます。
1話ではフランメルが『ただ見ているだけ』でしたが、最後はウィリアムが『ただ見ているだけ』となっております。




