09. 女子がいれば魔女だろうとそこは女子会のくくり
「そこの寒そうな格好をしているあなた。あなたも魔女の気配がするわね」
指を指された花梨は「へえ!?」と素っ頓狂な声をあげた。
「いえ、私はそんな怪しい者じゃありません! って、別に馬鹿にしてるわけじゃなくて!」
『怪しい者』発言に目を吊り上げた魔女に、花梨は慌てて言い訳した。
「ただの一般市民です! あ、でも、春にちょっと不思議な体験はしましたけど!」
「不思議なってどんな?」
「えーっと、花粉と、魔族……?」
花梨は目を彷徨わせながら、自信なさげに言った。
「ああ! あのバカ魔族の件かい! 大変だったね。 てことはサリナのお手つきだね」
急に態度を軟化させた魔女に、花梨は誤魔化し笑いをした。
「なんのこと?」と千夏が目で問いかけると、花梨は「いろいろあったのよ」と遠い目をした。
「そっちのあなた。あなた、ダメンズによく引っかかるでしょう」
みゆき先輩の前におっとりと立ったのは、優しげな笑みを浮かべた魔女だった。魔女は困ったように眉を下げて笑うと、すらりとした手でそっとみゆき先輩の手を掬った。そして、怪獣の着ぐるみを着てふわふわしているみゆき先輩の手のパーツを労わるように撫でた。
「頼り甲斐のある男が好きって言いながら、付き合うのはちょっと抜けた男だったり」
「……はあ」
え、この人、何? とみゆき先輩は手を引こうとするが、手の細さの割に握力は強いらしく、みゆき先輩はなかなか女の手を振り解けないでいる。
「最初はしっかりしてたのに、どんどんだらしなくなっちゃったり」
「……そう、ですね?」
ちょっとやばい人なのかもしれないと、みゆき先輩は相手を刺激しないようにそうっと腰を引くが、足が地面に張り付いたように動けない。
「良かれと思っていろいろやってあげると、それが当たり前になってきちゃって」
「……はい」
心当たりのあるみゆき先輩は、目を泳がせた。
「そのうち働かなくなっちゃったりとかね」
「やーめーてー! 私の黒歴史! なんで知ってるんですかっ!?」
みゆき先輩は涙目で叫んだ。勢いをつけて女の手を振り解こうとすると、あっさりと解放された。みゆき先輩は両手で顔を覆った。側から見ると怪獣が身悶えている様にしか見えないが、本人は必死だ。
「『自分の何がいけないんだろう?』って悶々として、『じゃあ、もうやらないようにしよう』って心に誓うのに、どうしても助けちゃうのよね」
追い打ちをかけるように、笑顔のまま女が詰め寄る。
「だって! 『やるやる』って言って、全然やらないんですもん! だったら自分でやったほうが早いわっ! ってなって!」
みゆき先輩は拳を握りしめて訴えかけた。
「そうなのよ。それなのに、去っていくのよね。『お前は俺がいなくても生きていけるだろうから』って」
「そうなんですよ! じゃあ、私にどうしろっつー話なんですよ!」
みゆき先輩は救いを求めるように魔女に手を差し出す。
みゆき先輩は魔女の手を握りしめた。魔女は励ますように握り返す。
「大丈夫よ。あなたはあなたのままでいるのが一番なのだから。ね、あなたのような負けいn……ごほん、しっかりした女性にはね、ぴったりの役割があるのよ」
もはや魔女の背後には光が差しているような気すらする。
みゆき先輩は縋るように魔女を見た。
その様子を引きながらもしっかりと観察していたのは男性陣だ。
「なあ、今あの美人、『負け犬』って言いかけたよな?」
「ほぼ言い切ってましたね」
「だよなー、みゆき先輩も美人なんだけど、隙がねえんだよな」
「色気もないしな」
「だからああいう女性は俺みたいな年下がいいと思うんすよ。俺、みゆき先輩は絶対にいけるって前から踏んでたんすよね」
「お前が彼氏だったらあの美人が言った通りの未来しか待ってねえじゃねえか。ヒモにでもなんのかよ」
「一回やってみたかったんすよねー。目指せ、不就労所得生活」
固まってヒソヒソと話す男性陣の元に、笑顔の魔女が数名やってきた。そして無言でキャンプファイヤーの方へと誘導する。美人たちに背中を押された男たちは、何事かと思いつつも、デレデレしながらついて行く。
一方でみゆき先輩はさらにヒートアップする。
「でも私、仕事も好きだし、てかもう結婚は諦めてるんで仕事しないと食っていけないし。今からキャリアチェンジってアリですかね!?」
もはや人生お悩み相談のようになっている。
「大丈夫よ。何も諦める必要はないわ。恋も仕事も、出産も育児も、美容も健康も、男も女も、世界も異世界も、すべてあなたの手の内に収まるわ」
「でもそれって結局、女が全部やれってことですよね! そんなの不公平じゃないですかっ! これ以上擦り切れたら、何も残らないぃぃぃ!」
「自分でやらなくていいのよ。というか、あなたが手を下す必要は全くないわ。あなたはただ、命ずるだけでいいの。だって、男どもは下僕ですもの」
魔女は笑顔で言い切った。不穏な言葉とは裏腹に、その口調は軽い。まるで天気の話をしているかのようだ。
「……げぼく……」
その言葉のインパクトに、みゆき先輩は唖然とする。
「大丈夫。男なんて星の数ほどいるわ。いくらでも、好きなだけ、使えばいいのよ」
「いや、それは倫理的にいかがなものかと……」
「甘いわ。お嬢ちゃん、いい? 倫理なんて結局、どこかの偉ぶってるおじさんたちが、自分達に有利なように勝手に作ったルールよ。そんなものに女が、ましてや魔女が従う必要なんて、爪の先ほどもないわ」
「えっと……?」
戸惑ったようにみゆき先輩は魔女の目を探った。嘘をついている様子もないし、揶揄っている様子もない。淡々と告げるその言葉は軽やかなのに、底知れぬ本気度が窺えるのだ。
「ね、魔女におなりなさい。ここにいるみんな、あなたのことを歓迎するわ。女同士だから仲が悪いなんてことはないわ。それは女同士がいがみ合っている方が都合の良い男たちの嘘よ。私たちみんな、お互いに支え合って生きているの。楽しいわよ。今日みたいにこうしてパーティーしたりとかね」
「今日はパーティーだったんですね!」
「ええ。ハロウィンですもの。ね、どうかしら?」
みゆき先輩は腕を組んで黙りこくった。眉間に皺を寄せて、「キャリアプランとして、魔女はありかしらね?」とぶつぶつと何かを呟いている。
「……年齢制限はありますか?」
「ないわよ! 女は死ぬまで女ですもの。魔女になれる唯一の条件は女であること。それだけよ」
「福利厚生などは?」
「全世界魔女協会がいろいろ支援してくれるわ」
「私、特に特技とかないですけど」
「あなたには素質があるからそれで十分よ」
自分は今人生の分岐点に立っているのかもしれない。みゆき先輩はごくりと唾を飲んだ。
だから慎重に考えたいと思うのに、外野がうるさくてみゆき先輩は集中ができないでいる。
なぜだか知らないが、男どもがギャーギャー騒いでいるのだ。
「やめて、やめて、まじ、あっついからっ!」
「無理無理、これ以上近づいたら髪の毛燃えますって!」
「ちょっと! このメイドコス、ハンドメイドなのよっ!」
みゆき先輩は騒ぎの元を見た。両手両足を縛られた男性陣が、今まさに炎の中に焚べられようとしている。
何事? とみゆき先輩は千夏と花梨を見る。二人プラス係長は、呆然としたままその光景を眺めている。炎の光が当たるその顔は、まるで子どものように幼い。
「ちょっと、止めてあげなさいよ」
みゆき先輩は声をかけた。
その声に千夏と花梨は我に返った。
「あ、なんかつい見惚れちゃいました」
「一瞬で縄がバインドしたんですよ! 魔法!?」
千夏と花梨はマジックショーを見た子どものように興奮している。
やれやれ、この子たちは、とみゆき先輩は肩をすくめた。
「せっかくのお誘いで申し訳ないんですが、目下この子たちの世話で手一杯で」
みゆき先輩は魔女に頭を下げる。
「いいのよ。急ぎじゃないわ。死ぬまでに決めてくれれば」
随分気の長いことだなと思いながら、みゆき先輩は騒ぎの中心に駆け寄っていった。
「あ、もし資料請求できるんだったらお願いしたいです!」と言い残して。




