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10. トリックでもトリートでも、どちらもご褒美です

 ◆◇◆◇


 男どもを焼く焼かない問題は、なんとか収拾がついた。なんでも、男嫌いの魔女たちが「男がくんじゃねえ、呪うぞ」となり、なおかつ女の悪口を言っていたから、「じゃあ焼きましょうかね、火もあるし」というノリだったそうだ。

 それまで静観していた千夏だったが、「部下を焼くなら、私を先に焼いてくれ」と係長が言ったことで事情が変わった。


「係長は私の獲物です」と千夏は係長の前に立った。

 これだけは絶対に譲れない。

 千夏は目に力を込めて魔女たちを睨んだ。

 怒られるかなと思ったけど、意外に魔女さんたちは物分かりがいいらしい。

「そうか、お前さんのか。じゃあ仕方ないわね」とあっさり引き下がってくれて、拍子抜けしたくらいだった。


 そこからはみんなで楽しくパーティーをした。残り物のパイン飴がウケにウケて、無罪放免どころかワインが振る舞われるほどのおもてなしを受けた。なんでも、穴の開いた飴というのは魔女心を刺激するらしい。

 わかる。普通の飴より、なんかテンション上がるよね、と千夏は頷いた。


 ほろ酔いの男性陣がうっかりいろいろやらかして、魔女に逆さ吊りにされたりもしたけれど、目元をほんのりと赤く染める係長を見ることができて千夏は眼福だった。


「あんたたち、そろそろお帰りな。ハロウィンは夏と冬が入れ替わる時さね、このままここにいたら、狭間を一生彷徨うことになるよ」

 魔女の一人にそう言われ、千夏たちは家へと戻っていった。

 いつの間にか仮装は解けて、いつものスーツに戻っている。会社をすり抜け、一行は解散した。

 千夏は係長と手を繋いで、言葉少なめに家まで送ってもらった。


 おやすみなさいをして玄関のドアを閉めると、シナモンとパンプキンの匂いがほのかにスーツからした。


 ◆◇◆◇


 翌朝。

 眠気まなこであくびを噛み殺しながら、千夏はコピー機の前に突っ立っていた。

 会社のリースのコピー機が契約が切れたので、新しいメーカーのコピー機になったのだ。それはいいんだけど。

 遅い。

 いくら待ってもプリントが終わらない。


 資料百部をカラーコピーするというミッションは、この新人には荷が重かったらしい。

 ともすれば火を吹くんじゃないかという熱を発しながら、えっちらこっちらプリントを吐き出している。

 しかもこの新人、英語しか対応していないらしい。おりえんてーしょん云々と言われても、さて、なんのことやら。

 コピー機の横には、凶器かというくらい分厚いマニュアル(かろうじて日本語)が置いてある。が、これはせいぜい鍋敷きにすれば御の字といったもので、一ページ目から開く気になど到底なれない。だって、カタカナばっかりなんだもん。日本語に訳してある意味、ある?


 早くぅぅぅ。

 千夏はせっつくようにコピー機を指で叩いた。

 だが、マイペースな新人は、「うぃーん」と気の抜けた音を出しながら、カタツムリの速度で印刷中だ。


 しかもこいつ、今までついていた機能がごっそり削ぎ落とされたシンプル仕様なので、ホチキス止めも穴あき機能も付いていない。これからこれを部数ごとにホチキス止めをしないといけないのに。


 さすがにこめかみが引き攣りそうになってきたところで、係長の声が後ろから聞こえてきた。


「あー……ごほん。昨日は、その、世話になったな」

「係長! おはようございます!」

 千夏は満面の笑みで答えた。機嫌は一瞬にして向上した。

「その、体は大丈夫か?」

「はい……」


 やだ、なんか新婚カップルの初夜明けみたいじゃない?

 千夏は頬を染めて俯いた。


「どうした!? やはりどこか痛むのか!? 無理をさせてすまなかった。夜遅くまで付き合わせてしまったからな。寝不足にさせてしまったな」

 係長は慌てふためく。いつもより上ずった声で、動揺が伝わってくる。そして係長の声は、本人は気づいていないが、周りによく届くテノールだ。だから毒舌もよく届くのだけれど、この場合は。


 ちなみにこのコピー機、オフィスに入らないからという理由で廊下に仮設置されているものだ。

 通りすがりに千夏と係長の会話を耳に挟んでしまった他部署の女性社員が、「え?」という顔をして通り過ぎた。通り過ぎた後も、振り返って二度見する。係長と千夏を交互に見て、「なるほど……?」としたり顔で頷いた。

 係長は気づいていないが、千夏は横目でそれがどこの誰かをしっかりと記憶した。


「あー、……そのだな、」

 係長は髪の毛をかきながら、何かを言おうとする。


 ぴー!


 甲高い音と共に、プリントは無事終了したらしい。

 人間だったらぜえぜえ言っていそうな過熱ぶりだが、無事ミッションをコンプリートした海外からの大型新人(ゆえにオフィスに入らなかったのだが)は、どこか誇らしげである。


「……手伝おう」

 係長は書類を持って歩き出した。千夏はその後ろを嬉しそうに歩いていく。


 会議室に入って、二人で作業を始める。

 ぽち、ぽちというホチキスを止める音が会議室に響く。係長は書類を睨むような目で見ながら、最適な位置にホチキスを止めている。

 知らない人が見たら怒っているんじゃないかと思うところだが、係長ウォッチャー歴半年以上の千夏は知っている。そろそろ眼鏡の度が合わなくなっているのだ。


 新しい眼鏡、買いに行った方がいいですよ、と言うべきかどうかは悩むところだ。今の感じも捨てがたい。

 でも眼鏡を変えてもっとクリアに見えるようになったら、係長は喜ぶだろうか。うちの犬が、新しいおもちゃをもらった時のように。


 ああ、どっちもありだな。


 隣に座る係長はいつもよりやや寝癖が立っている。

 ほんのわずかにシナモンとパンプキンの匂いがする。

 もう少しじっと見つめていたら、係長は気づくだろうか。

 そして、困った顔で眉を下げるのだ。

「なんで千夏ちゃん、僕のことそんなにじっと見てるの?」と戸惑った顔をするうちの犬のように。


 ふふふ。

 千夏は書類でこっそりと口元を隠して笑った。


 トリックオアトリート。

 お菓子をくれないといたずらしちゃいますよ、係長。

係長と千夏の節分のお話は『鬼は外、係長は外』、

同僚の花梨のお話は『 Hay fever(花粉症)という名の恋の熱が冷めた後は 』に載っています。


お読みいただきありがとうございました。


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