第八章
──この空を、誰が守るのか。
橙の小隊がF6Fと初めて交戦し、性能差を痛感したのはつい数週間前のことだった。
しかし、技術陣と整備兵たちの努力が結実し、ついに烈風試作一号機が南方へ届けられる。
次の一撃は、負けられない。
“旧時代の限界”と、“新時代の空”が、フィリピン上空で交錯する──。
1942年12月。
フィリピン・ミンダナオ、島西部、バリクパパン前線基地。
夜明け前、1機の試作機が南方輸送船から静かに降ろされた。
「烈風一一試作一号機、整備確認完了。各部数値、問題なし。……輸送中の振動、最小限」
整備班の声が響く。
「やっと来たか。ずっと待ってたぞ、あんたのことをな」
橙小隊隊長・桐原少佐は、機体にそっと手を置いた。
塗装は灰緑。垂直尾翼には“試”の一文字。だが、それを見た全員が直感していた──これは、空を変える機体だと。
***
烈風初出撃は、その翌朝に決まった。
「今回、烈風一号機は直掩任務。橙小隊とともに出撃し、F6Fとの交戦が予想される」
「機体は新型、だがパイロットは……?」
皆の目が向いたのは、一人の青年だった。
「志波中尉。烈風専属テストパイロットとして、名古屋から派遣されました」
若いが、落ち着いた眼差し。
橙隊のベテランたちも、彼の動きに一目置く。
「烈風は、空戦機動に向いていない。火力と速度で“一撃離脱”が基本です」
「機体の限界より、パイロットが先に限界を迎える構造です。だから、私が乗る」
そう言った志波の言葉に、皆はうなずいた。
***
出撃当日、編隊は高度7,000メートルにてF6F編隊と遭遇。
「敵、三機。こちら四。烈風一号、先行して右から回り込みます」
烈風が雲間を切って飛び出す。機首下の20ミリ機関砲が閃き、F6Fの左翼を瞬時に貫いた。
「敵機、爆散! ……速すぎる」
橙二番機が呟く。烈風はすでに次のF6Fに追いつき、連射──撃破。
「旋回しない。追うだけで仕留めるのか、あの機体は……!」
だが、F6Fも黙ってはいなかった。3機目が反転し、烈風に機銃を浴びせかける。
「志波中尉、右へ抜けろ! 被弾してる!」
烈風は一度左へ逸れるも、再び速度に物を言わせて突っ込み、敵機の尾翼を吹き飛ばした。
「撃墜確認。烈風、帰還ルートへ移行。こちら橙隊、損失なし」
空戦、わずか3分。
初陣にして烈風は敵3撃墜、無傷帰還という戦果を上げた。
***
帰還後、整備兵たちは烈風を囲み、静かに見つめていた。
「冷却系、異常なし。オイル流量、安定。構造は複雑だが……こいつは、“扱える”」
橙の整備班がそう言った時、山下衛が基地に到着した。
「ありがとう。君たちがこの機体を“実機”にしてくれた。これでようやく……橙が継いだ空を、次の時代に渡せる」
整備兵たちはただ、うなずいた。
***
一方、太平洋を越えたハワイ・米軍航空本部。
「新型戦闘機、“Reppu”。日本の烈風と呼ばれる機体。F6Fを速度と火力で上回る可能性あり」
「……なら、我々は次を送る」
机の上に、一枚の写真が置かれた。
スリムな胴体。引き締まったキャノピー。マスタングの名で呼ばれる、P-51Dの影が、すでに海の向こうに迫っていた。
***
橙の空は、もう“旧式”のものではなかった。
烈風がその使命を継ぎ、整備兵がその命を預かり、パイロットが空を切り裂く。
──そして、次の戦いが始まる。
それは、P-51との激突。
最速と最強、技術と覚悟が交錯する、新たな空の戦場だ。