第七章
──烈風、風を裂け。
太平洋戦争が熾烈さを増す中、日本海軍は新たな主力機「烈風(仮)」の試作に踏み出す。
それは、橙小隊の戦果と現場からのフィードバックを結晶化した、“空の未来”を託す機体だった。
一方、フィリピン上空ではついに米海軍の新鋭艦載機・F6Fとの実戦交戦が始まる。
新たな空の時代の幕が、今、開かれる。
台湾・高雄飛行実験場。
その朝、格納庫の扉がゆっくりと開き、一機の機体が姿を現した。
翼は長く、胴体は力強く、光を受けて静かに銀灰色に輝いている。
「……これが、“烈風”か」
山下 衛は思わず息を呑んだ。
正式名称は「烈風 一一試作機」。エンジンには三菱が総力をかけたHa-43改・2200馬力級を搭載。
「機体全備重量、4トン弱。高速・高高度対応、武装は20ミリ機関砲×4。橙型とは……次元が違うな」
その横で、台湾整備学校から選抜された精鋭整備班が準備に取りかかっていた。
「マニュアル、未整備の部分多数。機体構造、主桁配置、配線類は橙と大きく異なる……これは、もう別の飛行機です」
「違うな。これは、“時代”が違うんだ」
整備兵たちの顔は引き締まっていた。
橙の機体を何度も飛ばし、何度も直してきた者たちだった。
***
同じころ──
ミンダナオ島沖、セレベス海。
橙小隊が哨戒任務に出てから、すでに50分が経過していた。
「上空にシルエットあり、数3。接近中。識別機種──F6F、確認!」
敵は、これまでの機体とまるで違った。
青黒い重厚な胴体、大出力エンジンの音が、まるで爆撃機のように響く。
「全機、戦闘態勢。交戦する──!」
橙一番機が加速。MK9改良型が唸りを上げる。
出力では劣るが、空戦機動ならまだ勝てる──それが全員の認識だった。
「奴ら、上昇しながらこっちを包囲してる!」
「挟まれる前に、一機ずつ潰せ!」
接近。交錯。
20ミリ機関砲が火を噴き、F6Fの右翼が裂ける。だが、落ちない。
「装甲が……厚い!?」
続く一機が反転し、橙三番機を直撃する。
「被弾! 主翼損傷、エルロン作動せず!」
「三番、離脱しろ!」
橙隊は混乱した。機体性能差は予想以上。火力も、防御も、機動力も拮抗していた。
「……こいつらは、“殺すための機体”だ。量産の化け物だぞ、これは」
それでも、橙二番機が側面に回り込み、正確に敵機を撃墜。
小隊は2機撃墜、1機損傷で帰還した。
***
フィリピン・臨時格納庫。
「損傷機、帰還完了! 冷却系、異常なし。被弾箇所、主翼内装配線!」
整備班が迅速に動く。帰還した三番機の修理はその日のうちに始まった。
「生きて帰れたのは、お前らがいたからだ」
パイロットが整備兵に言った。
「でも、これじゃ……次はないかもしれん」
橙機は戦えた。だが、F6Fとの正面衝突には限界がある。
「だから、“烈風”がいる。俺たちが繋ぐんだ、次の空へ」
***
台湾へ、緊急報が届く。
「橙隊、F6Fと実戦交戦。機体性能で劣勢。次回以降の戦闘で、烈風試作型を1機投入許可」
「やはり……早めねばならないな」
山下はうなずいた。
「烈風を空に上げよう。橙が繋いだ時間で、俺たちが戦局を変える」
***
烈風一号機のテスト飛行は翌週に迫っていた。
出力も、装甲も、搭乗者の命も、すべてが一歩先を求められる時代──
橙の小隊とその背後にいる者たちは、すでにその空を見据えていた。
太平洋の空は、ますます“選ばれた者たちの戦場”と化していく。