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第四章

──戦争は、戦闘機だけで戦うものではない。

空を飛ばすのは、手を汚し、眠らず、汗にまみれる整備兵たちだ。

焼き付いた新型エンジン「MK9」の不具合は、再設計による冷却系強化へ。

一方、台湾・高雄では整備兵養成のための訓練課程が始まり、若者たちが空を支える力となろうとしていた。

これは、まだ歴史に名前すら残らぬ、“影の小隊”たちの物語──。

 台湾・高雄海軍整備学校。

 赤錆びた格納庫の一角で、若き整備兵たちがピストンリングの組み込みを繰り返していた。


「なぁ、田畑。こいつ、何回焼き付いたか知ってるか?」


 太田二等整備兵が苦笑混じりに尋ねた。

 目の前にあるのは、橙色の塗装がまだらに剥げたMK9初期試作エンジン。

 高温環境での実戦飛行後、3回目の分解整備に入っていた。


「……五回って聞いた。部品交換回数だけならもう十を超えてるらしい」


 田畑は真面目な顔で答える。


「でも、それでも帰ってきた。あの空戦で、パイロットは誰も死ななかった」


 太田は少しだけ黙ったあと、笑った。


「ま、だったら俺たちの整備も意味があるってこったな」


 二人は無言で作業を続けた。

 それは戦場の整備であり、命を守る“もう一つの戦闘”だった。


 


 ***


 


 同じころ、名古屋・三菱航空製作所。


 設計技師・山下 衛は、冷却系再設計案を掲げて技術会議に出席していた。


「問題は、南方高温多湿下での冷却性能です。従来のフィン間隔では熱交換効率が足りません。再設計により、フィン密度を25%増加。さらに、新たにダクト式オイル冷却システムを追加します」


 会議室にはざわつきが広がる。

 空冷エンジンでの高密度冷却フィン設計は、加工の難しさから難色を示されていた。


「それでは量産に支障が……」


「設計優先ではなく、生産とのバランスが……」


「それでも、整備性と耐久性を両立させねば、実戦で使えません!」


 山下は机を叩くように声を上げた。


「一度飛んで終わりのエンジンは、ただの試作機です。何度も整備し、何度も飛ばせるものが“戦力”になります。私たちが作るべきは、“整備兵が信頼する機械”です」


 その言葉に、工場長が小さく頷いた。


「……南方からの報告でも、整備時間の短縮と耐久性の両立が課題だ。山下案、試作継続としよう。試験型は台湾送りだ。現地で実働確認してもらう」


「……ありがとうございます」


 山下は深く頭を下げた。

 この瞬間、新型MK9・改良型の試作が正式に動き出した。


 


 ***


 


 その一週間後──台湾・高雄。


 整備学校では、ついに**“実戦機整備訓練”**が開始された。

 橙色の小隊から引き渡された初期機体を使い、解体・組立・再稼働までを通しで実習する。


「オイルライン、締め込み確認! トルクレンチ、規定通り!」


「点火テスト、問題なし! 起動前、排気ガス遮断確認!」


 整備兵たちの声が飛び交う。

 訓練とはいえ、これは実際に戦場に立つための最後の準備だった。


「この機体は、空で戦ったんだ。俺たちは、そいつをもう一度飛ばすんだ」


 誰かが、そう呟いた。

 その声は、格納庫の中で確かに響いていた。


 


 ***


 


 1942年2月──。


 再設計されたMK9改良型は、高雄に届いた。

 同時に南方から届いたのは、バリクパパン油田からの高オクタン航空燃料の初荷だった。


「これで……やっと“実用”にできる」


 山下は高雄の試験場で、改良型エンジンの始動を見守っていた。

 新型冷却系は正常。オイル温度上昇も穏やかで、圧縮比も維持されている。


 そして、パイロットがひとこと呟いた。


「この音……違うな。力強い」


「よし、次は空中試験だ」


 山下は頷いた。


「今度こそ、“何度でも飛べる機体”を……」


 


 ***


 


 橙色の小隊は、まだ再出撃していない。

 だが、その背後には数十人の整備兵と、幾人もの技術者たちの努力が積み重なっていた。


 彼らが目指すのは、“稼働率九割”。

 それは、夢ではなく──整備の力で成し遂げる、現実の数字だった。


 橙の翼は、再び空へと飛び立とうとしていた。

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― 新着の感想 ―
三菱MK9がいち早く、誉より早く制式化されていたら、どうなっていただろう。 まずは雷電で試したいね。
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