最終章
──空は、誰かの夢でできている。
敗戦と共に失われた“橙の翼”。だがその設計図は、静かに時代を越え、生き続けていた。
2025年、航空技術研究の第一線に立つ若者が、大学の旧資料室で“ある図面”と出会う。
それは、決して歴史書に載らなかった空の戦い──烈風の先にあった「神風計画」だった。
空を守ろうとした者たちの記録が、今、未来を飛ばす翼へと変わる。
2025年・春。神奈川県・航空工学技術大学。
4年生の航空研究室員、**白石 透**は、卒業論文の資料を探していた。
「戦中の設計思想を調べるって、教授は言ってたけど……」
半ば物置と化した資料室の隅。古びた木箱に、彼は気づいた。
──K-1 二型 案──
白石は目を見開いた。
「これ……烈風じゃない。聞いたこともない機体名だ」
***
古文書のような図面は丁寧に巻かれており、時代を超えた線がそこにあった。
「空冷でも液冷でもない、冷却制御……自動迎角翼?」
当時では考えられない発想が、紙に刻まれている。
「なんだこれ、本当に1945年の設計か……?」
教授室に駆け込んだ白石は、設計図を差し出した。
「教授! この設計、どこから来たんですか? 烈風の流れじゃない。何か別の……」
航空史研究の老教授は、眼鏡越しに図面を覗き込み、静かに頷いた。
「それはね、“神風計画”と呼ばれた試作案だ。文献にも資料にも残されなかった。理由は……“消された設計図”だからだ」
「消された……?」
「敗戦と同時に、多くの技術が接収され、あるいは燃やされた。しかし、一部の技術者と整備士が、“未来の空のために”密かに保存したものがあった。それが、これだ」
***
その夜、白石は研究室で一人、設計図を広げていた。
「この機体……本当に飛んでいたのか? 誰が……」
図面の端には、小さく書かれていた文字があった。
「飛ばなかった。それでも描いた。
空を諦めなかった証として──志波」
「……志波?」
彼は静かに呟く。
「飛ばなかったって、何だよ。ここまで書いて、飛ばなかったなんて、悔しいに決まってるだろ……」
けれど、白石はすぐに気づく。
──飛ばなかったのではない。
飛ばすのを、未来に託したのだ。
***
数ヶ月後。
大学の合同プロジェクト「仮想航空設計復元プロジェクト」にて、白石のチームは「K-1二型」のデジタル再現を発表した。
「設計意図は明確。1945年当時の日本が、成層圏迎撃に挑もうとした機体です。私はこう結論づけます」
白石の声が、講堂に響く。
「この機体は、未来へ遺された“翼”だったのです」
拍手が、ゆっくりと広がる。
***
発表会の後、白石は夜の空を見上げた。
「志波中尉……きっと、あなたたちの“空”は終わってなかった」
空は静かだった。けれど、その奥で、何かが確かに飛んでいる気がした。
たとえ誰も見ていなくても、橙色の翼は──確かに、風の中に生きていた。




