第十七章
──空を、諦めなかった人々がいた。
敗戦。1945年8月、日本の空は制空権を完全に失い、軍は解体された。
しかし、神風一型に込められた空への執念と設計図は、終わっていなかった。
GHQによる徹底した航空技術接収の波が迫るなか、技術者と元パイロットたちは、“あの日の空”を未来に残そうと動き始める。
たとえ飛ばなくとも、空の意志は、次の時代に繋がると信じて──。
1946年3月、千葉・旧木更津飛行場跡。
軍の施設は次々と米軍管理下に置かれ、滑走路は重機で破壊されていく。
その一角、半壊した倉庫の裏で、二人の男が小さな木箱を掘り出していた。
「……あった」
志波元中尉が手に取ったのは、防湿布に包まれた設計図。
表紙には薄く、“K-1 二型・翼部再設計案”と記されていた。
「本当に埋めてあったんですね」
そう言ったのは、かつての整備長・水谷。
「GHQの技術接収で、空のものは全て“戦犯”扱いになる。だがこれは……まだ、誰かが使えるかもしれん」
***
設計図は十数枚。それぞれが、烈風の先にある未来を描いていた。
・液冷エンジン型K-1 二型
・高高度複座型試作案
・高出力冷却循環式過給機案
・全翼機型 高速滑空実験構想
山下技術中佐が最後に描いた夢の数々。
「この図面、どこかに預けましょう。信頼できる民間技術者に」
「大学か、三菱の民間部門だな。『飛ばない飛行機』として登録すればGHQも気づきにくい」
水谷は小さく笑った。
「飛ばない飛行機……まさか、本当にそう言うとは」
「飛ばない。でも、飛ぶために描かれたんだ。……飛ぶ未来の誰かのために」
***
東京・某所。GHQ接収資料室。
GHQ技術顧問のマッケンジー大尉は、報告書の一枚を眺めていた。
「日本における高度戦闘機技術の大半は、敗戦により消失または意図的隠蔽された可能性あり」
「“Kamikaze-1”と称される新型戦闘機の一部は、設計図のみ存在」
「機体本体の現存確認は取れず」
「“Orange Wing”……結局、幻のままだったか」
大尉は図面の複写に目を落とす。
「でも、これは……使える構造だ。もしかすると……」
***
数日後。
木箱は、東京理科大学工学部の地下研究室に届けられた。
工学助手として身を寄せていた志波は、教官に言った。
「資料提供として、名前はいりません。ただ“教育用途”として使っていただければ」
教官は頷いた。
「これを教材として見るだけでも、価値はある。日本の空を忘れないために」
***
設計図は封印された。
飛ぶことはない。けれど、描かれた線は、誰かの目に触れる。
未来に生まれる、まだ見ぬ“空を夢見る者”たちの目に。
志波は空を見上げる。
「空に届いた俺たちの設計図が、風の中に残ってるなら、それでいい」
風が、吹いた。




