第十六章
──守り切れなかった空が、あった。
神風一型改が実戦に投入され、初のB-29撃墜を成功させたものの、戦局は容赦なく傾いていた。
“撃てても守れない”──限られた数の新型機と、限界を迎えつつある整備網。
その中で、技術陣は次世代迎撃機「K-1二型」へと歩を進め、空の意志を繋ごうとする。
それでも空は──容赦なく崩れていく。
1945年3月9日、東京大空襲。
木更津の空は真っ赤に染まり、遠く離れた格納庫からでも、焼夷弾の火柱が見えた。
「……届かなかった」
志波中尉は、整備されたばかりのK-1改の機首を撫でながら呟いた。
「飛べる機体が、三機。片道燃料、迎撃後は滑空帰還。これじゃ、都市は守れない」
整備長は悔しげに唇を噛んだ。
「エンジンも限界が近い。今の整備体制じゃ、1機飛ばすのに30人がかりだ。……戦争じゃねぇ」
***
山下技術中佐は、その夜、特設研究室で一枚の設計図に向かっていた。
「K-1 二型・案」。
神風一型の機体構造を踏襲しつつ、液冷エンジンに換装、高高度戦闘に特化した次世代機。
「もう空冷じゃ間に合わん。馬力より、持続出力と高度限界。それと、帰ってくる能力だ」
図面には、こう記されていた。
・液冷Ha-44型、試験型を搭載予定
・武装:30mm機関砲2門
・新型自動迎角調整翼
・燃料延長+滑空対応フラップ設計
「完成する頃には……戦争は終わってるかもしれんぞ」
整備主任の一人が呟いたが、山下は答えなかった。
“終わっていても構わない”。
この設計図は、次の空へ飛ぶ人間のためにある。
***
3月末、神風隊は再びB-29迎撃任務に投入される。
K-1改は二機のみ。出撃可能機はそのうち一機。
「また一機だけか……」
「でも、誰かが行かないと、あの空はただの通路になる」
志波中尉は、酸素マスクを装着した。
「飛ぶ。限界でも、飛ぶ」
その夜、志波は再び、空の天井に挑んだ。
「こちら神風一号。敵機編隊確認。高度12,400。……多数」
燃料計が減っていく。被弾すれば帰ってこれない。
それでも、志波はB-29の群れに突っ込んだ。
「一矢報いる。俺たちが、空の防人だ!」
照準を合わせ──発射。
爆炎が一機を包み、銀の巨体が斜めに落ちていく。
「……よし、次だ」
だが、その時。
警報音。
「被弾! 右主翼、制御不能!」
志波は即座に離脱操作を行い、空を滑り降りる。
「……滑空態勢に入る。生きて帰る」
K-1改は、火を引きながら夜の空を滑空していった。
***
4月、神風隊の残存機はゼロとなる。
新型機の量産は、兵站崩壊とともに停止。
K-1二型は、風洞試験前に開発中止となった。
それでも、設計図は残った。
志波は木箱に仕舞われた図面を見つめる。
「飛ばなかった。でも、設計した。誰かが、未来で使うかもしれない」
整備長が笑った。
「……それでいい。空を諦めなかった証だ」
その日、日本の空から、橙の機体は消えた。
だが、空を守ろうとした者たちの意志は、静かに、確かに──次代へ残された。




