第十五章
──成層圏で、翼が燃える。
神風一型の初飛行成功から一ヶ月。試作1号機を基にした量産試作型「K-1改」が、ついに実戦投入される。
目標は、夜間・高高度を飛行するB-29大編隊。烈風では届かなかった“空の天井”へ、橙の機体が挑む。
パイロットも、整備士も、限界を超える戦いへ──。
これは、空の終わりに抗う者たちの物語。
1945年1月10日、木更津基地・第五実戦迎撃戦隊。
格納庫には、オレンジの塗装が施された新型機──「神風一型 改(K-1改)」が三機並んでいた。
与圧装置と機体制御は実戦対応に強化。武装には20mm機関砲二門、曳光弾搭載。
整備長が最後の確認を終えると、志波中尉が頷いた。
「この機体で、届くか?」
「届くさ。届かせるために、俺たちは烈風からここまで来たんだ」
ブリーフィングルームでは、作戦が簡潔に伝えられた。
「今夜、午前3時。関東上空に敵大型機編隊接近中。高度は12,000メートル超。目標は東京湾沿岸の軍需施設」
「K-1改3機、先行離陸。上空待機からの急降下迎撃を行う。初の実戦……各員、覚悟せよ」
空の果てに、未来はあるのか──それを試す戦いが、始まった。
***
午前2時45分、出撃。
「こちらK-1改1、上昇開始。出力最大、与圧正常。冷却器作動確認」
空は暗く、ただ冷たかった。
高度9,000……10,000……限界へ近づくたび、酸素は薄れ、視界は曇る。
「見えた……! B-29、南南西から接近、約40機。編隊散開前、正面からぶつける!」
「神風三、後方より援護に入る!」
照準器に、銀の胴体が映る。
その瞬間、志波はためらわずトリガーを引いた。
「撃てッッ!!」
橙の曳光弾が、空を切り裂いた。
命中──!
一機、機首を折って燃え落ちる。
二機目、右翼損傷。急降下。
「やれる! 神風は──B-29に届くッ!」
***
だが、敵も黙ってはいなかった。
ターレット砲が火を吹き、神風二号機が被弾。
「エンジン損傷、冷却水漏れ……高度保てません、離脱します!」
続いて、神風三号機にも被弾の報が入る。
「左翼被弾、制御不能……脱出する!」
最後に残されたのは、志波一機。
「一対四十……だが、ここで逃げたら何も残らない」
機関砲を撃ち尽くしたその刹那、志波は機体を旋回させ、B-29の編隊中央を突き抜けた。
「俺たちの空を、なめるな──ッ!」
突風のように、神風一型はその名の通り、空を割った。
***
帰還。
志波中尉の機体は、主翼の骨組みが見えるほど損傷していた。
整備士たちは無言で迎え、無言で修理に取りかかった。
「……落としたんだな」
山下技術中佐が言った。
「はい。確かに。撃ち落とせます。K-1改なら」
志波の声は、静かだった。
「だが、数が……」
「わかっている。神風はまだ、3機しかない。量産すれば、間に合うかもしれん」
「……間に合えば、の話ですね」
***
その夜、B-29の東京空襲は予定より20%被害を減らすことに成功。
空襲後、米軍通信には短く記されていた。
「日本に、新たな迎撃機種あり。コード名不明。“orange wing”による迎撃確認」
この国の空は、まだ死んではいなかった。
ただ、限界が近づいているだけだ。
次は、空のすべてを懸ける戦いになる──。




