第十四章
──未来を託された試作機が、空を裂く。
1944年末、日本本土への空襲が日増しに激化する中で、烈風の限界を超える新型迎撃機「神風一型」がついに完成。
制式採用ではなく、“試験機”という立場で生まれたその機体に、空の未来が懸けられる。
テストパイロットに選ばれたのは、烈風隊の生き残り──志波中尉。
空の天井を突き破る、新たな戦いが始まる。
1944年12月20日。木更津臨時航空試験場。
天候・晴れ。風速3メートル。気温5度。
格納庫前で、神風一型(K-1試作機)が静かに待機していた。
その機体は、烈風よりも一回り長く、重厚で、無駄のない曲線を描いていた。
Ha-43改三型、圧縮比強化仕様。武装未搭載。初飛行仕様。
「いよいよだな」
整備長が呟くと、山下技術中佐が微笑んだ。
「この機体が飛べば、空はまだ繋がっている。志波が乗る以上、“神風”に恥はかかせられん」
志波中尉がフライトスーツを締める。
「高度1万2千メートル、酸素試験、冷却効率、全て見る。帰ってきたら、正直に言いますよ」
「帰ってくれば、な」
***
午前9時12分、神風一型、滑走を開始。
「滑走距離、約420メートル……上がった!」
機体は安定して離陸し、上昇角15度で雲を割る。
「エンジン応答、良好。操舵系統問題なし。機体、素直に反応します」
烈風よりも遥かに高い上昇率。計器が、急速に数字を刻んでいく。
「高度7千、冷却器稼働確認。8千、与圧良好……」
「こいつは……飛ぶ、飛べるぞ」
***
地上の試験班に、通信が入る。
「K-1、高度1万1千突破。ここから加速上昇試験に入る」
志波の声は、静かに燃えていた。
「烈風が届かなかった空へ。……行ってくる」
エンジンが咆哮を上げる。酸素が薄い。指先が痺れる。だが、まだ飛べる。
「1万2千──到達。加速度4.2G。視界に若干の乱れ……」
雲の上に出た瞬間、志波は言った。
「……あった」
遥か遠く、銀色の巨影が点となって浮かんでいた。
「B-29。先行偵察機だ。やっと、視界に捉えられた」
あれを落とせる日は、まだ遠い。だが──
「視界に入った。もう、それだけで……」
志波は、胸の中で呟いた。
俺たちは、負けていない。
***
K-1はその後、安定した降下と着陸を果たす。
「脚、ロック確認。フラップ、正常──接地します」
午後10時03分。神風一型、初飛行成功。
格納庫に戻ってきた機体を見て、山下は一言だけ言った。
「……空はまだ、俺たちのものだ」
***
整備記録:神風一型・K-1初飛行結果
・最高到達高度:12,150メートル
・最大速度試験:未実施(次回)
・酸素供給・与圧試験:良好
・冷却系作動:良好
・エンジン温度:規定内上限で安定
・帰還後整備評価:A
***
一方、米軍サイパン基地では、K-1の存在が初めて報告されていた。
「日本軍が高高度迎撃用に新型を開発中との報。機体シルエット不明。速度不明」
「また“橙色の翼”か……。奴らは、まだ諦めていないな」
***
木更津の夜、格納庫に灯がともる。
整備士たちは黙々と次の試験準備を始めていた。
「B-29を撃ち落とせる日が来るか?」
「……来させる。それが俺たちの仕事だろ」
未来へ繋ぐ“設計図”は、ついに空を翔けた。




