第十三章
──空が、失われた。
1944年夏、サイパンは陥落し、烈風隊は本土後退を命じられる。
空母を失い、南方拠点を失い、日本本土の防空線が“最後の壁”となる。
烈風改はすでに限界。
次の空を託せる機体がなければ、未来も空もない。
技術陣は、敗戦を見越しながらも“希望の設計図”を描く──。
1944年7月、静岡・清水航空試験場跡地(臨時施設)。
山下技術中佐は、図面を見つめていた。
そこに描かれていたのは、烈風ではない。
もっと長く、重く、しかし鋭い──試作迎撃機「神風一型(案)」の初期構造設計だった。
「空冷Ha-43を限界まで軽量化し、与圧型密閉風防、高高度対応翼面比……これで1万2千を飛ばせる」
隣で、整備長が苦笑する。
「本土に空はねぇってのに、新型機とはな……だが、やるしかねぇ」
烈風は、すでに“撃墜はできるが帰ってこない機体”になりつつあった。
「“届いて、帰ってくる”──その一点に賭けてる」
***
一方、烈風隊も再編成を受けていた。
「中部以北の臨時基地に分散配置。帝都防空が最優先」
志波中尉は、機体を見上げながら言った。
「本土に戻ったら、戦い方も変わる。空母もなく、基地も足りない。相手はP-51とB-29の混合編隊……」
整備兵が頷く。
「じゃあ、こっちも変える。空に届く整備を、地上でやるんだ」
***
8月、神風一型・第一次設計会議。
「炭素系合金を使用。エンジン出力2,200馬力を狙い、高高度対応冷却システムを導入」
「計器類は夜間飛行・低視界対応を前提。視野と照準器の統合設計も」
設計陣には、かつての烈風関係者に加え、川西・中島の技師たちもいた。
「烈風を超える、というより、空の“次”を狙う」
その言葉は、単なる夢ではなかった。
「もう負けが見えていても……それでも、飛ばす価値があると信じてるんだ」
***
1944年9月。関東上空に初めてのB-29大編隊が来襲。
「三沢方面、敵大型機35機。成層圏高度、迎撃は現有戦闘機では不可」
烈風隊は迎撃を断念。
悔しさだけが残った。
「もう、追いつけないのか」
志波のその言葉に、整備長は応じた。
「神風が間に合えば、届く。あの空に」
「ならば……それまで、俺たちが時間を稼ぐ」
***
同年10月。防空省・特設研究班より、ある通達が届く。
「神風一型、木更津にて試作1号機製造開始。初飛行は年内を予定」
「試作名称:“K-1試験機”」
「烈風隊より、志波中尉をテストパイロットに任命」
新たな空は、まだ“点”にすぎない。
だがその点は、戦火の中で確かに光を放っていた。
この国に、まだ空がある限り──
烈風の設計図は、未来のために生まれ変わる。




