第十二章
──空の“限界”に届くか。
B-29スーパーフォートレスがマリアナ諸島へ姿を現し、烈風隊は最大の敵と対峙する。
高度1万メートル、従来の戦闘機では届かない場所。
烈風隊はエンジンと整備を極限まで追い込み、“高度の壁”に挑む。
サイパン、テニアンの防空戦線は崩壊寸前──
だが、空はまだ諦めていなかった。
1943年8月、サイパン島北部・臨時格納庫。
Ha-43改二乙型が静かに咆哮する。
「排気温度、ギリギリ……オーバーヒート警告点に接触」
技術士官の報告に、整備長がうなる。
「あと100メートルでも高く飛べば、B-29に届く。限界出力を、3分保てれば──」
山下技術中佐は一言だけ呟いた。
「限界を超えて、烈風は“神風”になる」
***
その夜、烈風隊の簡易ブリーフィング室。
「迎撃作戦名、“風壁”作戦。烈風隊は二個小隊、同時離陸」
「一点突破か?」
「いや、B-29の編隊の上に出る。超過出力で登り、真上から急降下する“雷撃機動”だ」
全員が一瞬黙る。
高度1万メートル、冷却限界、酸素薄化。
その環境で、敵の上から撃つ──
つまり“墜落か勝利”の賭けだ。
「やるしかねえ。……俺たちが、やらなきゃ誰がやる」
***
8月15日早朝。
サイパン基地を発進した烈風6機が、超過出力で上昇を開始する。
「高度9,200……まだだ」
「エンジン、唸ってるぞ! 3分もたねぇ!」
「回せ! ここで上がらなきゃ──空が終わる!」
烈風改二型、Ha-43改乙。
空冷複列18気筒が、爆発寸前の熱を吐きながら雲を突き抜ける。
「高度1万100、1万200──見えたっ……B-29!」
銀の機体が浮かぶ。
視界に収まった瞬間、志波中尉は叫んだ。
「烈風三、急降下に移る! 主翼ロック、外れ! 突っ込むぞ!」
空が割れた。
***
烈風の突撃は、まさに「風の刃」だった。
上空からの一撃で、B-29の中央部に火花が走る。
「命中──! 尾翼吹き飛んだ! 落ちるぞ!」
続く二機も連続攻撃。敵編隊が乱れ、退避を始める。
「──風壁、成功ッ!」
だが代償は大きかった。
「こちら烈風五……過熱で失速。脱出する」
「エンジン焼き付き、推力失……!」
燃料限界、冷却不能、機体破損。
帰投できたのは、わずか3機だった。
***
基地へ帰還した志波中尉は、ぼろぼろの機体から降りると、そのまま整備士に頭を下げた。
「ありがとう。お前たちが整備してくれたから、あそこまで行けた」
整備班は笑いながら応じた。
「限界まで飛ばすのは、俺たちの役目だ。だが、帰ってくるのは……あんたたち次第なんだよ」
その夜、烈風隊の格納庫には誰もいなかった。
全員、寝ずの整備に入っていたからだ。
***
だが、空全体の流れは変わりつつあった。
連合軍は、B-29を大量投入し始めた。
「一回落とせても、十回落とせなきゃ意味がない」
「この速度、この高度、この数……日本の空に、“空母以上の爆撃”が落ちるぞ」
そして、ついに──
「サイパン、陥落準備に入れとの上層命令」
「……空の最前線が、失われる」
烈風はまだ飛べる。
だが、飛ばす空が──消えかけていた。




