第十一章
──島を取られれば、空が奪われる。
1943年夏。連合軍はマリアナ諸島を目指し、本格的な反攻作戦を開始した。
サイパン、テニアン、グアム──それらは単なる島ではなく、空を支配する足場だった。
烈風隊は防空任務に就き、烈風改二型がついに部隊配備される。
だがその先には、空を変える存在──B-29スーパーフォートレスの影が待っていた。
1943年6月、サイパン島・北部臨時飛行場。
コンクリートの滑走路を踏みしめ、烈風改二型が整備士の手によって整えられていた。
「排気系再設計で冷却効率15%向上。空戦時の出力持続時間、3分延長」
「Ha-43改二、安定してきたな……。このまま本格投入が見込める」
山下衛技術中佐がうなずく。
「この島を守れなければ、日本本土の空はない。つまり、ここが“最後の予行演習”だ」
烈風隊に与えられた任務は、昼夜連続での制空・直掩・迎撃。
橙の垂直尾翼が、夕焼けの滑走路に映えていた。
***
初の大規模交戦は6月18日。
サイパン上空、高度9,000メートル。
「敵機、編隊接近中。……F6F、12機。援護にP-51が混じっている」
「烈風隊、全機発進! 敵主力の接近を阻止せよ!」
激しい空戦が幕を開けた。
「被弾一、撃墜一! 橙三、脱出します!」
「橙一より、烈風改二の加速良好。追いつける、撃てるぞ!」
高速化された烈風は、初めてP-51と正面からの空戦で互角以上の性能を発揮し始めていた。
「P-51、2機撃墜確認! こちら損失なし!」
戦況は五分。烈風の整備と改修が、ようやく「速度の壁」を超えつつあった。
***
そして──数日後。
「敵爆撃機群、南西方向より接近。……この反応、既知の機種と一致せず」
レーダー要員が困惑する。
その頃、空の遥か向こう。
烈風哨戒中の志波中尉が、低い声で呟いた。
「……なんだ、この影は」
遥か上空、高度10,000メートル超。
巨大な銀の胴体。4発のエンジンが不気味なほど静かに回っている。
これまでのB-17やB-24とは、明らかに別物だった。
「B……29?」
“空飛ぶ要塞”──それは、烈風すら初見の存在だった。
***
「目視確認、敵機複数……5機編隊。大きい。上から行く!」
烈風3機が上昇。最大出力で一気に高度を合わせる。
だが──
「高度が……足りない!」
B-29は、烈風の限界上昇高度よりもなお高い位置を悠々と飛んでいた。
「まさか、あんな巨体がこんなに……!」
爆撃が始まる。
無音の中、爆弾がゆっくりと落下し、サイパン北部が火に包まれる。
誰も、止められなかった。
***
烈風隊は緊急会議を開いた。
「正直、烈風改二でもB-29に届かない」
「エンジン限界ではない。空力と機体構造が……“高空戦”に対応していない」
沈黙が流れる中、山下は言った。
「それでも、俺たちは諦めない。エンジンを絞るな、空を変える整備をするんだ」
***
サイパンの夜、整備兵たちは工具を握りしめた。
「空冷で高空を飛ばせる方法はないか?」
「カウルを絞って、高速時の空気流量を稼げないか?」
皆、黙々と働く。
「奴らに“空の絶対高度”を渡すな。俺たちが烈風を飛ばす限り、この空は誰にも渡さねえ」
信念が、空を支えていた。
***
一方、米軍グアム航空基地。
「烈風がP-51と互角に戦い始めている。奴らはエンジンと整備で追いついてきている」
「だが、B-29を落とせる手段はまだない。制空権は、こちらに傾きつつある」
戦局の鍵が、“空の高み”に移ろうとしていた。
***
1943年、マリアナ上空。
烈風は燃えながら飛んだ。
空を突き破ろうとした。
届かない、だが届かせようとした。
空の支配とは、機体の性能ではない。意志だ。
烈風の意思が、次の戦いへと繋がっていく──。




