06/n ZOOM会議は不慣れですっ!
(⋯この画面だけでご飯3杯いける⋯)
ごくりと生唾を飲み込む希の様子を見た築地が、マイクがOFFになっているZOOM画面を確認して、心配そうに希を覗き込んできた。
「大丈夫? 緊張してる?」
「き、緊張もしてますけど、このアイコンの並びが⋯豪華すぎて⋯眩しいです⋯」
番組顔合わせの集合時間5分前、続々と出演予定のVtuberがZOOMにログインして待機している。
「陽向うさぎさん、セイ・リンさん、星衣流さん、クレア・ディーンズさん、鈴木もこさん⋯」
アイコンを順番に指す、希のその指は震えだしそうであった。
「小鳥梨世さんに、youtube登録者100万人超えの天草四条シャロンさん⋯! この番組豪華すぎます!!!」
ここに”ノゾミ”として参加すると思うと、あまりに自分が場違いすぎる、そう感じてしまうのも仕方ない。日本中、いや世界の人々から注目されているVtuberたちと、まだ誰にも知られていないノゾミという存在。事前に企画書を何度も読んでいる希は、誰が今日の顔合わせにやってくるかは把握していた。それでも、ZOOMの部屋という同じ空間に一緒にいることが信じられないようなVtuberたちだ。
「うんうん、そうだよね。僕も今回は今まで以上に盛り上がるロズルズになると思ってるよ」
穏やかな笑顔で話す築地には、希が感じる畏怖の気持ちはいまいち伝わっていないようだ。
ピコン。
ミィーティング予定時刻ちょうど、新しい入室者のアイコンが表示された。
ミナト・アンブレイク。
白に近いグレーのヘアスタイルには紫のメッシュが入っている。鋭い目つきとも言えるシャープな視線と目が合うとまるで心を見透かされているような気持ちになり、そわそわしてしまう。服のバリエーションは様々だがアイコンは家着風のスタイルだ。白のゆったりとしたセーターから少し鎖骨が見えているアイコンは、希の推し、その人だった。
「おつかれさまです。 あ、もしかして僕以外もう全員揃ってました? お待たせしてたらすみません」
シャープな見た目とは逆に、落ち着いた優しい口調で話すミナト。
陽向うさぎが、マイクをONにして返答した。
「おはよーミナト。ちょっと声、寝起きすぎない?」
「えぇ? よく分かったね? 昨日のエペ配信、気づいたら明け方だったんだよね」
「今日も配信予定出してたのに、その声じゃファンが心配しちゃうわよ」
「陽向ぐらいじゃない? 声の差に気づくの。僕、喉強いし」
陽向はカラーアルクの中でも初期から活動しているVtuberで、ミナトより先輩になる。
コラボ配信や公式番組での共演が多い二人は、会話の距離感も近い。
小鳥梨世が、名前の通り小鳥のような可愛いらしい声でそこに交じる。
「んー⋯、叶人さんがまだ来てらっしゃらない⋯ですわ」
「叶人と一緒に企画やるの久しぶりなんだよね。すごく楽しみだな」
本当に楽しみにしているのだろう、ZOOM画面の中のアイコンは静止画だが、まるでミナトのアイコンが弾んでいるように見える。それともミナトの声を聞いて、希の心が弾んでいるからそう見えるのだろうか。
ノゾミを含め番組に参加する15名のVtuber、プリンス役のミナト。
そのアイコン郡の中に混じって、【運営】という文字だけの簡素な画面がある。
そこからは制作スタッフらしき人の声が聞こえてきた。
「えー、開始時間ではあるんですが、叶人さん遅れそうとの連絡いただいておりまして・・・叶人さんは、本企画慣れてらっしゃると思うので、先に今回から参加される皆様向けに、番組概要説明をスタッフから始めさせていただこうかなと思います。事前に配った資料をこちらの画面でも共有して説明いたします」
ローズorルーズではプリンス役となった男性Vtuberへ、15名の参加者がアピール合戦を繰り広げる。
番組では毎回、アピールが良かったと思う参加者へ、プリンスからローズが渡される。ただし用意されるローズの数は、参加者人数より少ない。ローズをもらえなかった参加者はルーズとなり、脱落。次回の番組出演はない。
ローズorルーズが繰り返され、最終回では、ただ1人がローズをもらう。ファイナルローズをもらった参加者は、ローズプリンセスとなり、2人はカップルということになる。
カップルと言っても、本当に付き合うわけでも恋人になるわけでもない。あくまで番組上の演出だ。
ただ、この「名目上の恋人」の座を巡る争いが面白いと、大好評なのだ。
恋人としての相性を見るため、という設定で行われる番組内の恋人風デートや恋人シチュエーションでのやりとりは、一歩間違えば炎上しかけるようなこともあった。だが、それさえも宣伝と割り切って放送した第1回が大成功。今までVtuberのファンではなかった層がどんどんカラーアルクのVtuberファンになり、他のVtuber事務所の成長と大きく差をつけてカラーアルク社はVtuber業界最大手になったのだ。
「・・・といういことで、番組の説明です、ご質問などある方いらっしゃるでしょうか?」
スタッフの声で、希が見ていた資料から目を離したその時
ーピコン。
入室者を知らせる音が鳴った。
叶人
という名前が表示された直後、ZOOMのチャットボックスにメッセージが表示された。
[遅れてすみません!]
「あ、叶人さん、ちょうど良かったです。番組の説明が終わったところで。自己紹介を始めようかと思ってまして⋯いつも通り、叶人さんからお願いしても良いですか?」
スタッフからそう言われて叶人がマイクをONにした。
「はい。前案件押してしまって⋯遅れてすみません。叶人です。えっと番組ではローズナイトを務めます。ナイトってカッコよく呼ばれてるけど、薔薇持ってきて、プリンスに渡すだけのただ使用人でーす」
ローズナイトはプリンスをサポートするような役割なので、第1回から今回の4回目まで、叶人は唯一、毎回出演しているメンバーになる。
叶人がおどけたように自己紹介したので、他のメンバーが絵文字の薔薇のマークや拍手のリアクションを送っていた。その様子を見た希もみんなのマネをしなくては、と思いあわてて絵文字を送る⋯
⋯が慌てすぎて何故か涙マークを送っていたことに気づき、慌てて拍手を送り直す⋯
⋯つもりが爆笑マークを押してしまう。
一人だけ空気が読めないスタンプを送ってしまった希は「あうああああわ」と変な声を出していた。
ミーティングルームで同席している築地は、自分のノートパソコンを持ち込み、希のそばで仕事をしていたが、希のおかしな声に怪訝そうな顔を向けた。
「あのっあわちがうんですスタンプがそのこれじゃなくてふっふつの」
希が築地の方をみて助けを乞うように出した文章にならないヘルプ。
「⋯どうしたの? ノゾミ⋯ちゃん?」
パソコンから聞こえてきたのは ミナトの声だった。
「ええ"え"え"えっえっげんちょう?!」
予想外の声が聞こえて、さらに変な声を出してしまう。
「あーマイク、ONになってるよーノゾミさん?」
叶人のその声を聞いて思わず自分の口を抑えて固まる希。
マイクをOFFにすれば良いのだが、使い慣れてないPCな上に、ZOOMをつかった会議に出るのも数回目。
どれを押したらいいのか分からず、いやむしろ何か押したらまた変なことをしてしまうかもしれないと戸惑い、視線だけずらして築地を見る。「助けて」という心の声が伝わると信じて。
その様子を見た築地は、いつも通り優しく微笑んで、親指でGOODを作り、すぐに自分のパソコンで作業に戻った。
(え、え!? なんかあったら助けてくれるんじゃなかったの?!)
(こんな有名人たちに失礼なことしてしまった⋯と、とにかく謝らないと⋯!)
「し、新人Vtuberノゾミです! こ、この番組でデビューするであります! ZOOMもまだよく分からなくてへ、変なスタンプを押してしまってすみません! せ、先輩を愚弄するような気持ちは決してないです! ほほんとうにスミマセン!」
スミマセンの言葉と一緒に勢いよく頭を下げたら ゴチっ という音をマイクが拾った。ノートパソコンに全力でおでこをぶつけた鈍い音だ。
叶人が心配そうに話しかけてきた。
「えっ⋯大丈夫?! なんか、今⋯ぶつけた音したけど⋯」
「やば⋯高いパソコンなのに⋯」
「え、そっち?」
「もし壊れたら、私のお給料じゃ買えないのでローン組みます⋯」
希は叶人に返答したわけではなく、どちらかというと築地に話していた。
だがZOOMの向こうではそれはわからない。
叶人が笑いながら希に話す。
「ぷっ⋯はっはは⋯えっと確か資料にあった新人のノゾミちゃんだよね、いい自己紹介だったね。他に言いたいことはある?」
「ま、マイクをOFFにしたいです⋯」
「じゃ、ノゾミちゃんの自己紹介は完了ってことでいいよね?」
叶人は笑いを堪えるように話しながらスタッフに話しかけた。
「あ、はい、じゃぁ参加者の皆さん、順番に自己紹介お願いします」
スタッフが自己紹介を促す中、希は「やらかした」という絶望とともにパソコンの前に座っていた。
築地が「マイクをOFFにしたい」と言った希の要望に答えるように、手を伸ばして、希のパソコンを操作し、ZOOMのマイクをOFFにする。パソコンに表示されていたマイクマークに斜線が入り、マイクがOFFになっていることが分かる。
(今じゃない! いや今もだけど! OFFにしてほしいけど!)と恨めしそうに築地を見た希。
築地はまた、親指をGOODにして、人を安心させるような穏やかな顔で微笑んだ。
希はもう、その笑顔にはちっとも安心できない!と泣きそうな気持ちになった。