04/n ローズもルーズもいりませんっ!
「はぁ⋯なんでこんなことになっちゃたんだろう⋯」
家に帰って、ベッドにダイブ。
思わず声に出た言葉。
希は、ミーティングルームで話した社長との会話を思い出していた。
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「『ローズorルーズ』って番組知ってる?」
「ももちろんです! 『#ロズルズ』は大人気番組ですから」
「なら話が早い! そこにVtuberとして出演してもらおうと思ってるわけ」
承知しました!の一言で受けられる内容ではない、例え相手が社長でも。
「あの、お言葉を返すようで恐縮なんですが、自分はただの会社員としてこの会社に就職ので、急にそのようなことを言われましても⋯」
鳥居社長は、考えるように指を軽く机の上で叩く。トン、トン、トン。
「うーん、まぁいいか。全部話しちゃってもいいか。
一部の人しか知らない超マル秘事項だから、そこに新人社員を巻き込むってのはどうかなぁと思ったけどー、ま、納得して業務にあたってもらうには、きちんと話すしかないかぁ」
希の中で、嫌な予感がする。
聞かないほうが良かった! となるヤバい話なのではないか?
聞かないままで、Vtuberにもならず、普通の会社員の明日を迎えることは出来ないのか⋯
頭の中で思考が高速回転する。
「お披露目予定の新人Vと、エイブラハムくんが駆け落ちしちゃってさぁ」
駆 け 落 ち ⋯?
Vtuber界隈でそんな話あっただろうか?
いや、ありえない話だから、マル秘なのか?
というか、マル秘事項をあっさり聞いてしまったということ?!
Vtuber界隈が一気に燃えそうな話は1000%気になるとこだが、
今はまず自分の保身! 自分の身を守らないと!
Vtuberになりたいわけじゃない! Vtuberを支えるために会社に入ったのだ!
希は自分の気を確かにするべく深呼吸して、社長に質問した。
「あの、全然話が見えないのですが⋯
それと私がVtuberとしてロズルズに出ることって関係あるのでしょうか⋯」
「あるある! 大あり!
今回は、エイブラハムがロズルズのプリンス役だったわけ!
プリンス役の彼を巡って15人の女性Vtuberがバトルを繰り広げる番組制作がバリバリ進行中!
さらに盛り上げ要素として、その15人の中に1人女性新人Vtuberがいてロズルズがデビューになるっていう予定!
…だったのに、気づいたら二人で⋯駆け⋯落ち⋯」
頭を抱えて机に突っ伏した鳥居社長は、社長という仮面を脱いだ様子で、フランクな口調にフランクな姿勢、なんならちょっと甘えん坊な弟のように上目遣いで希を見つめてくる。
「創業して初めてだよ⋯こんなこと…恋愛ご法度なわけじゃないけどさ。
エイブラハムはプリンス役楽しみにしてたはずなのに、駆け落ち宣言して連絡取れなくなっちゃうし、新人の子もデビュー直前でいなくなるなんて今までなかったし⋯もうどうしていいか⋯」
2週間ほど前、「ローズorローズ第4弾 配信決定」の告知が流れ、SNSはプリンス役が誰になるのかで良くも悪くも大騒ぎになっていたことを希は思い出す。
プリンス役になれば露出が増え、グッズ販売やイベントも決まる。注目番組だけに新規のファンも増える。
ただ、番組中では恋人設定で会話をしたり、デート風配信もある。ファン層によってはそれが荒れてしまう火種になることもある。
第4弾の告知には「まさかのアレをココで?!」という煽り文もあった気がする。
それが、ロズルズでデビューする新人がいる、という隠しネタだったのだろうか。
希はその頃、カラーアルクの面接が進行中で、新情報を細かいところまでは追いきれていなかった。
「あの、困った事態なのはわかったんですが⋯」
自分がVtuberになることと結びつかない。
そう伝えようとした時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
_______コンコンコン
「入りますね。」
一応ノックはしたけど、入ることは決めていた、というように扉が開いた。
今日という1日の中で、希にとって一番聞き慣れた築地の声だ。
築地は机の上で溶けた鳥居社長をみて
「こうなってないか心配で来たんです。」
と呆れたように言った。
「橋本さん、話はどこまで聞けました?」
「つ、築地さん!」
社長と希、二人だけの部屋の中では、1人の持つ意味は1ではなく、実質、多勢に無勢であった。もちろん希が無勢の弱勢力。
そこへ話の通じそうな真っ当な社会人代表、築地が来てくれた。希は藁にも縋る思いで、助けてくれと訴えた。
「よ、よくわからないんです、Vtuberになれとか、ロズルズ出ろとか、あのっ、わ、私って普通に就職しましたよね? 一般職ですよね? 働くのってVtuberをサポートする部署でVtuberになるんじゃないですよね?」
築地は早口で一気に話す希を見て、優しく微笑んだ。
もしも、ここが会社でなければ、頭をポンポンしてくれそうな優しいお兄ちゃんの微笑みだ。
大企業の社長さんってちょっと変わった人が多いと聞く。そう、鳥居社長もちょっと変わってるのかもしれない。築地さんみたいなしっかりした人が一言「何をおかしなことを言ってるんですか、社長」そう言って諭してくれる。一気に話した言葉と一緒に、安堵の息がこぼれる。
「そうか。よかった、一応説明はされたみたいだね」
「え?」
築地が鳥居社長の座る席へ歩み寄ると、鳥居社長は
「駆け落ちのことも話しちゃった。」
テヘペロと音が聞こえてきそうなトーンで話す。
築地は、一瞬だけ顔を歪めたがすぐに柔和ないつもの表情に戻ると
「まぁ仕方ないですよね。それよりもう少し社長っぽく座れませんか、”リーチ“」
希は、自分側の席ではなく、鳥居社長の隣に立つ築地に唖然としていた。
(え? 築地さん、そっち側?)
「明日から、”仕事”お任せすることになるから、よろしくね。
仕事はゆっくり覚えていけばいいからね。」
朝聞いた時は安心したはずの「仕事はゆっくり覚えていけばいい」という言葉が、希を絶望させる。
(え? この話って決定事項なの?! 相談とかじゃなくて?!)
にっこり微笑む築地の笑顔に安心できないと思ったのは初めてだった。
椅子に座り直した鳥居社長が、両手にピースしそうな笑顔で追い打ちをかける。
「じゃ、よろしくね、新入社員の橋本希さん!」
多勢に無勢どころではなかった。
勝敗はすでに決まっていたのだ。
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(せっかく正社員になれたんだから、2日目から行かないなんてあり得ないし、でも仕事内容が想定外過ぎるし、交渉の余地なしだし、いやでも明日築地さんにもう一度相談すれば風向きが変わるかもしれないし…それにしても鳥居社長と築地さんって距離近すぎじゃない? 社長って普通そんな気軽に話せないよね? 今日はビックリしちゃったけど明日は自分の意見をきちんと…)
ベッドの上でため息をついた希は、出勤初日の夜を悶々として過ごすことになった。