03/n その仕事は聞いてません!
少し早めにミーティングルームCへ着いた希は、
10席ほど用意された部屋の中、
ポツンと椅子に座っていた。
(そういえば、このミーティング、誰と顔合わせなんだろう?)
築地が案内してくれたおかげで同じ部署で働く人たちとは一通り挨拶を済ませていた。
(わざわざ部屋を取ってるくらいだから、もしかして重役と顔合わせ?)
誰が来るにせよ、今この会社で自分が一番新人、下っ端であることは間違いない。
ドアに近い末席でソワソワしながら待っていると―――――
ガチャ。
扉が開く音。
振り返って立ち上がる希。
そこに居たのは
「しゃ、社長!?」
思わず出てしまった心の声に自分自身びっくりしながら謝る。
「す、すいません! 社長がいらっしゃるとは知らず!
あ、この部屋、私が間違えてますよね! 今出ます!」
「橋本希さん、だよね?」
「は、はい! 今日から入社しました!
18時からミーティングだと聞いたのですが、部屋を間違えたみたいです!」
会社のHPで見たことがある、少し彫りの深い顔、短髪に刈り上げた黒髪、日に焼けた肌。
いわゆるオタク産業に分類されるVtuber業界で、IT系の若手社長のような雰囲気をまとったイケメン社長は、掲示板で話題になることも少なくなかった。
部屋に入ってきたのは間違いなくその話題の人物、
従業員数1000人この会社の頂点、
鳥居理一郎社長だ。
「君が橋本希さんなら、部屋はココで間違ってないよ。まぁ座って座って」
(初日に顔合わせで社長と会うこと⋯ある!?
数十人規模の会社ならまだしも1000人規模の会社で?!)
「し、失礼します⋯」
立ち上がったその席に希は体を小さくして、再び座る。
「橋本さんは、Vtuber事業部配属だったね。改めてだけど、仕事内容はきちんと理解できてる?」
鳥居社長は、希の向かいの席に座り、両手を机の上で組んでいる。
少し前のめりになった姿勢で目を合わせられると、
その整った顔と黒く力強い瞳に
思わず喋ることを忘れてしまいそうになる。
「は、はい!
Vtuber事業部は、Vtuberタレントさんの配信サポートをしたり、スケジュールを調整したり、Vtuberさんの番組制作をお手伝いする Vtuberのみなさんを支える部署です!」
「うん、よかった。しっかり理解しているね。
面接で『一生会社に尽くします! 何でもします!』って言ってくれたんだってね。築地から、印象に残った面接だったと聞いてるよ」
「あ、はい⋯」
(こんな恥ずかしいエピソードが社長にまで伝わってるってどういうこと?!
穴があったら入りたい⋯)
希がバツが悪そうに小さな声で答えると、それを自信のなさと捉えたのか、社長は首を傾げてこう聞いてきた。
「⋯嘘なの?」
「ま、まさか! 嘘なんて言いません!
私、ずっとVtuberのいろんな方の配信見て元気もらってきました!
大学受験も、就活うまくいってない時も、楽しそうな推しの配信を見たり、がんばってお小遣いためてグッズ買うんだって、そういうことが人生の支えだったんです!
だから、今度は私も支える側になりたいって、大好きなことを仕事にしたいって。
カラーアルクに入社したからには、本当に! 一生! 尽くします!」
話しながら熱が入り、気づけば立ち上がっていた希を見て、
鳥居社長はあっけにとられたような顔をした。
その一瞬後⋯
「ぷっ、はははっ、まじで、こんなストレート投げられるとね、ははっ。
そりゃ築地がプッシュしてくるわけだわ。
”おもしれー女”ってこういう時に使うセリフだよな~って社長の立場でいったらコンプラか~」
腹を抱えて笑う社長を前に、
(社長の前で急に熱弁奮って立ち上がって⋯これじゃぁ社会人失格⋯)と
希は反省を通り越して顔面蒼白だった。
(失礼な態度取ったから初日にクビ!なんてない⋯よね⋯?)
大学を卒業して2年経つとはいえ、社会人としては1日目。
何が正解かもわからない希は、この場をどうすれば良いのか全くわからなかった。
「あの、その、すみません⋯」
熱意を引っ込めながら席に座りなおす。
「えーなんで謝るの?
うちの会社に誠心誠意尽くしてくれるって言ってくれてるんだから、
社長の俺をしては大喜び一択でしょ」
そう言って、椅子に背中を預け、手を頭の上で組んだ鳥居社長。
入室した最初の雰囲気より、態度や口調が砕けているような気がする。
にっこりというよりは「にやり」と笑ったように見えたのは希の錯覚だろうか。
「今日はまだ、実務は言い渡されてないよね?」
「はい、今日はパソコン設定やアカウント登録で⋯特に仕事らしい仕事はまだ⋯」
「オーケー、じゃぁ、橋本希さん。君に最初の仕事をお願いするよ」
急に仕事の話になり、希は背を正す。
「Vtuberになってデビューしてほしいんだよね!」
・・・・・・・・・・え?