第6話 楽器をつくる。
「BGM作るの、楽しかったなあ……」と彩夏が笑顔でつぶやいたのは、ゲーム完成から数日後だった。完成データは澪がUSBにまとめて、全員に配ってくれていた。
『記念に』と短く言っただけだったが、澪なりの達成感と気遣いが伝わってきて、俺はなんだか嬉しくなった。
今日は彩夏の家、彼女の部屋に全員が集まっている。壁にはポスター、棚にはぬいぐるみや色とりどりの小物が並び、部屋の隅にはギターケースが立てかけられていた。「これ可愛いね!」と美咲が棚の上の小物を手に取ると、彩夏は「でしょー!それお気に入りなんだ〜!」と笑顔で胸を張った。澪は部屋の隅でギターケースをじっと観察し、俺はというと、妹の美咲と一緒とはいえ、同級生の女の子の部屋にこうして足を運んでいることに、なんとなく恥ずかしさと妙な違和感を覚えていた。(普通、男子がこんなにポンポン女子の部屋に入っていいのか……?)と、内心そわそわしてしまう。
「ねぇ、次は本格的に曲を作ってみない?」
彩夏の提案に、全員が顔を見合わせた。澪が「……面白そう」と静かに頷き、美咲は「わぁ、やってみたい!」と目を輝かせる。
「じゃあ、まず担当を決めよっか!」と彩夏が張り切ってノートを取り出す。
「まて、そこのギターはいいとして、他の楽器はどこにあるんだ?」と俺が疑問を口にすると、彩夏は「ベースは家にあるよ!」と即答し、「ドラムは……作ろう!」と満面の笑みで言い出した。俺は思わず「ドラム作るってマジか……」と絶句する。
「まあまあ、それは後で考えるとして、まずは担当!」
「ボーカルは……澪がいいな!」と彩夏が笑顔で指名する。
「……え? 私はベースがいい。響きがかっこいい」澪は戸惑い気味に手を挙げる。
「でも澪の声、絶対ボーカル向きだって! ね?お願い!」と彩夏がじりじり迫る。
俺は手を挙げて「というかさ、人前で演奏とかするのか?」と確認すると、彩夏は「うーん、する予定はないかな。練習は家とかでやって、最後にスタジオ借りて録音するだけにしよう!」と即答。
「……人前で発表しない?」と澪が念を押すように聞き、「うん、絶対!」と彩夏が笑顔で保証する。
「……わかった。ボーカル、やる」
こうして、まずボーカルが澪に決まった。
「じゃあ、私はギター! 前に少し習ったことあるし!」と彩夏が手を挙げる。
「じゃ、じゃあ……私はベースかな。なんかできそうな気がする!」と美咲が言うと、みんなが「おお〜」と笑い合った。
こうして、まず担当が決まった。残ったのはドラム。
俺は苦笑しつつ「……で、ドラムって、どうやって作るんだ?」とつぶやき、
全員が一斉に俺を見た。
翌日、集まった俺たちはホームセンターで段ボールや空き缶、ゴムバンド、洗面器、鍋のフタなどを調達してきた。「この空き缶、ハイハット代わりになるかな?」「鍋のフタ、意外とシンバルっぽい音する!」と彩夏がはしゃぎ、美咲は「わぁ、手作り感すごい……!」と笑顔。
スティックはDIYショップで丸棒を買い、俺が削って用意した。作業は予想以上に盛り上がった。「お兄、もっとしっかり固定して!」「わかってるって!」と俺と美咲が組み立てに悪戦苦闘し、澪は音のバランスを確認し、彩夏は完成イメージを熱く語る。「いいじゃん、これ絶対面白くなるよ!」と、みんなの期待は高まった。
……だが、いざ基礎練習用動画を見ながら叩いてみると、現実は甘くなかった。
「……音、小さくない?」と美咲。
「叩くと揺れるし、なんか、すぐ壊れそうだな……」と俺。
「やっぱり段ボールは無理があるかも……」と澪がぼそっとつぶやく。
全員、なんとなく『これ、無理じゃ?』という空気を共有した。
「でも、完成したんだし、記念に撮ろ!」と美咲がスマホを取り出し、笑顔でパシャリと一枚撮影する。「よし、これはこれで記録用ね!」と小さく頷く美咲に、俺は「えぇ、これも撮るのかよ……」と苦笑した。
「代わりになるもの探そ!」と彩夏がスマホを取り出し、急いで検索を始める。いくつか案が出た中で、目に止まったのは『カホン』という打楽器だった。
「これ、箱状で座って叩けるやつだって! DIY動画もいっぱいある!」と彩夏が興奮気味に紹介する。
俺は画面を覗き込み、「……これなら作れそうだな。それに、なんか面白そうだし!」とニヤリと笑った。
「じゃあ、家のガレージで作ってくるよ!」と宣言すると、みんなは「おお〜!」と拍手してくれた。
翌日、俺は動画を見ながら作業の流れを頭に叩き込む。カホンは南米発祥の木の箱で、座って叩くだけのシンプルな楽器。叩く位置によって低音や高音が変わり、ドラムセットの代わりにもなる。中にはスナッピー(金属線)を仕込むことで、スネアドラムのようなシャカシャカ音を出せる構造だ。
よし、やるか――そう気合を入れ、俺は家のガレージにこもった。
その後のニ日間、動画とにらめっこしながら、合板をカットし、角をやすり、空気穴を開け、中にスナッピーを仕込んで音を調整した。「うわ、まっすぐ切れてない……」「釘、曲がったし!」と何度もため息をつき、木材を買い直す羽目になったり、塗装のムラを直したりと試行錯誤の連続。それでも、少しずつ形が整っていくのを見て、「……よし、あともう少しだ」と気持ちが引き締まった。日が落ち、ガレージの明かりがともる頃、ついに完成。できあがったカホンを前に、思わず「よしっ……!」とガッツポーズを取った。
完成後、さっそくガレージで練習用動画を見ながら叩いてみることにした。最初の一打で「おおっ、思ったより響く!」と少し驚き、何度か叩くうちに「……あれ、意外と手が痛いな」と焦り出した。リズムに合わせようとしてもうまく指が動かず、「くそっ、簡単そうに見えたのに!」と独りごちる。それでも少しずつ慣れてくると楽しくなってきた……そんなとき、ふとある重大なことに気づいた。
「……そういえば、曲とか歌詞とか、何も決まってないよな……」
つくるぶのモットーは、なるべく自分たちで作ること。当然、曲も歌詞も自作だ。俺は頭を抱えつつ、「まあ……明日、みんなに相談するか」と心を決め、ひとまずカホンの基礎練習に励むことにした。