第4話 データをつくる。
次の活動日は、澪の家に集まることになった。ゲームを作るには、彼女の家が一番設備的に向いているという理由だ。ゲーミングPCや作業用モニターが揃っていて、まさに作業場として理想的だった。
俺は初めて訪れる澪の家に、少し緊張していた。インターホンを押すと、中から澪の母親が出てきて、「いらっしゃい。澪の友達ね、上がっていいわよ」と笑顔で迎えてくれる。……けど正直、心の中では少しビビってた。女子の家、しかも女子の部屋に入るなんて……大丈夫かな、親御さんに変に思われたりしないだろうか、と心の中でそっと気を揉む。だからこそ、きちんと「お邪魔します」と頭を下げたとき、母親がにこやかに笑ってくれるのを見て、なんとなく肩の力が抜けた気がした。
そんな中、横を見ると彩夏は「おじゃましまーす!」と軽い調子で入っていく。どうやら何度も来ているらしく、母親とも笑顔で軽く会話を交わしている。なるほど、常連だな……と内心感心しつつ、俺は一歩遅れて玄関をくぐった。
「ここ……すごいな」
俺は澪の部屋に足を踏み入れた瞬間、思わず声を漏らした。壁際に並ぶゲーミングPCとデュアルモニター、ピカピカ光るRGBキーボード。明らかに普通の高校生の部屋じゃない。けど、ゲームを作った経験はないらしい。持ち物とスキルは別、ってやつだ。
「じゃあ、まず何するの?」
彩夏がわくわくした様子で聞くと、澪が少しだけ考えて、「まずはUnityのインストールから。いろいろ調べたけど、これが一番作れる幅が広くて、無料でもちゃんと作れるって」と答えた。俺と彩夏、美咲が顔を見合わせる。事前に軽く調べてきたとはいえ、いざ始めるとなるとやっぱり緊張感が走る。
「他にもツールはあったけど、RPG用とかノベル用ばっかりだったし、横スクロールのアクションを作るなら、Unityが一番現実的なんだって」 澪がそう付け加えると、俺は内心「本気だな……」とちょっと感心してしまった。
公式サイトにアクセスし、必要なバージョンを確認し、インストーラをダウンロード。ファイルサイズはなかなかの大物だ。途中、美咲が「ねえ、これ本当に大丈夫?」と心配し、彩夏が「楽しそうじゃん!」と笑い飛ばす。
やっとセットアップが終わり、澪がUnityを立ち上げる。画面を見た全員が「おおっ!」と声を上げたが、すぐに「英語ばっかり……」と彩夏が肩を落とした。澪は小さく頷いて、「日本語にもできるけど……たぶん英語のほうがいい」と呟いた。
「じゃあ作業分担を決めよう」
澪が立ち上がり、仕切り始める。「美咲、キャラと敵、それにアイテムのドット絵をお願い。16×16サイズくらい。これ、私のノートPC使って。わからなかったら、すぐ聞いて」
「う、うん、やってみる!」
美咲はドキドキしながら澪のノートPCを受け取ったものの、すぐに「えっと、これってどうやるの?」と困った顔をする。どんなキャラを描けばいいか悩み、「じゃあ、まずは主人公用のシンプルなキャラから。丸っこくてもいいし、顔がついてるだけでも大丈夫」と澪に助け舟を出してもらう。
「ここ、ツールバーで色を選んで、このペンツールで一マスずつ塗って。ズームはここで、やり直しはこのボタン」
澪が横に座り、マウスを操作しながら手取り足取り教える。美咲は「なるほど……やってみる!」と頷くが、操作はおぼつかず、「あれ、間違えた!」「それは戻るボタンで……」と何度も澪に助けられながら、ようやく最初の線を引いていく。
「彩夏はBGM。自分のノートPC持ってきてるよね?」
「持ってる!音楽ソフト入ってるから、なんとかなるはず!」
彩夏は自分のノートPCをさっと机に置き、ソフトを立ち上げ始める。
「ふふっ、こういうの面白そう!」
「拓真くんは……エフェクト音声を録ってもらえる?ジャンプ音とか攻撃音。スマホでいいから、録って後で渡して」
「俺が!? マジか……まあ、やるけど」
実はこのために、事前におもちゃの剣を持ってくるよう言われていた。とはいえ……同じ部屋で女子たちが真剣に作業している横で、「シュッ!」「バシッ!」なんて音を録るのは、正直、かなり恥ずかしい。
「……よし、行くぞ……シュッ!……バシッ!」
俺が思い切って声を出すと、ちらりと美咲がこっちを見て笑いをこらえ、
「ふふっ、頑張れお兄ちゃん!」と彩夏がからかうように言ってくる。
澪だけはモニターに集中しているが、耳がほんのり赤いのは、気のせいじゃないかもしれない。
そのとき、美咲がスマホを構えて、そっと俺の方へレンズを向けた。
「えっ、今撮った!?」と俺が振り向くと、「うふふ、撮影係だから!」と笑って逃げるように背を向ける美咲。
「やめろって、恥ずかしいだろ!」と俺が小声で言うと、彩夏が「撮られるうちが華だって!」と笑い声を上げた。
一方、澪はゲーミングPCの前で真剣に当たり判定のスクリプトと格闘している。
「……うまくいかない、もう少し変数を調整しないと」時折ぼそっとつぶやく声が聞こえてくる。
部屋の中は完全な作業場と化していた。それぞれが違う作業をしているのに、同じゴールに向かっている。その空気に、思わず胸が高鳴った。
まだまだ完成は遠い。でも、間違いなく何かが形になり始めている。実際、ドット絵を画面に読み込んで表示できた瞬間、全員が「おおっ!」と小さく盛り上がったり、録音したジャンプ音がゲーム内で鳴ったとき、思わずみんなで拍手してしまった。そんな小さな成功体験が、確かに前に進んでいる感覚をくれた。