第10話 対策をつくる。
6月の終わり、時期は期末試験前、澪がみんなに提案を持ちかけた。「試験前の3日間は、みんなで勉強会をしよう。……試験対策をつくる」
「えー!曲作りしたいのに!」と彩夏が早速文句を言い、美咲も「わかる……けど、私やばいかも……」と苦笑い。
「私だって本当は曲を続けたい。でも彩夏と美咲、このままだと危ない。3日で一気に山を張って片付ける。効率優先で行こう。」と澪は冷静に言い切った。
拓真は心の中で「さすが、妹の勉強してなさをよく理解していらっしゃる……うんうん」と妙に納得して頷いていた。
「くっ!試験対策をつくる……か。なら、仕方ない!」と肩を落としつつも、彩夏も納得したように頷いた。
場所は相澤家に決まった。理由は簡単だ。彩夏の家では曲作りに気を取られてしまうし、メンバー二人がいる相澤家なら、教科書やノートを取りに行くのも楽で、荷物も最小限で済むという合理的な理由だった。
一方、俺はというと、まあ平気な方だ。ほどほどに授業ノートを見返しているし、特に焦る状況ではない。でも、せっかくみんなでやるなら、付き合わないわけにもいかない。
勉強会初日、リビングのテーブルの上には教科書やノート、プリントが山積みになり、澪が「まずは各自の苦手科目を確認。彩夏は数学、美咲は英語、私は……大丈夫」ときっちり仕切る。「え、澪って苦手ないの?」と俺が聞けば、「ない」と即答され、思わず笑う。
「公式とかさっぱりなんだけど!」と頭を抱える彩夏に、「じゃあここはこの公式に当てはめて……」と澪が丁寧に説明し、美咲が「えっ、じゃあ英語のこの部分教えて……」と食いつく。俺は横でノートを読みつつ、時折「おい、質問多すぎだろ」とツッコミを入れ、場の空気は意外と明るい。
途中、コンビニのお菓子をつまみながら休憩を挟み、「やっぱ脳に糖分必要だよね!」と彩夏が笑えば、「休憩の方が長くない?」と俺が指摘し、全員で笑い合う。
二日目になると、自然とグループ感が出てきて、「ここわかる人ー!」「俺、社会は強いから聞け!」と教え合う声が飛び交う。美咲が「お兄、現代文の記述対策どうしてる?」と頼めば、「まず模範解答読め、型を覚えろ」と答え、彩夏が「もう無理だ~」と机に突っ伏すと、「まだ1日ある。最後まで頑張る」と澪が静かに背中を押した。
三日目の夜、みんなの集中力はピークに。問題集をめくる音、シャーペンを走らせる音、ため息と笑い声が入り混じる部屋。俺たちはこうして、普段のものづくりとはまったく違う『試験対策』を一緒に作り上げていったのだった。
そして試験本番。全員、別々の教室。しかも美咲はそもそも学年が違う。直接顔を合わせることはなかったが、それぞれ心の中で小さく「頑張れ」とエールを送った。
拓真は、自分でも少し驚いていた。もともと勉強には困っていなかったし、普段なら他人のことなんて気にしない。けれど、みんなで三日間かけて一緒に試験対策を頑張ったことで、不思議と「大丈夫だろう」「みんなならやれる」という前向きな気持ちが湧いてきていた。妹に心の中でエールを送っている自分が、少しだけくすぐったく、でも悪くない気分だった。鉛筆が走る音、ノートの端をめくる音。教室の空気は、普段よりずっと軽やかに感じられた。
四日間の試験が終わり、学校の外で集まった俺たちは大きなため息をつく。
「やっと終わったー!もう脳が溶けそう!」と彩夏が叫び、「私、英語はなんとか……!」と美咲が安堵の笑顔を見せる。「国語だけ少し……他は平気」と澪が淡々と答えると、「さすがだな」と俺は笑う。
「じゃあ、反省会?」と彩夏がふざけて言えば、「反省会じゃなくて、次は曲作りの再開だよ!」と美咲が明るく返す。
「おお、そうだな、いよいよ夏休みか……」と俺がぽつりと言うと、澪が「夏休みは、もっと作れる時間が増える」と静かに微笑む。
「うおーっ、燃えてきたー!」と彩夏が両手を上げ、全員が笑い合う。こうして、俺たち『つくるぶ』の夏休みが始まったのだった。