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第1話 壺をつくる。


 その日、放課後の美咲の家のガレージに三人が集まった。

 つくるぶの活動として、初めて挑戦するのは陶芸。

 きっかけは、美咲の家にろくろや陶芸用具がそろっていると話題になったことだった。美咲自身は今回が初参加で、陶芸の経験もないが、母親が趣味で集めた道具が一式そろっており、せっかくだからやってみようという流れになったのだ。


「澪、ほんとに大丈夫?」

「……調べた限り、初心者でもいける」

 スマホ片手に澪が頷き、彩夏がわくわく顔で手を叩く。


「よっしゃー!じゃあ、やってみよー!」

 テーブルの上には用意された陶芸用の粘土、ろくろ、作業用の水と布。


「うわぁ……思ったより、土って重たいんだね」

 美咲が手のひらで転がしながら感心する。


「動画で見たとおり、まずはこねて空気を抜く、だよね」

「空気が残ると、焼いたときに割れるらしい」

 澪が淡々と確認し、彩夏が「任せとけー!」と勢いよく土を叩き始める。


「ちょ、勢いよすぎじゃ……」

「いやいや、勢い大事でしょ!」


 笑いがはじけ、和やかに始まった初挑戦。だが――


「ぐにゃっ」

「……崩れた」

 ろくろに乗せた途端、土がぐしゃりと沈む。

「む、むずかしい……」

「動画だともっと簡単そうだったのに……」

 何度挑戦しても、土は思うように立たない。

「ねぇ……これ、もしかしてさ……」

「……詰んだ?」

 彩夏と澪の間に絶妙な沈黙が落ち、美咲が困ったように笑う。


「……やっぱ私たちだけじゃ無理だったかな。美咲ちゃんのお母さんにちょっと聞けばよかった?」

 彩夏がぼそっとつぶやく。


「うーん……でも、今日は出かけちゃってるんだよね」

 美咲が少し困ったように笑ったあと、ふと思い出したように顔を上げる。

「……あ、お兄なら教えられるかも」

 思わず漏れた美咲の言葉に、彩夏が「えっ?」と身を乗り出す。


「お兄さん、できるの?」

「え、あ……うん。たまに作ってるはずだから……たぶん」


「すごいじゃん!呼ぼうよ!」と勢いかけた彩夏だったが、

「……いや、やっぱり……」と一瞬口をつぐむ。

「つくるぶのルール。なるべく自分たちだけで頑張るって……」と迷う気配が漂う。


「……兄を部員にすれば問題ないんじゃない?」

 澪が静かに提案した。


「えっ?」

 彩夏が目を丸くし、美咲もはっとする。


 澪が静かに口を開く。

「知識のある人が増えるのは、悪くない。それに、男子だけど美咲の兄なら問題ないと思う。お兄さん、二年よね?……気になって探したことがある」


「えー、私見たことないかも!どんな感じ?」

「普通?美咲のお兄さんって感じだった」

 彩夏が笑い、「とりあえず呼んでみよう!」と勢いよく言った。


「……お兄、今、家いるかなぁ?」

 美咲がスマホを取り出し、素早く兄に連絡を入れる。


 ――その頃、拓真は自室で工具を整理していた。


「何だよ、美咲……今?家だけど」

「お願い!ちょっと来て!詳しい話はあと!」


 数分後、問答無用で手を引かれ、拓真は気づけば女子たちに囲まれていた。


「……な、なんだ、この状況」


「聞いたよ、美咲ちゃんのお兄ちゃん!」「美咲兄、助けてほしい」

 彩夏が満面の笑みで言い、澪は静かに頷く。拓真は初対面の女子たちにじっと見つめられ、少しだけたじろいだ。


「……わかった、少しだけな」


 エプロンを借り、ろくろの前に座ると、柔らかい土を軽く叩き、空気を抜きながら説明を始めた。


「まず空気を抜かないと、焼いたとき割れるからな。で、中心を出す。力任せじゃなく、両手で優しく支えて回すんだ」


 拓真は実演しながら、三人に順番に手ほどきをしていく。

 彩夏の手をそっと取って、指の置き方を直し、「ここは勢いじゃなくて、リズムで整えるんだ」と笑いながら教える。

 澪には回転の速度と指の圧力の関係を丁寧に説明し、「細かい作業が得意そうだし、たぶんこれもすぐ慣れると思う」と軽く添える。

 美咲には土の柔らかさを調整するコツを「指の感覚を頼りにね」と優しく伝える。

 少しずつ三人の手元にも小さな形が立ち上がり、それぞれの個性が出た作品が見え始める。


「おー!できてるじゃん!」「……面白い」「わぁ、立ってきた!」


 途中何度も笑い声があがり、土が崩れたり、回しすぎたり、泥まみれになるハプニングも続出。それでも夕方には、三人それぞれの歪な、けれど愛着のある作品が並んでいた。彩夏は高さのある元気な花瓶、澪はシンプルで実用的な湯呑、美咲は丸みのある可愛らしい小鉢を作り上げ、三人とも達成感に顔を輝かせていた。


「高さ勝負なら私の勝ち!」「実用性はこれ」「かわいい小鉢できた!」


 少し照れたように拓真は頭をかき、「焼きは、すぐそこの陶芸教室でやってもらうといい。うちは成形だけ家でやって、焼きは専門の場所にお願いしてるんだ。」とだけ告げた。


 三人は顔を見合わせると、そっとガレージの隅っこへ集まってゴニョゴニョ話し始めた。

「私さ、お兄さんつくるぶに入ってほしいなって思ってるんだけど、二人はどう思う?」と彩夏が声をひそめる。

「……私は賛成。力がいる物を作るときに戦力になるし、ツッコミ担当いけそう。美咲の兄である点も安心できる」

 澪が静かに答え、彩夏が笑って「ねぇ、美咲はどう?」と顔を向ける。

「え、えっと……私も、いいと思う。お兄、優しいし……ちょっと恥ずかしいけど……」

 三人は目を合わせ、そっと笑い合って頷き、拓真の方へと歩み寄った。


「じゃあ、これからは正式メンバーってことで!」と彩夏が勢いよく言う。


「……え?なんのだ?」

 拓真はきょとんとし、少し驚いた顔で尋ねる。


「だから『つくるぶ』だよ!みんなでいろんなもの作っていく部!最近活動を始めて……そんなに忙しくないからお願い!」

 彩夏が笑顔で説明し、さらに背中を押すように話す。


 それでもまだ渋る拓真を見かねて、美咲が上目遣いで手を合わせる。

「お願い!お兄!お兄は体力もあるし、DIYとか得意だし、すごい戦力なの!」


 拓真は深いため息をつき、頭をかきながらも、口元には小さな笑みが浮かんだ。

「……まったく、面倒ごと増やしやがって。でもまあ……作るのは嫌いじゃないし、楽しそうだしな。しょうがねぇな」


 こうして、彼は“つくるぶ”の仲間に加わった。小さなものづくりから始まる、夏の物語の幕開けだった。



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