4人目 深森の竜
「魔法が使えなくなるだって。あぁ。まぁそんな不思議なことでもないだろうな。この大地の力はやせ細り、生気も枯れ始めている。」
「ドラゴンさんにはそういうことがわかるんですねぇ。」
「まぁな。ドラゴンとて1匹の獣だ。この世界に、寄り添って生かされているに過ぎない。私1匹の物ではないし、周りの生き物との共生だよ。必要なのは。」
「へえ。勉強になります。」
目の前の小さき猿は大きな本を取り出し、私の言葉を一つも逃さず書き残していく。そんなことをして何の意味があるのだろうか。「なぜ、お前はそんなことをしているんだ。」ついぞ、気になり訪ねてしまう。
「いやぁ。この世界から魔法が無くなったときの人間が生き残るプランと言いますか、この魔法文明に支配された人間は魔法が無くなってしまったら急激に文明レベルが下がってしまうと思うんです。そうなっても人間がまた再起できるようにいろんな情報をまとめているんですよ。自然に迎合しなければならないか、今のような文明を続けるのはそのあとの話わけなので。」
何とも奇怪な男だろうか。
この時は人間には自然との共存を一案として考えるものがいるとは思わなかったと感じていた。私にとって人間とは自分で発達させた文明に対し、異常なまでの執着と頓珍漢な信仰を持っていると思っていた。
そして、それを保つためには生物のことを考えない残虐性があるとも。
魔法がこの世界から無くなるのは私たち自然に生きる者にとっては大地震や火山噴火と同義の物であり、それのせいでこの世界のルールや仕組みが変わるわけではない。
だが、ほとんどの人間はそうもいかないだろう。魔法がこの世界から無くなることを先に感知していた。しかしその程度で何が変わるわけでもないと思った。頭の片隅では人間は大変だろうなあ。と。それくらいの感覚でしかなかった。
「ていうことは、お前らは猿になる選択をとれるというのか?」
いじわるな問いかけをしてみる。
「いや、はや。そんなことはないですよ。だけど、わたしたちは決して猿に戻ることはできない。発達した文明を簡単に手放すことができないのです。文明が発達する前と後では幸せの基準が違いすぎます。ですが、魔法がなくても我々人間は今の文明を保持しながら生きていけると思うんです。しかし、そうなるためには魔法が使えなくなった後、暗黒期を迎えることになります。我々は猿にはなれない、あくまでも人間ですので。」
こいつも他の人間と変わらないな。
「お前たちは、自分たちでは賢き猿と名乗っているみたいだが、私たちからすれば愚かな猿だ。アリのコロニーも、ハチの巣も、お前らの町も変わらない。この星にある巣だよ。」
私は嫌味を言う。
愚かなこの者たちは決して気が付かないのであろう。町が無くなったとしても、今の文明が維持できなかったとしてもそれは他の生物種が一つ消滅することと同じで。我々は困りはしない。むしろ...いや、ここで彼に伝えるのは可哀そうだ。
「ですが!私たちはそれでも生きていかなければならないのです。我々の幸福の基準でね。そのためにもし仮にあなたが魔法を使えなくなったらどう生きていくのかを聞きに来ました。」
「私だって火を吹くのに魔法は使うし、空を飛ぶのに火を使う。だが、魔法が無くなれば火を噴かなければいい話、空を飛ばなければいい話だ。お前らだって、魔法を使わなければいい話ではないのか。なぜそんなことに執着をするのかがわからない。」
ドラゴンは続けて言う。
「いいか?お前らも私たちも、持ったものしか使えない。使えるものしか使えないんだ。種族とはそういうものだ。鳥は手がなくても羽があるから空を飛べる。お前らは羽はないが、物を握れ、物を作ることができる。魔法を使おうとその生活の本質は変わらないはずさ。自分たちが生存できるよう傲りなく、慎ましくその“両手”が届く範囲の生活をしなさい。」
「ええ、良いご忠告をありがとうございます。良い事が聞けました。しかし、ジンガイのものにこれを聞くとやはり話が合いませんね。お互いに、今は相手の気持ちを思いやれない程度にはひっ迫した状況ということでしょうか。」
「ああ、そうだな。」
そう告げると奇妙な男は手元に持っていた本を閉じ、ペンを仕舞う。そして、白い靄だけ残して目の前から消えた。
幸せの基準も生の基準も、どの動物種だって変わらない。しかし、唯一生きることだけがどの生物種でも共通することだ。
こいつらはなぜ生きることにおいてここまで感情を大切にするのか。感情を大切にしなくても生きていけるのに。
ドラゴンにだってわかる。感情は重要だ。しかし、この世界において感情だけで生きていける世界ではないのだ。感情を押し殺して、相手の命を奪いそれを糧にして生きる。
その絶対的ルールからこやつらはわざと逸脱し、生きようとする。それの為に他の動物に対しても迷惑をかける。それのどこが賢いというのだろう。
「我らからしたら、お前らが衰退してくれた方がうれしいよ。」