1人目 都市郊外の女魔法使い。
「あした魔法が使えなくなるとしたらー?うーーーん。生活は大きく変わるけど、人の暮らしってそんなに変わらないんじゃないかしら。ほら、私の方の暮らしってすべてを魔法に頼っているわけじゃないんでしょ?」
薄汚れた白衣に丸眼鏡。身長は小さく、前髪だけは視界が確保できるように整えられているが、後ろ髪は伸ばし放題。そんな、奇妙な男がほとんど人が寄り付かないような農村に訪ねてきて、そんな奇妙なことを尋ねてきた。
「いや、ほんとすみません。研究の一環でいろんな魔術師に尋ねていましてね。都市の魔術師にこんなこと聞きましたら、とんでもないことになりますので。まったくもって建設的な意見が得られないんですよ。だからこうやって、半魔法半自然で生きている魔術師に尋ねるのが、一番なのです。」
「そりゃあ、仕方ないですよ。この世界は魔法が使えて、一人前。仕事も貰えるしお金も稼げる。魔法が中心の文明が発達してしまっているんですから。」
どんな村でさえ大きな都市でも魔法がないと生活すらしていけない。火や水。物を運ぶにも、作物をつくのにも何もかもに魔法が関与しています。大きな都市ならいいけど、小さな農村では、魔法を扱う適正のある者がその村から生まれればいいが生まれないことだってある。そういう村の為に、最低限度の生活を担保する目的で魔法使いが派遣される。私は魔法学園卒業後にこの村に初めて派遣されて、そのまま所帯を持ち定住しているし、子供も1人いるし、生活は豊かです。
「しかし、なんでそんな不吉なことを皆に尋ねるのです?恐怖を煽るだけじゃないですか。実際私のから見ても奇妙な人物にしか映りません。」
「いやぁ、はやぁ。そんなつもりありませんよ。しかし学術において、重要なことなんです。仮に、この世界からいきなり鶏が朝鳴くかのようにごく当たり前に魔法が使えなくなったとしたら。もちろん現実で起こるかはわかりません、が。しかし、そうなったとき人類はどうするんです?多種族のサラダボウルのような世界で、私たちは魔法の技術発展を礎に栄えてきました。そんな、人類の叡智が一瞬で失われるようなことがあったら。それでも、人類は前に進まなければなりません。」
「はぁ。。。。」私にとって、この方の言っていることは何一つ理解できず、例えば夢の中に出てきたものを握りしめたら、現実にものを持ってこれた。のようなおとぎ話を一生懸命に追っている奇人にしか見えなかったのです。こんなことを追って、何になるんだろう。そんな気持ちでした。
その次の彼のクエスチョンはこうでした。「この村に、魔法を使わなくても何かできるものはありませんか?」そう変なことを尋ねてくるのです。
「いやぁ。そりゃ農具とかだったり、そういうのは魔法の力で人力に頼らず動かしているだけですので、人間がやってもそんな変わらないんじゃないでしょうか。牧農の技術だった、魔法がなくても失われないはずです。」
そういうことを言うと、彼は肩に担いだ革袋から私の腕の太さほどある厚みの本を取り出し情報を書き出すのです。こんな、情報なんてどこにでもあって書き記すほどのことでもないと思いますのに、一生懸命に書き写します。
この男は、この街に一日滞在していました。私以外の農民たちに事細かく、農業のことを聞き。どのように種をまき、この土地の植生は?この土地の水質は?地質は?土はどう?様々なことを聞いていました。その事柄も、一文字も漏らさぬかのような執念のこもった様子で本に書き写していっておりました。
この日の夜、もう日も暮れあたりには光も差さず、月明かりのみで照らされるような夜更けに私の家に最後訪ねてきて、「ありがとうございました。良い情報を得られました。」とそう一言だけ告げて夜闇の中に消えていきました。この時は私も、村の皆も全く気にも留めてあらず。ただただ。奇妙な人が来たのだなと思っただけでした。
そんなことのあった、1か月後。朝目覚めると、日常的に魔法で水を出し飲むのですが、いくら唱えても水が出ないのです。嫌な予感がした私は、外に飛び出て農具を浮かばそうと魔法を使っても浮かばない。火をつけようとして唱えても、火はつかない。頭の中に今まで魔法を使っていた記憶もあるし、記憶にも膨大な術式を学んできた記憶があるのに、その全てが無駄になっていました。
しかし、この出来事は私だけの出来事ではなく、この世界自体が巻き込まれる時代の転換期だったのでした。