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夏の土塊  作者: 花酔山姥
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雨空に咲け

 もう、どうしろってんだ。

 昨日といい今日と良い、考えなきゃいけないことが重なって容量超過だ。さっきなんか学校から先輩を家まで送り届ける道のり、一言も喋れなかった。

――敗戦校のインターハイ帰りか。

 そんなくだらないツッコミを自分に入れるのも現実逃避したがっている自分を示唆しているようでうんざりした。

 それにしても、さっきの先輩は完全に常軌を逸していた。なんというか、恵まれないご家庭で育ったのは聞き及んでいたけれど、あそこまで思い詰めていたとは。

 それに昨日のことがなければ先輩のこと、もう少し自信持って慰められたのに。レイはちゃんと先輩のこと愛してますよ、先輩に恋してますよって。恋だ愛だ私なんかにゃ、さっぱりわかりませんよって。

 今となっちゃとても言えないけど。レイも居たし。

「朱理、大丈夫かな。」

「わかりません。様子を見ましょう。」

 レイを先輩と一緒には置いておけず、この雨の中もう一度学校に戻るのも億劫で連れてきてしまった。一応、先輩にも確認したが返事は無く、ただ力なく頷くと家の中に入って行った。

 傘2つで3人は覆いきれず、私もレイもそこそこ濡れた。家に帰り着いて水が入った靴の気持ち悪さから漸く解放される。湯を張っている間に、シャワーだけでいいというレイを先に風呂に通した。

 とりあえず父の服で楽に着れそうな物を引っぱり出して脱衣所の籠に入れ、自分の濡れた服を洗濯機に放り込んだ。

 下着姿で居るわけにもいかず、プールの授業で使う、身体に巻けるタイプのタオルを被って頭と片腕だけを出し、ダイニングに腰を下ろして項垂れる。気が重いから体も重い。

 そのせいか、さっきのやり取りが徐々に腹立たしく思えてきた。

 何だ、まるで私が何不自由なく生きているかのように。私だって足りなくて、幸せになりたくてそれなりに出来ることはやってるのに。

 そもそも安直なんだ、愛されないから愛してくれる奴隷を作ろうなんて。奴隷に命じて受ける愛で満たされようなんて。

 あぁそうだ。レイに対する物言いも解せない。レイに感情があるってわかってるのに奴隷扱いして、愛せだの自壊しろだの。先輩の方こそよっぽど人間らしさがない。あの人こそ土人形なんじゃないのか。先輩がそんなだから、

「そんなだからレイは︙」

「僕がどうかした?」 

「うぉわあ!レイ!出たなら言ってくださいよ。」

「声掛けたよ、何度か。」

「あ、そう?すみません。じゃ、私の部屋で待っててください。ネームプレートあるんで行ったらわかります。」

 そういえばレイが出来たばっかりの時ブラウス透けて下着見られてたわ。あの時は気にならなかったけど時間差で恥ずかしくなってきたな。

 そんな事を思いながらシャワーを浴びて、湯船に浸かった。ふぅ、と息が漏れる。


「僕は、莉音のことが好きみたいだ。」

 衝撃の事実。でもなかったかもしれない。

 正直な所、私もレイの事は憎からず思っていた。

 だからこそ、ふとした時、話しかけるでもなく私を見ている気がするな、とか、話しかける頻度が高い気がするな、とか、そういったものはモテない人間の悲しい性、勘違い、自意識過剰に違いない、もし事実そうだったとしても、きっと主人以外の人間が私しかいないもんだから観察して情報収集しているだけだ、そう解していたのである。

 どうやらそれらが勘違いでも自意識過剰でもなく事実だった上に、動機が人間観察ではなかったというだけだ。

 いや、待てよ。

「先輩に命令されて言ってる、とかじゃないですよね。」

「違うよ。何も言われてない。」

 そうか。あの先輩こういうこと平気でやりかねんからな。ちょっと失礼だけど確認させてもらった。

 とりあえず私がモテない人間特有の恥ずかしい勘違いをしていなかったことには安堵したし、レイに好かれていたのは真っ直ぐに嬉しかった。

「で、私と付き合いたい、と。」

「いや別に?」

「は?」

「あっ、ごめん、付き合えたら嬉しい。けど、莉音は別に僕のこと好きじゃないだろうし、それはいいんだ。ただ、このまま朱理と恋人は続けるわけにはいかないかな、と。」

 ははーん、そう来ますか。そうですね、レイの中では片思いですからね。

「僕は朱理の恋人として作られたのに。これ、浮気かな。」

「ぷふっ。」

 レイから『浮気』なんて言葉が飛び出したことが可笑しくて、つい噴き出してしまった。いけない、真剣に悩んでるのに。

 一先ず咳払いをして仕切り直す。

「どうでしょう。生まれたときから先輩の恋人だった訳ですから、そこにレイの意思はなかったでしょう。」

「そっか。でも朱理には悪い気がするな。」

「とは言っても恋も愛もしてない段階から恋人って決まってるなんて、許嫁みたいなもんですからね。」

 そう、許嫁と同じだ。本人の意志を無視して親同士が婚約しちゃうアレ。必ずしも悪い制度ではないけれども、現代社会では少なくとも悪寄りではある。

 最初こそ所詮は土人形、と先輩を止めはしなかった。レイがここまで明確に自分の意志を持つとは思わなかったから。ところがレイはもうほとんど完璧に人間だ。自分の意志を持って自分の感性で生きている。

 人形遊びの範疇は完全に超えている。先輩がやってることの方がそもそも残酷と言えよう。

「付き合うってそもそも、両者が両者を独占する為の契約みたいなもんですから。両者の合意がないと成り立ちません。」

「そっか。明日解消しよう。」

「待て待て待て。結論を急ぐんじゃありません。双方合意なら良いんです。片方が好きで付き合って、もう片方は徐々に好きになっていく、的なのも私は有りだと思うんです。」

「でも僕は莉音が好きなわけだし。」

「あぁそうか。」

「ねぇ。」

「はい。」

「いま莉音が言ったとおりなら、莉音に他に好きな人がいなければ付き合って貰えるってこと?」

「︙んっ?」

「片方が好きで、片方が徐々にって。」

「あ、あー、はいはい。えっ?あぁ。うーん。」

 くどいようだがレイのことは憎からず思っている。が、先輩との友情が壊れかねない。あれ?何これ昼ドラ?ドロドロしてきたな。違うんだよな、私がしたい恋愛ってこういうのじゃないんだ。

 ていうか付き合うとなると土人形が彼氏ってこと?彼氏が戸籍無いってちょっと︙いやそこじゃない。

 混乱してきた。吸って吐いての深呼吸。ついでにため息を一つ。

「あー。返事は待ってください。その前にまず先輩を止めないと。」

「止める?」

「私がどうするにせよ、レイの気持ちを無視して恋人とかやっぱり良くないです。レイが好きになったのが先輩なら結果オーライでしたけど、こうなった以上、恋人であり続けるのは不健全です。」


 で、説得する好機を伺って居た今日、こんな事になってしまいました、と。いかん、のぼせてきたな。

 風呂から上がり、アイスを2本持って2階に上がると、レイが部屋の真ん中で体育座りをしていた。

「うわ、びっくりした。」

「待ってろって。」

「言いましたけど。はい、アイス。」

「ありがとう。」

 今日は朝から大雨だった。昼になっても雨脚は弱まる気配を見せない。

「参りましたね。」

「参りました。ねぇ、朱理が言ってたのってどういうこと?」

「どれのことですか。」

「レイくらい、って。」

「あぁ、先輩ね、」言いかけて言葉に詰まる。話してしまって良いものか。まぁ、いずれ知ることになるだろうし、先輩にあんな事言われて腹立ってるし、もういいや。「誰にも言っちゃ駄目ですよ。」

「うん。」

「先輩ね、虐待されてたんです。母親に。」

「え。」

「身体が大きくなった今は落ち着いたらしいんですけどね、小さい頃は結構、非道いことされてたみたいですよ。」

「それでか。」

「そ。」

「愛は愛されている人の方にって。」

「あぁ、それは先輩の持論でしょうから気にしなくていいでしょう。勝手なもんです全く。レイを奴隷扱いしたのも気に入りませんね。意地でも先輩から引き剥がしましょう。あんな人の恋人なんてやってられっかって話ですよ。」

 食べ終わったアイスの棒をティッシュに包んでゴミ箱へ投げるが、縁に弾かれて外れる。

「あー、もう。」

 自分が投げやりになっているのが分かる。ちょっと落ち着こう。先輩の発言を思い出したことでまた頭に血が上っている。

 腹が立つと腹が減る。アイスを食べたばかりだったが、一先ず昼食を摂ることにした。腹が立つのも腹が減っているせいかもしれないし。

 腹が減っては戦はできぬ。戦を止めるなら尚の事。

 安い割に量がおおい『がっつ盛り』シリーズのカップ焼きそばを作って2人でズルズルと麺を啜った。

 カップ焼きそばはカップでもなければ焼いてもないし蕎麦でもない。名称と現物は完全にミスマッチだ。美味しかったからいいけど。食後に淹れたこのカフェオレも、カップ焼きそばとはミスマッチ。

「朱理は怒るよね。もう怒ってるけど。」

「でしょうね。」

 カップの上にゆらゆらと揺れる湯気のむこうで雨が硝子を叩く。

 迷っていますね、レイ。でも、もう良いと思うんです。貴方が思うほど貴方は悪くないと思うんです。土人形だって人格を持つ以上、幸せを追う権利はあると思うんです。

 貴方の告白をお受けしたら、貴方の幸せを、私の為に追ってくれますか。あの人から解放される事への不安は、少しでも晴れますか。でも、そんな動機でお受けしたくはない。

「レイには幸せになってほしいんです。」

「え?」

「私はもしかしたら、レイのことが好きかもしれません。」

「え。」

「でも貴方とお付き合いするには、なんていうか、貴方の不安を取り除く為だとか、先輩から離れることへの迷いを断ち切るためだとか、先輩から引き離した責任を取るためだとか、そういう好き以外の動機が付き纏うんです。」

「莉音にとってそれだけの理由があっても迷うのはどうして?」

「貴方に失礼だからですよ。私は私が、貴方を好きであるが故に付き合いたいんです。好き以外の理由に押し出された好きなんて、そんなの︙」

 レイはいつの間にかこちらを見て面白がるような笑みを浮かべている。

「何笑ってんですか。」

「嬉しい。」

「嬉しい?」

「莉音が僕のことを思って、僕のために悩んでくれている。ちょっと辛そうなのは嫌だけど、それがすごく嬉しい。」

「私は︙」私の為に悩んでいるだけだ、と言おうとした。けれど、たしかにそうとも言える。しかし。「レイに幸せになってほしいというのは私のエゴです。貴方が望まなくても、私は貴方に幸せを追求しろと言うでしょう。」

「それが嬉しい。それは、愛じゃないの?」

「こんなの、友だちにも家族にも思いますよ。」

「だから、愛じゃないの?」

「︙愛、かも。でも恋とは別です。」

「愛は好きとは違うの?。」

「えぇ︙。」

 何だこいつ、急に饒舌じゃないか。いや、最近大体こんな感じか。私が答えに迷う質問が今日は多いってだけだ。

 でも本当にこれが愛なら、愛と呼んでいいのなら、

「たしかに、レイのことを好きと言えるのかもしれません。」

「やった。」

 急に明かりが差したようにレイが面を輝かせるので、不覚にもドキリとしてしまい目を背ける。

「ん?︙ん?照れた?」

「照れてません。」

「照れてる。」

「照れてませんって、寄って来んな!」

 顔が熱くなってきた。悔しいが照れているらしい。私は机に突っ伏して火照りが収まるのを待つことにした。

「ありがとう。朱理とのこと、ちゃんと決着つけなきゃね。」

「その為にす、好きとか言ったんじゃないですからね。」

「わかってる。」

 『好き』という単語を言い淀んで、今更ながら小っ恥ずかしい言葉を羅列していたことに気づく。穴があったら入りたい。

 知らぬ間に降り止んでいたのか、それとも胸を打つ音にかき消されてか、雨音はもう聞こえて来なかった。

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