【番外編】アスモ 魔塔にて
魔塔。
それは、国中の有能な魔法使いが集まり、その魔法能力を活かした仕事をする場所。
入職にはかなりレベルの高い試験をクリアしなければならず、ここで働く人間は、それなりにプライドを持って仕事を行っている。
自分は、その魔塔の主であり、魔塔で働く人間全てを管理する責任がある。
なので、たまに各部署を回って、様子をみるように心がけていた。
そのうちの1つ。
『白魔法部門』の扉の前に立つ。
その扉が自分の熱を感知して自動で開いた。
扉が開くと、広々とした部屋の中に、ところ狭しと人が行き来している。
その扉近くで作業していた薄茶色の髪の若い女性が、自分の顔を見て、表情を輝かせた。
「おはようございます。今日も宜しくお願いします」
朝から呆れるほどに元気よく、深々と頭を下げられた自分は、微笑だけで頷いた。
「ーーーおはよう。今日も朝から五月蝿ーーー元気ですね」
「それだけが取り柄ですから」
にこっと笑う若い女は、ステラという名前で、その髪を後頭部の真ん中辺りで1つに括ったポニーテールを揺らした。
ステラがこの魔塔で働き出してから、3ヶ月が経つ。
『聖魔法』が使えるため、自分の弟子という形で魔塔に入れたけれど、やはり他の、最難関の試験を乗り越えた人間と比べると、その知識は至らないことが多い。
特にはじめの頃は魔塔での動き方もわからず、失敗ばかりするので、自分のイライラがマックスになる日が多かった。最近になって、ようやく少し慣れてきたのか、一通りのマニュアルはこなせるようになってきた。
ーーーまぁ、新人用のマニュアルではあるけれど。
2ヶ月前にジュリアン王子との婚約式も終わって、魔塔での仕事1本に集中できたことも大きいだろう。
そもそも、魔塔での仕事が忙しいのは誰しもが知ること。
なのに何故、婚約式が終わってから働き出さなかったのか、ーーーあるいは、何故、魔塔の仕事が慣れてから婚約式を行わなかったのか。
不思議で仕方ない。
この努力と根性で大半がどうにかなると思っている頭がお花畑の人間に、大変なことを同時進行させて、うまくいくと思うのが間違いなのだと、ステラ本人が何故、気付かなかったのか。
理解に苦しむ。
『ーーーピピピ。ピピピ。ピピピ』
ステラのポケットに入った魔道具が、危険信号のアラームを奏でた。
「え?」
ステラは慌ててアラームを止める。
ここは人があちこち行き来する場所で、誰に反応してアラームが鳴ったのかわからず、ステラはキョロキョロと辺りを見渡した。
ステラは1人で首を傾げる。
今、鳴ったのは、自分が開発した魔道具で、半径1メートルにいる人の喜怒哀楽の感情が80%を越えると、先程のように鳴るように設定してある。
入所当時、魔塔の皆が必死に集中して仕事をしているのに、あまりに暢気に『頑張ります』という雰囲気を持って、堂々と失敗していくので、一部の人間ーーー大半は自分ではあるがーーーの苛立ちが半端なかった。
そのため、『周りの人が怒ってますよ』と自覚してもらうために魔道具を渡したつもりだったのに、いざ使ってみると、ステラはあまり気にした様子もなく、ただアラームが鳴る度に、自分の怒りが80%を超えているんだと自覚させられるだけの道具になっていることに気付いた。
相変わらず暢気な顔でステラは笑って、自分に回復薬を見せてきた。
「先生。ーーーできました。見ていただいてもいいですか?」
確認して欲しいとはいっても、成功しているのだろう。その表情は明るい。
「先生と呼ばないように言っているでしょう。ーーーどれどれ」
渡してきた回復薬を、じっと眺めてみる。
色は間違いなく中級回復薬。
ーーーしかし、その中に僅かに、金色の輝く光の欠片を見つけて、自分は首を振った。
「ーーーダメですね。また余計なものが入ってる。これでは『中級回復薬』以上のものが回復してしまいます」
「ーーーダメ、なんですか、、、」
しゅん、とステラは落ち込むように頭を下げた。
「当たり前でしょう。何度も言いますが、市販するものは、全て等しい程度のものでないと混乱が生まれます。同じ金額を支払うのに、あの回復薬は呪いも解けるのに、この回復薬は身体しか治らない。ーーーそんなことがあれば、光が入っていない購入者は外れを引いたと不満がでてくる。それではいけません」
「はい、、、」
「貴女の課題は今、魔塔の職員として『中級回復薬』を作ることと、その程度の低い『魔力調整力』をもう少しマシになるように鍛えること。たったそれだけのことなのですから、それに集中して下さい」
「ーーーはい」
ステラは素直に頷く。
その頷きを確認して、自分がステラの側から離れそうとすると、ステラにまた声をかけられた。
「あっ、あの、先生」
「ーーーだから、先生ではないと」
「どうやったら、この『光の欠片』を取り除けますかね?」
真剣な顔で尋ねられて、自分は黙る。
『ーーーピピピ。ピピピ。ピピピ』
アラームが鳴り、ステラは、ゆるりと自分の顔を見上げた。視線が合って、地味に気まずい。
ちょうど周りに人が誰もいなかった。
苛立っているのが自分だと暴露してしまったようだ。
コツン、とステラの頭を軽く小突いた。
「ーーー集中、だと言っています」
そして、自分はステラに背を向けて、次の部屋に行くために『白魔法部門』の部屋を出ていった。
次の『火魔法部門』の部屋に入る。
ここは火の力を燃料として、灯りをつけたり、ボンベに火魔法を注いで、料理や金属等を加工するための火を供給したりする、火に特化した場所だ。
火を使うので、比較的明るい部屋のはずなのに、少し暗く感じる。
そういえば、さっきの『白魔法部門』の部屋が、やけに明るかった。空気も澄んでいて、呼吸がしやすかったように思う。
ーーーそうか、と思った。
ステラは、『撒き散らし型』の魔力の持ち主だ。
本人が気付かぬうちに、部屋中に『白魔法』を振り撒いているのだろう。もしかしたら『聖魔法』の方なのかもしれないが。
あの空気を知ってしまったら、下手したら、他の部署からステラを自分の部署にも欲しいと嘆願書が送られてくるかもしれない。
他の部署に、その部署長以外が行き来することはないので、大丈夫とは思うけれどーーー。
「ーーー『聖魔法』か」
その存在には、自分は大変興味がある。
本人が承諾してくれるなら、一旦、ステラを幽閉してから朝から晩までその『聖魔法』について研究させて貰いたいくらいには。
ーーー残念なことに、ステラは、あのジュリアン王子の婚約者になってしまった。
王子の婚約者を幽閉しようものなら、下手したら自分の首が飛ぶ。
喉から手がでる程に『聖魔法』を研究してみたい気持ちはあるが、流石に死ぬのは望んでいない。
まずは『魔力調整』ができるようになってから、『他の魔法』と『聖魔法』が別に使えるようになること。
それが第一条件だ。
焦ってはいけない。
ーーーそうは思うけれど。
ジュリアン王子のステラへの溺愛は相当のものだ。あれは、今でこそ自由にさせているが、結婚したら、ステラを魔塔に働かせに行かせてくれるかどうか。
結婚は18歳から。ステラが今16歳なので、あと2年しかない。
焦ってしまうのも仕方がないのかもしれない。
そんなことを考えながら、各部署を廻り終えて、最上階にある自分の部屋に戻る。
部屋に入って、おや、と思った。
ーーーあまり気にしていなかったけれど、心なしか、部屋の自分の机の周りが綺麗になっていっている気がする。
離れた場所にいる秘書に、自分は声をかけた。
「君。少しーーーいいかい」
自分からは滅多に声をかけられないので、秘書は少し驚きつつも「どうされました?」と聞き返した。
「ーーーなんか、綺麗になっている気がするんだが」
自分は、掃除が好きではない。好きではないというか興味がない。散らかっていようが死にはしないのだから。
しかし、自分の物を誰かに触られるのも嫌だった。
ちゃんと意味あってそこに置いているので、散らかしているように見えるだけで、動かされたらかなり困る。
だから、自分の机周囲は、人には触らせないようにしていた。
年に2回の大掃除。それ以外は片付けることはない。
ーーーにも関わらず、そこらに落ちているはずの埃や砂が、どこにも見当たらなかった。
自分の机の周りは不潔だと毛嫌いして近づきもしない秘書が、頼まれてもいないのにするはずもないし。
すると、秘書は、無駄に手入れされた、その針のような艶のある髪をさらりと流して、首を傾げた。
「あれ。お気づきになられていなかったのですか?ステラ様が、ここ1ヶ月ほど前から、朝5時から毎日、2時間かけてこの部屋の掃除をしてくださっているんですよ?」
「朝5時から?毎日?」
「ええ。警備の者が、監視カメラで確認していますので」
ーーー全く気付かなかった。
「し、しかし、書類の位置とか、全然動いていないじゃないか。これだけの量のーーー」
「何言ってるんですか。だから『2時間』かかっているんでしょう。一度その書類を避けて掃除して、また同じ場所に戻す。それも寸分の狂いもなく。ーーーそれがどれだけ大変か。一気にできれば楽でしょうけど、どこにあったかを忘れてしまうから、本当に少しずつ、避けては掃いて拭いて、を繰り返し。それが、本当に、どれだけ大変か」
ーーー掃除がものすごく大変であることを、強く訴えられるんだが。君は全くしたことないだろうに。
「しかもあの子、夕方に仕事が終わってからは、各フロアの掃除もしているんですよ?廊下掃除から始まり、フロア拭きに窓拭き。帰るのは夜遅く。ーーーなのに、朝になったらその疲れを全然見せずに明るい挨拶。ーーーちょっと、尋常じゃないですよね」
わたしは無理だわぁーと、秘書は自分の綺麗に整わせた爪を触りながら呟く。
なんでこれほどやる気のないこの女を秘書にしたのか、自分でもよくわからない。
魔塔の魔法使いでもない秘書には全く興味なかったので、選択肢の中からアミダで選んだ気がする。
秘書としては有能らしいが、この女性に興味がないので、この女性への認識は、机に座ってただ髪か爪をいじっている女に過ぎない。
「ーーーそうですか」
そう返事だけして、時計を見た。
ちょうど休憩時間だ。
「食事休憩に行ってくる」
自分がそういうと、秘書は、どうでもよさそうに「今日も栄養補助食品ですか?いってらっしゃいませー」といってきた。
とりあえず無視して部屋を出る。
確かに、最近は手軽さの割にバランスのよい栄養が取れるので、栄養補助食品に頼っている気はする。
何だか悔しかったので、売店でレタスとハムの入ったサンドイッチを2つ購入して、『白魔法部門』の部屋に向かった。
掃除の話を聞いて、たまには愚かな弟子の『聖魔法』の話でも聞いてやろうかという気になっていた。
扉が開いて中に入ると、ステラはいないと言われた。ステラがいたはずの扉の近くの場所で作業していた青年が、丁寧に教えてくれる。
「地下の方じゃないですか?最近、休憩時間になると、よく行ってますよ。地下の部屋」
「地下ーーー?」
そういわれて思い出すのは、1人の男。
元、魔塔主であるトニーノ・ギャリソン。
銀色の髪に、彫りの深い顔立ち。背が高く、逞しい体つきの男は、『黒魔術』によって悪事を働いた。
元々のその立場に加え、本人が自主してきたことと、被害に遭ったオムラント辺境伯が告訴しなかったことにより、多少、情状酌量されて、この魔塔の地下にて囚われる形になった。
能力があるために、体よく使われているだけに過ぎないが、それでも牢獄で一生を過ごすよりはマシなのかもしれない。
地下に向かうと、数名の声が聞こえた。
少し笑い声も含む。
地下はコンクリートを固めただけの、柱と床しかない広い空間だ。
空調も整備されておらず、柱以外、何も置かれていない。普通の人間なら、耐えきれずに狂う人もでてきそうなほどに寂しい場所。
そんな中で、笑い声とは。
見ると、ステラがピクニックシートを敷いて、その上に弁当を置いていた。
簡易的な皿を並べて、1人の監視員も含めて、皆に分け与えている。
今や、オムラント辺境伯令嬢であり、かつジュリアン王子の婚約者という高貴な立場にあるくせに、そこにある弁当の中身は、卵焼きとからあげなどという、一般庶民の食べ物だった。
ステラは微笑む。
「今日の卵焼きは、隠し味にトマトを入れてみたんです。どうですか?」
監視員の男は、それを手で摘まんで齧りながら、うーんと言った。
「美味しいけど、俺はいつもの卵焼きがいいかなぁ。この前の、だし入り卵焼きは絶品だったけどな」
「じゃあ、今度また、だし入り卵焼き作ってきますね。トニーノさんはどうですか?トマト」
「ーーー俺はーーー別に悪くはない」
寡黙に食べていたトニーノも、尋ねられては、ちゃんと答えている。
ステラは、ほっと息を吐いた。
「そうですか。良かった」
「これ、チーズとか入れたらもっと美味しいんじゃないか?」
監視員の助言に、ステラは目を輝かせる。
「わぁ、面白そうですね。次はそのアイデアいただきます」
ここはトニーノが強大な魔力で逃げ出さないように、魔法無効の仕掛けが施された。
だから、ステラだって『白魔法』も『聖魔法』も使えないはずなのに、なぜかここに流れる空気は暖かい。
それがとても不思議でーーー。
色々考えた末、自分も3人の方に近付き、トニーノの皿の上に、1つのサンドイッチをポイと乗せた。
トニーノは、自分の顔を見て驚いてみせる。
「ーーーアスモ。ーーー何故、こんなところに」
「私の不出来な弟子が、いるはずの場所からいなくなりましてね。まさかこんなところで道草を食っているとは思いもせず」
ステラはその言葉に慌てる。
「え。食べているのは卵焼きで、私は草なんて食べていませんけどーーー」
『ピピピ、、、』と鳴り出した魔道具を、ステラから奪って、その手で潰した。
ヒョヒョ、と笑ってみせる。
「ーーーあぁ、スミマセン。うっかり壊してしまいましたね。また次、別の魔道具を作ってあげますので、勘弁して下さい」
「は、はい。ーーーありがとうございます、、、?」
ステラは自分で言いながら、首を傾げる。
馬鹿な子ほど可愛いというけれど、ちょっと限度はあると思うーーーと考えつつも、何故か自分もステラを甘やかしているような気がするので、やっぱりその言葉通りなのかもしれない。
トンチンカンな娘はとりあえず放置して、自分は
トニーノに渡したサンドイッチを指差した。
「ーーーそのサンドイッチ、サラダがシャキシャキしてて、意外と美味しいんですよ」
と言ってみた。
トニーノは、ふぅん、と呟くと、サンドイッチを包む袋を剥がして、口に咥える。
シャキ、と音を立てて、トニーノはモグモグと咀嚼した。
「ーーー確かに瑞々しくて美味い。しかしアスモが栄養補助食品ではないのは珍しいな」
「、、、そんなに私は栄養補助食品ばかり食べていますか?」
「違うのか?」
「ーーーたまには食べますよ。サンドイッチとか」
「それはたんぱく質とビタミンと炭水化物が一緒に入っているからだろう?お前はいつも、効率の良さを重視する傾向にある。ーーーでも明らかに足りていないだろう。ちゃんと食え」
ーーーそういわれれば、そうなのかもしれない。
自分は食べ物なんて興味がないから。
「あぁ!」
とステラは、その両の手の平を重ねた。
「だから、アスモ様は痩せているんですね!じゃあ、これからはアスモ様もここで一緒にランチしましょう。私、栄養のあるもの作ってきますので」
ニコニコとステラは微笑む。
「結構です」
即座にお断りすると、ステラは少しショックそうな顔をしてみせた。
「ーーーアスモ」
トニーノに声をかけられて、ステラへの対応への指導かと思ったけれど、そうではなかった。
「ステラへの、聖魔法の教育。俺に任せて貰えないだろうか」
「ーーーはい?」
ステラはトニーノを見上げる。
「勿論、お前の『聖魔法』の研究を邪魔するつもりはない。だが、俺も心のつかえが取れたことで、ここの仕事以外でも多少の余裕がある。そもそもここから出られないんだ。時間はいくらでもーーー。それを、ステラに使いたいーーと思うようになった」
トニーノは、ステラを優しい瞳で見つめる。
「ーーー2年後には、ジュリアン殿下と結婚するんだろう。そうしたら、もうここには来れないかもしれない。その前にーーー俺にできることはしてやりたいんだ」
「トニーノ、、、さん」
ステラは、トニーノを見つめている。トニーノは優しくステラに微笑んだ。
「お前はエボニーの義妹だろう。エボニーと雰囲気がよく似ている。髪の色も、その穏やかな性格も。そう思うと、段々と、ステラが俺の妹のような気がしてきてな」
トニーノは、そう言って、ぱくりと唐揚げを口に入れた。モグモグと咀嚼して、ごくりと飲み込む。
「そもそも、アスモ。お前は天才ではあるが、人間との関わりは下手くそ過ぎる。それでは成長するものも成長しないだろう」
ーーーそう言われると、確かにその通りで。
自分が弟子にするより、長年魔塔主として培った指導能力のあるトニーノに任せた方が、自分も時間を有効に使えるし、ステラにとっても、そっちの方が良いのはわかりきったこと。
ーーーでもーーー。
「あっ。あの」
ステラは声をあげる。
「私、とても不器用でして」
「?」
トニーノと自分がきょとんとすると、ステラは照れ臭そうに、はにかんだ。
「ここには、厳しいアスモ様の弟子になるって覚悟して、やってきたんです。だから、急に別の人に教えて貰うとか、そんな器用なことは、ちょっと難しくて」
えへへ、とステラは笑う。
「だからトニーノさんには、アスモ様から指導されても私が理解できないことを、このお昼の時間に相談に乗って貰えれば嬉しいです」
「ーーーーそれはーーー」
一度口を開きかけて、少し閉じた。
それは、ステラは自分に習いたいのだと思っていいのだろうか。
ーーーだけど。
「それは結局、私の弟子のままで、トニーノに習うと言ってるようなものなのでは、、、?」
「え?」
ステラは驚いて口を押さえる。
「そうなります?」
「だって貴女は、私の言うことの大半を理解していないでしょう?」
ステラは、図星をつかれたような顔を一瞬してみせた。
「ーーーーーいえ、半分くらいは、、、」
す、と視線を反らしたステラ。
そんな彼女を、自分は冷めた瞳で見つめた。
「、、、、」
ーーーまぁいい、と思った。
トニーノがフォローしてくれるなら、ステラは今後、格段に成長するだろう。
トニーノという男は、自分が『魔塔主の座を奪われる』と知っていて、その相手に誠心誠意込めて指導をしてくれるような人だ。
こんな、欠陥だらけの人間が、真っ当な職につけているのは、前を指し示してくれた人がいたからに他ならない。
トニーノのおかげで、自分は今、この場所にいるのだと思うから。
「ーーーあまり、トニーノに迷惑はかけないように、お願いしますね」
「は、はい。精一杯、頑張ります」
微笑んだステラ。
「ーーー頑張ればいいってものじゃないんですよ」
そう言ってしまって、しまったと思う。こういうところが、自分の悪いところだとは解ってはいるはずなのに。
でも、ステラはあまり気にしていなさそうで、ぽやんとしていた。
ーーーほら、やっぱり、半分どころか大半を理解しないじゃないか。
イラッとしつつも、どこか安心してしまった。
このくらいの人間の方が、自分にとっても気が楽なのかもしれない。
書類の上に地味に溜まる埃も、しばらくは見なくなるのだろうし。埃を払う時間が減る分、作業もしやすくなるだろう。
あと2年ーーー。
長く感じるか、短く感じるかはわからないけれど。
少なくとも、今、自分の心は、悪い気分ではないな、と思った。




