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イデア どうすれば逢えるのでしょうか

 オムラント辺境伯。

 王家の血をひく家紋で、代々、北の大きな大陸を任されてきた高位貴族。

 現オムラント辺境伯は、先代の王の妹ーーーつまり現国王の叔母にあたる王女を母に持ち、王位継承者第3位に位置する。


 本来ならば辺境地は他の者に任せて王都で暮らしてもいいものを、その恵まれ過ぎた体格、身体能力とともに、真面目で『領地をこの手で守る』ことを志として、王都に戻ることは殆どない。


 王位継承者である以上、その子孫を残すことも大事なお役目であるはずなのに、適齢期を超えてまだ独身を貫き、数多の求婚をはねのけてきた人物。


 よって、彼の姿をみたことのない王都の人々は、陰で「人前にでられないほどの醜男なのでは」とか、「田舎暮らしでろくにマナーも覚えられないのでは」とか、失礼な噂を流す人もいる。

 少なくとも、王族に値する立場の人間が、王の開催するパーティーに参加しないというのは無礼である。それでも王が彼を罰しないのは、それだけ彼が有能でありながら同時に『奇人変人』であるからではないかとーーそう言われている。


 そんかお方がまさか。


「、、、あんな素敵な方だったなんて」

 ほぅ、と、わたくしは何度目かのため息をつく。


 あの高い身長に、不格好にならない程度に広い肩幅。そしてそれを覆う引き締まった筋肉。

 王国の宝石と称された先代王女の母に似ているのでしょう、艶のある黒髪の下の、凛々しすぎるあのご尊顔といったら、もう神様の造り上げた芸術としか言いようがない。


 あの容姿であれば、多少の性格の悪さや、独特の性癖などは許されそうだ。


 なのに、倒れたわたくしを起こそうと、何の躊躇もなく伸ばされた手の優しさ。そしてその前の、あの巨大な熊の魔物を一刀両断する圧倒的な強さ。

 

 もう、思い出すだけで悶え苦しんでしまう。


 わたくしの胸どころか体幹全体が心臓になったみたいに熱く、震えるほどに感情が落ち着かない。


 これを恋と呼ばずして何というのか。


 幸いにも、彼には妻どころか婚約者もいない。

 つまりこれはーーーー運命。


 あの時、本当はオムラント辺境伯はあの場所にいないはずだった。

 なのに予定していた討伐が早く終結して、たまたま帰ってきたところだったという。

 それもまた、わたくしと出会う運命に違いない。


「、、、というわけですの」

 わたくしから延々と説明を受けて、げんなりしているフィンレー司祭は、わたくしとは違うため息を何度も落とした。

「オムラント辺境伯の素晴らしさは、私も十分存じていますよ。だからといって、命の恩人とはいえ、私から貴女を辺境伯に紹介することはできないのですよ」

「何故」

 詰め寄るわたくしに、フィンレーはまた息を吐く。

 人の悩み相談を常に受け入れる司祭という職務として、ここでわたくしを弾き飛ばすことはしないけれど、明らかにわたくしを面倒くさいもの扱いしているのはわかる。


 だからといって、諦めきれない。

 辺境伯なんて、元のわたくしでも早々にコネを作るなんてできない存在。

 それなのに、目の前にいるのは『オムラント領の司祭』であり、うっかりとはいえ『わたくしが命を救った存在』であるフィンレー司祭。ここで彼からコネを使ってもらう以外に、オムラント辺境伯と繋がる手はない。


 それによって、あれからわたくしは毎日、学校と家の仕事を早急に終わらせて、この教会に通い続けている。

 もう2週間になろうとする、毎日同じ会話のやり取りに、フィンレー司祭の顔に、元々の表面だけの優しさが失われている気はしている。


「何故と言われましてもね。ーーーあぁもう、こうなればはっきり言いますけども。ステラさん、貴女、子爵令嬢でしょう。王家の血をひくオムラント辺境伯とは釣り合わず、その熱すぎる想いが届くことはないのですよ」

「ーーーそれが、何だと言うのです」


 首を傾げながらわたくしが平然と言うと、流石のフィンレーもとうとうキレた。

「本妻にはなれないから諦めろって言ってるんだ、この馬鹿娘!」


 懺悔の部屋で怒鳴られるとは。

 フィンレーの声は、防音仕立ての懺悔の部屋に響き渡る。ただわたくしは頭から怒鳴られたとしても、全く気にしなかった。


 だって、身分の差なんて、わたくしが元の身体に戻れば何の問題もない話ですもの。

 公爵令嬢と辺境伯。そんなの、むしろ釣り合いすぎて拍手喝采ものでしょう。

 もしこのまま身体が元に戻らないとしてもーーー。


「、、、そうですわね。本妻にはなれなくても、第二夫人か妾にはなれますわね」

「な」

 フィンレーは目を見開いて、信じられないとばかりにわたくしを見つめる。


「ステラさん、あなた、まだ16歳でしょう?それも子爵家の貴族令嬢。毎日この山奥に来れるだけの健康な身体を持ち、容姿も可憐。性格はやや難があるとはいえ、そんな将来にいくらでも夢があるご令嬢が、まさかその歳で妾などーーー」

「あの方との道がそれしかないなら、仕方ないですわ。いいえ、あの方と添えられるなら、それでも本望ですのよ」

 にこり。

 

 というか、フィンレー司祭。さっきしれっとわたくしのこと『性格に難あり』なんて侮辱しましたわね。

 ぶっ叩いてやりたかったけど、オムラント辺境伯との繋がりがフィンレー司祭しかいないので、血の涙を飲んでぐっと我慢する。


 フィンレーは明らかに動揺していた。

「そ、そうは言っても、多分、あの方は妾さえーーーいえ、それはあの方の問題で可能性はなくもーーー」

 

 しばらく考えて、とうとう根気負けしたという表情を浮かべた。


「妻や妾になるための女性としての紹介をすることは、私にはできません。しかし、あの方と会うための機会を作ることはできます。あとは貴女の魅力と努力次第ということになるわけですが」

「というと」

 わたくしはキラキラと目を輝かせてフィンレー司祭を見つめる。フィンレー司祭は苦笑いしながら、わたくしに説明した。


「オムラント辺境伯に会うためには、2つ方法があります。1つは、戦に出ることが多いあの人とともに、『女性兵士』として一緒に戦に出陣すること。もう1つは、この教会から定期的に辺境伯に卸している物資を持っていく『運び屋』の仕事を受けることです」

「、、、、」

 フィンレーは話を続ける。

「貴女のその身体能力からは兵士の方が向いていると思ったのですが、学生ということですし、戦いに赴くとなると流石に毎日帰ってくるというのは難しいでしょう。運び屋であるなら、日を越えるということはないでしょうが。まぁ運び屋は毎日ではないので、私からはどちらとも言えませんね」


 兵士か運び屋か。

 あまり淑女らしくない選択肢だけど。

「侍女とかそういうものはありませんの?」

「かの方の都合にて、若い女性の侍女は募集しておりません」

「、、、そう」

 わたくしは黙る。


 兵士だと、戦中は四六時中一緒にいれるけれど、多分、辺境伯という立場上、彼に近寄ることは困難。

 となると、たまにしか会えなくても、荷物運びをして直接、彼に会う方がまだ可能性はあるかもしれない。


「ーーーでは、運び屋の方で」


 わたくしがそちらを選ぶと、フィンレーは「本当に宜しいのですか?」と念を押してくる。

 心の奥を見透かされる視線を向けられて、わたくしは舌打ちをしそうになった。淑女としてはあるまじき舌打ちを。


「わたくしに二言は御座いません」


 はっきりきっぱり、わたくしは言葉を吐き出す。

 その固い決意を受け止めて、フィンレーは「わかりました。そこまで言うのなら」と頷いた。


「運ぶ荷物は大量でとても重く、大の男でもかなりの重労働となりますが、貴女ならできるでしょう」


 敢えて詳しく言わなかったとしか思えないその内容に、わたくしは耳を疑った。

「ーーーえ?」


「物資は食料も含めて何10キロ。下手したら100キロを越えることもあります。馬車で行きますが、道が悪い時や異常事態の時は、その荷物を自らの手で運んでもらうことになりますが」

「、、、、、は?」

 わたくしは首を傾げた。そんな話、聞いていない。


「いやぁ。キツイ仕事はすぐに人が辞めてしまって。人手不足で困っていたんですよ。だから引き受けていただいてとても助かりました。二言はないだなどと、そこまで言っていただけるなら、こちらも安心してお任せできますね」 

 にっこり。


 満面の笑みを浮かべたフィンレー司祭に、わたくしはワナワナと身体を震わせた。

 そこまで言っておいて、今更撤回もできやしない。

 

 わたくしの性格を見抜いていたのか。絶対策士だとわたくしは確信する。



 「ーーーーこんのドSのクソ○✕△○▼(自主規制)司祭がぁーー!!わたくし絶対許しませんわよぉぉっ!!!」


 帰りの道のりでわたくしが叫んだ声は、遠く山のなかに消えていくのだった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「では、お願い致しますね」

 後日、わたくしは小さめの馬車に乗って、教会を出発した。

 馬は二頭。わたくしともう一人、老人とまではいかなくとも、それなりの歳で、うっかり重いものを持ったら腰を痛めそうな体つきの男が馭者として同行した。


 これって、本当に何かあったら、わたくしがこの荷物を担いで運ぶんですの、、、?


 馬車の中には、沢山の食料や荷物がぎっしりと詰め込まれている。

 笑うに笑えない状態で、フィンレーはなんとなく楽しそうにわたくしに手を振って見送った。


 整備もあまりされていない山道。

 車輪が石に絡まりながら、ガタガタと馬車はのんびり走る。

 まさかわたくしがこんなオンボロな馬車で荷物を運ぶ日がくるとは、数ヶ月前には想像もしませんでしたわね。


 そんなことを思いながら、叩けばすぐに壊れそうな窓から外を眺める。


 馬車の居心地は悪いけれど。

 外は自然に溢れ、ひしめき合う木々の葉の間から、わずかに漏れる陽の光が綺麗に見えた。


 雨でも降ったのだろうか。

 雨に濡れた森の香りは嫌いではなかった。なんとなく心が澄むような、気持ちがゆるりと溶けていくようなそんな心地良さを感じつつ。


 気づけば、オムラント辺境伯の屋敷にたどり着いていた。

「何事もなくて良かったですねぇ」

 穏やかそうな初老の男は、のんびりとそうわたくしに話しかける。


 平民が貴族に先に話しかけるなんて無礼極まりない。

 そうわたくしはこれまで、公爵家の家臣や侍女に指導してきたのだけれど。

 この身体になってから、なんとなく、そういうことに対してあまり気にならなくなってきていた。


 ピノット家は子爵という貴族でありながら、相当貧しく、貴族らしさがないからかもしれない。

 両親や義妹はまだ貴族であろうとして貴族という立場にしがみついているけれど、自分達で農作業に牧場の世話をしていて、何が貴族。

 鼻で笑ってしまう。

 

 わたくしは、初老の男に怒りをぶつけることなく、静かに馬車を降りた。


 オムラント辺境伯の屋敷は、流石、王家の血を引く者の屋敷だといわんばかりの広さだった。


 王都にある本来のわたくしの屋敷ーーーノイグラー公爵邸も充分大きく、引けは取らない。だけど、どちらかというとノイグラー公爵邸は華美さに力を注いでいて、風格としては少しオムラント辺境伯の屋敷に劣る。


 質素に見えて、その質は超一流。

 屋敷に入って更に、それが明らかになった。


 どの時代のどの作家のものか。

 それがわたくしには解るだけに、わたくしは頬を紅潮させながら屋敷の奥まで進んでいく。素晴らしいものばかりで嬉しくなる。代々の辺境伯はとても芸術を愛している方々ばかりだったに違いない。


 あのオムラント辺境伯の住む屋敷に足を踏み入れているということが幸せすぎてテンション上がり気味のわたくしだったけれど。

 おかしな行動をすればすぐに捕えられるのだろう、勇ましそうな護衛が数名、わたくしの前と後ろに付かず離れず、歩調を合わせてついてきた。


 わたくしの前を歩く男が、とある部屋の前で足を止めた。

 その部屋の扉をコンコンとノックして返事がないのを確認すると、男はゆっくりとその扉を開いた。

 誰もいない。

 その護衛はわたくしに中に入るように促し、それなりに広い部屋の中央にある大理石のテーブルを手で示した。

「ここでお待ち下さい」

 ただの『運び屋』であるはずのわたくしに丁寧にそう言うと、男はわたくしから離れて、扉の手前で姿勢を整えて立つ。


 お茶は出されなかったが、侍女も下女もいない。

 そういえばそんなことをフィンレー司祭が言っていたのを思い出した。

 侍従はいるのだろうが、、、と考えながら、わたくしはテーブル横のキャスターに、お茶の支度がされているのを見つけた。わたくしは長時間馬車に揺られて喉が渇いており、護衛の男に声をかける。

「そこのお茶は、勝手に入れてもよろしくて?」


 他者の屋敷であるまじき行為だけど、そうしろと言われている気がした。

「どうぞ、お好きなように」

 男はそうとだけ答える。 

 

 わたくしは茶葉の入った筒を開ける。

 爽やかなお茶の香りが一気に広がり、やはりお茶も一流のものを使用している。久しぶりのこの高級感の雰囲気に、わたくしは、すーっと強く茶葉の香りを吸った。


 香りは記憶を蘇らせる。

 一流のお茶で、公爵邸を懐かしく思い出した。

 そしてお父様を想う。

 もう数ヶ月経つというのに、お父様はまだわたくしを探していない。ということは、わたくしが違う人間になったということに気づいていないということになる。

 血の繋がらないロキでさえ、ステラが違う人間になったと気付いたというのに。


 お父様ーーー。

 

 お父様のことを考えながら、わたくしはいつの間にか自分で淹れられるようになったお茶をカップに注ぎ、それをテーブルに置いた。そしてゆっくりと口に入れてお茶を舌で転がす。


 コンコン、と扉がノックされ、部屋の中にいた護衛の男が静かに扉を開く。

 辺境伯がいらしたのかしら。

 わたくしの心臓が一気に高鳴った。


 しかし。

「お待たせしました」

 静かな口調で部屋に入ってきたのは、オムラント辺境伯ではなかった。

 黒に近い灰色の髪を肩より上に揃えた男。整った顔立ちと、その髪の切り方で、ふと記憶が蘇る。


「ーーーあら、貴方ーーー」


 この前、大道路の市場で出会った騎士だった。

 回復薬を買いにきたという男。

 確か、辺境伯の側近であるーーー名前はアイザック。そう、そんな名前だったはず。


「またお会いしましたね」

 男もわたくしを覚えていたらしい。軽く会釈をしてみせる。

「こんなところでお会いするなんて思いもしませんでした」

「本当に」

 わたくしが笑顔を作ってみせると、アイザックは灰色の髪をサラリと揺らして、口の端を小さく上げた。 

「回復薬の値段さえ知らなかった方が物資の調達ですか。とても面白いですね」

 ピクリ、とわたくしは顔が強張る。


 これは嫌味だろうか。その言い方に好意的ではないと感じた。だからわたくしは曖昧に笑って、ふふふと口元を隠す。 

「あれから色々と勉強させていただきましたの。ここに運ぶ物に関しては特に、誤解することはありませんわ」

「そうですか。それなら良かった」

 アイザックはそう言うと、物資の内容を記載した書類とその金額を照らし合わせながら、一つ一つ確認していく。


 全て確認し終わって、アイザックはその資料を大理石のテーブルに置いた。

「間違いなく受け取りました。ではサインいたしますので、これをフィンレー殿にお渡しください」


 書類に判を押され、丸めて上質の紐で括り、わたくしにそれを渡す。

 ではさようなら、という雰囲気を感じ取って、わたくしは首を傾げた。

「ーーーオムラント辺境伯様は、ここにはいらっしゃらないのかしら?」 

「そうですね。お忙しい方ですから」

 冷たい視線。

 会わせる気はないらしい。

 むしろ、さっさと帰れと視線が促す。

「、、、、、、そう、ですのね」

 無理やり。わたくしはひきつる頬を、無理やり浮かせて微笑んでみせた。

 しかし首筋には、血管が浮かんでいたはず。

 辺境伯様に会うためにここまで来たのに。


 ーーーーっっっあの男。

 フィンレーの嘘つき。


 ーーーー決して許すまじ!!!!


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