イデア 教会に押しかけてみました
拝啓。愛するお父様。
いかがお過ごしでしょうか。
わたくし、ほんの少しだけ魔法が使えるようになりましたーーー。
というわけで、わたくし、久しぶりに魔法を使うことができました。
ただ、わたくしの元の身体であれば強大な魔法が使えるけれど、このステラの使える魔法は、風魔法でもわずかなつむじ風。こんなの、何の役にも立ちやしない。
むむむと思い悩んでいると、ふと『属性』という言葉が頭に浮かんだ。
わたくしは様々な魔法が使えるけれど、1つの属性だけしか使えないという人の方が多い。
これだけの魔力を持ちながら、つむじ風しか起こせないのはおかしい。
多分、他に得意な属性があるはず。それならきっと、もっと大きな魔法が使えるのではないかしら。
「ロキ。ここらへんで教会はどこにありますの?魔力測定がしたいのですけれど」
教会になら魔力測定の魔道具が置いてある。
少なくとも、王都の中央教会には最高級のものがあった。簡易的なものでも得意な属性くらいは判別してくれるに違いない。
わたくしが尋ねると、ロキは驚くほどのアホヅラをしてみせて、明らかにわたくしを小馬鹿にしていた。
「はぁ?魔力測定だって?バッカじゃねぇの」
言葉でも馬鹿にした。流石にわたくしもムッとする。
「何がおかしいんですの?」
「魔力測定ができるのなんて、相当のお金持ちだけだろ。魔力測定するために何枚の金貨がいると思ってるんだよ。うちらの家にはそんな金はねえっての」
「え?そうなんですの?」
驚いた。
魔力測定なんて、教会にいけば誰にでもしてもらえると思っていたから。
わたくしは自分の魔力が上がったかどうか確認するためだけに何度もやっていたけど、あれはその都度お金を払っていたのね。公爵家では金貨なんて腐るほどあるから、誰も何も言わなかっただけで。
「教会なのに、そんなにお金を取るとは許せませんわ。魔力測定ができれば、自分の得意な魔法がわかって、仕事にだって活かしやすいというのに」
「そんなこと、教会に直接言ってやれよ」
呆れた様子で吐きだすロキの言葉に、わたくしはポンと手を打ち鳴らした。
「その通りですわね。直接言ってやりましょう。さぁ、ロキ。教会を案内して下さいな。行きますよ」
「え?マジで行くつもりかよ。止めておけって」
わたくしが何度もごねると、ロキも仕方なく足を動かしてくれた。何だかんだ言って優しい義弟なのだと思う。
わたくし達は、教会に向かった。
教会は村から山1つ越えたところにあった。
そこそこ過酷な道のりだと思うのに、このステラの身体はそれを簡単に乗り越える。
どんな鍛え方をしたら、こんなに身体が動くようになるのか不思議で仕方ない。
教会は、そこそこ高い山の山間部に建っていた。
厳かな雰囲気のある教会で、壁の質やデザインからして、歴史のある教会であることがわかる。
質素ではあるが清潔にはされていて、ちゃんと教会周辺も整備してある。出入り口にはそれなりの格好をした警備員もいた。
「悪くないところね」
「追い返されたあと、その言葉を言えるかどうかだな」
ロキが私の斜め後ろで呟く。
まだ幼いロキには、山1つ越えるのは辛かったらしい。息切れがまだ落ち着いていなかった。
ふ、とわたくしはロキに目を細める。
「体力のなさは、まだまだお子ちゃまですわね」
ロキの顔がかあっと赤く染まった。
「うるせぇ。ステラ姉ちゃんの強靭な身体を手に入れたからって調子に乗るな」
確かに、このステラの身体は他の人より随分とタフなようだ。でもそれとこれは関係ない。わたくしは自分の口元に手を当てて口の端を上げる。
「あらあらあら。うふふ、負け犬の遠吠えほど耳に心地好いものはございませんわね」
「~~~~!!!!」
毛を逆立てるように怒るロキが可愛い。
ロキをからかって楽しみながら、わたくしは教会の入り口に足を踏み入れた。
教会の木製の頑丈そうな扉は、手前と奥に2つあった。手前は開いていて、奥は閉ざされている。扉と扉の間に検問が設置されていて、そこにいる警備の男がわたくし達の前に立ちはだかった。男は全身甲冑をつけていて顔がわからない。兜の中からこもる声が聞こえた。
「教会に入るのであれば、証が必要ですが、お持ちですか」
わたくし達の服装を見れば、貴族らしい貴族ではないことはすぐにわかるだろうに、丁寧な言葉遣いで対応してくるあたり、本当にしっかりと管理されている教会だ。
わたくしは、証というものを渡すように言ってきた甲冑の男に視線を合わせる。
「証というものは、どのようなものなのでしょうか?」
ふむ、と甲冑の男は顎に手を当てる。
「その様子だと、お持ちではなさそうですね。ここでいう証とは、各領主からの紹介状、あるいは、それに準ずる要人の印や紋章になります」
平民が貴族に紹介状を依頼できるわけがない。貴族から貴族である領主に紹介してもらう。そういうこと。
「つまり、すべての民を受け入れるはずの教会に、貴族か貴族の関係者しか入れないということなのでしょうか」
わたくしが前のめり気味に言うと、いいえ、と甲冑の男は首を振る。
「教会自体には誰でも入れますが、この『女神の部屋』につながる扉の中には、許された者ーーーつまり、危険人物ではないと証明された者しか入れないということです」
「わたくしは危険人物ではありませんわ」
自信を持ってわたくしが言うと、甲冑の男は困ったように首を傾げる。
「危険人物が、自ら『自分は危険人物です』と言うわけがないでしょう。自己申告で出入りできるのであれば、私達は必要ありません。証がないのであれば、『女神の部屋』には入れませんので、お引き取りを」
す、と右手を伸ばされた先は、教会の扉の外。大人しく帰れ、と。
いいえ、とわたくしは首を振る。ここまできて何も得ずに帰るわけにはいかない。
「魔力測定は、すべての民に使う権利があるはずです。有限である魔道具とはいえ、あれは神の力ではないのですから」
魔力測定機は、教会に置かれている。しかしそれは今世紀に入ってから急に出現したもの。教会は神の力と言っているが、どう考えても人が造ったものである。
というのも、簡易的な測定器をわたくしが使って、魔力が高過ぎて壊れたことがあるからだ。しばらくしたら、もっと高度な測定器が置かれるようになった。
直した人がいるのだ。
ーーーあれだけの力を道具に付与できるということは、世界最高の魔術師である、魔塔主あたりの創作物だろう。
たがらわたくしがはっきりと「神の力ではない」と言うと、丁寧に対応していた甲冑の男の声が、急に厳しいものへと変わった。
「ーーー何だと。戯言を言うな」
ドン、と身体を押されて私はバランスを崩して地面に倒れた。
「あっ」
「イデア」
ロキが慌ててわたくしに駆け寄る。
「何するんだ、いきなり」
甲冑の男は、私を見下ろす形で睨み付ける。
「それはこちらの台詞だ。教会を愚弄するなど」
「戯れ言かどうかは、調べてみたらはっきりするのでは」
「まだ言うか」
男は腰につけた剣の鞘に手を当てるのを見て、わたくしは目を見張る。まさかこんなか弱い女性に向かって剣を抜こうとしているのではないでしょうね。
わたくしは風魔法を使って、甲冑の男の足元につむじ風を作った。男はその風に片足を絡ませ、男はぐらりと揺れる。
「!??」
バランスを崩したが倒れないように体勢を整えようとする甲冑の男のもう片方の足を更につむじ風で揺らす。
今度はもう片方。更にもう片方。
男がバランスを取ろうとする度に、わたくしが魔法で男の足を絡ませるから、男はまるで下手くそなダンスを踊っているような姿になっていた。
思わずわたくしとロキは声に出して笑ってしまう。
男は怒り心頭に発するという風に、ブルブルと身体を震わせた。
「ーーー許せんーーー」
呟いて、とうとう男が剣を抜いた時。
「待て」
と、男を制止する凛とした声が響いた。
甲冑の男とわたくしとロキが、その声の方を振り返る。そこには淡い水色の長い髪を1つに括った、ひょろりと背の高い男が立っていた。
お飾りか、片方だけの眼鏡をかけて、眼鏡はピンクゴールドの鎖で耳に繋がっている。
「フィンレー様っ!!」
甲冑の男は、そのフィンレーと呼ばれた水色の髪の男を見て、一気に頭が冷えたらしい。
すぐにフィンレーという男に敬礼して頭を下げた。
フィンレーは目元は笑っていないものの、優しい口調で近づいてくる。
「一般の女性に剣を抜くなどと騎士としてあるまじき行為。処罰ものであることは理解しているだろうね?」
「し、しかし、この女が」
「言い訳無用!」
ピシャリと言われて、甲冑の男は無言で俯いた。
「ーーー申し訳ありません」
甲冑の男が元々の紳士的な声に戻ったのを確認して、フィンレーはにこりと笑うと、片方の手の平を広げて甲冑の男に向けた。
「反省すればよし。こちらの方々は私が対応しよう。さがるといい」
「は」
甲冑の男は、静かに後ろに下がる。
フィンレーは、わたくしとロキの前に立ち、そして転がるわたくし達に手をのばした。
「まずはお立ち下さい」
「、、、、」
わたくしとロキは視線を合わせてから、こくりと頷く。そしてフィンレーの手を借りて立ち上がると、服についた砂埃を手でパンパンと払った。
「ーーーそれで?貴方達は、教会に何の用ですか?部下の話では『女神の部屋』に入るための証は持っていないようですが」
わたくしはさっきの甲冑の男に対して言ったことと同じことを話す。
「魔力測定にきました。『女神の部屋』に入るための証はございませんが、そもそも全ての民に等しく手を差しのべる神に、金銭での『証』というものが必要であることに対して、疑問を抱いております」
わたくしがそう言うと、フィンレーは「なるほど」と手を打ち鳴らした。
「そのためにわざわざここまで来られたのですね。では、詳しくご説明いたしますので、まずはテーブルに着きましょう。ご案内致します。こちらへ」
フィンレーは、自分についてこいとばかりに歩き始めた。その後ろを歩こうとするわたくしを、ロキが止めた。わたくしの裾を引っ張って首を振る。
「イデア。もう帰ろうぜ。ここで粘ってもろくなことにならねぇよ」
まぁそうでしょうね、とは思う。
まさか剣を抜かれるとは思わなかったけれど、ここは教会。国の勢力は2つに分かれており、国王派と教会派が同等と言っていいほどに、教会の力は強い。
その教会を敵に回して、立場が良くなるということはありえないだろう。けれど。
ーーーわたくし、心の底から負けず嫌いなのよね。
「ロキ。不安なら、わたくしのことは気にせず帰りなさい。わたくしは一人でも帰れるから」
「そういう問題じゃなくて」
「ロキ」
わたくしだって、可愛い義弟を危険に曝したいわけではない。できれば帰って欲しい気持ちがあった。
しかし、ロキは帰らなかった。
「、、、見捨てれるわけねぇだろ。でもどうなっても知らねぇからな」と言葉を吐き捨てながら、早足でわたくしの前を歩き出す。
微笑ましいことこの上ない。
わたくしはにやける顔を抑えきれずに、ニヤニヤしながらロキの後ろを歩いた。ちらりと振り返ったロキは、わたくしの顔を見て「気持ち悪いからその顔やめろ」と苦虫を噛み潰したような顔をしてみせる。
フィンレーに案内されたのは、表側の教会の入り口に入ってから、祈りの間の奥。懺悔や相談を行うための、防音魔法を施された部屋の中に誘導される。
「お座り下さい」
木製のがっしりとしたテーブルと椅子の場所を促されて、わたくし達は様子を確認しながらゆっくり座る。特にロキは緊張しているようだった。
わたくし達が座ったのを確認して、フィンレーも向かいの椅子に腰を降ろした。
「さて。私達の神に対して『金銭』を求めることがおかしい、とのことでしたね」
「おかしい、というか『魔力測定』のために金銭を要求するのはいかがかということですわね」
はっきりとわたくしは述べる。
「それは何故ですか?私達が何をするにも金銭ば発生する。お布施という形でいただいたお金で、慈善活動も様々な修復や保持を行っていることはご存知なのでしょう?」
文句を言うなら、そのくらいは理解していて当たり前だろうという態度。少し腹が立つ。
「勿論、その辺は理解しておりますわ。ですが『魔力測定』に関しては神の力ではないわけでしょう。それを、まるで神の力で測定しているかのように教会がお金を徴収していることに、わたくしは憤慨しているのですわ」
フィンレーの細めの眉が少し動く。
「何故、神の力ではないと断言なさるのです?」
何故って、とわたくしは呟く。
「『魔力測定』は、魔道具でしょう。しかも、そう昔のものでない、ここ何十年前に開発された魔道具ですわ。魔道具管理にお金がかかるにしても、いくらなんでも、金貨何枚とか、まるで人を選別するようなやり方は、とてもではないですがわたくしはーーー」
そのわたくしの声に被さるように、フィンレーは圧のある声で呟いた。
「『魔力測定』が魔道具であることを知っているのは、ごく限られた上層部の人間に限るのですけどね。貴女はそれを断言するのですね」
え?そうなんですの????
ぎょっとして、わたくしはフィンレーを見つめる。
「『魔力測定機』は、間違った使い方をすると、魔力や魔法を乱用して大犯罪や災害に繋がるかもしれないと危惧されて、教会に一任された。基本、『魔力測定』は一生に一度するかどうかの代物。あえて大金を要求して貴重性を持たせることで、乱用する人を防いでいるのです。金貨数枚が必要なこの魔道具を、何度も使用するなんてことはないでしょうが」
わたくし、些細な魔力の上昇確認程度で何度も使用していましたけど。
「そ、そうですのね。そんか事情があるとも知らず、失礼いたしましたわ」
うふふ、とわたくしが誤魔化すと、フィンレーは誤魔化されないぞとばかりにわたくしに顔を近づけた。
「魔道具ということを、何処でお知りになったのですか?」
フィンレーという男。目は細いけれど、なかなか整った顔をしているのね。細身の男は好みではないけれどーーー。なんてことを考えている場合じゃない。
「あ、あら。どこだったかしら。わたくしはどこかで聞いたような気がしたのですけどね」
「そんな曖昧な風の噂で、貴女はこれほどの強気で断言されたのですか?」
「、、、、、」
視線が合わせられない。
実はわたくしはノイグラー公爵令嬢ですの。強力な魔力ゆえに一度、『魔力測定機』を壊してしまいまして。それによって、魔力測定のことを知っているのですわーーー。
なんてことを、ここで正直に話していいのかしら。
いや、この世界は魔法が使えるだけに『悪い魔女』への嫌悪も強い。この身体が入れ替わったなどと話したら、下手すると拘束監禁されてしまうこともあるかもしれない。
迂闊には話せないということだ。ロキには話してしまったけれど。
「、、、、、、」
神様が枕元に立たれたとか、夢の中でとか、色々誤魔化す方法を考えてはみたけれど、どれもあまりに胡散臭すぎて、口に出すことはできなかった。
ここはーーー沈黙が正解でなくて?
わたくしが考えるふりをして沈黙が続く。
だいぶ時間が過ぎた頃、さすがに時間の無駄と思ったらしいフィンレーが、ため息を1つ漏らした。
頭を抱えるようにして、目を伏せる。
「、、、貴女は、、、」
フィンレーが何かを言おうとした時に、コンコンと扉をノックする人がいた。
フィンレーは言いかけた口を閉じて、その扉の方を振り返る。
「取り込み中ですが?」
「申し訳ございません。しかしフィンレー司祭にお伝えしなければならないことがありまして」
フィンレー司祭。
わたくしは改めてフィンレーを眺める。
先ほどの騎士への態度。神官の長である司祭ならば、それもそうかと思う。ここは教会なのだから、司祭がここの一番上になる。
「何でしょう。簡潔にお願いします」
許可を貰い、扉の向こうの人物が足音を打ち鳴らす。凛々しい口調からして騎士だろう。
「は。申し上げます。東門側に、A級レベルの魔物が2体現れたとのことです」
「A級の魔物が2体?もう東門を越えたのですか?」
フィンレーも予想もしていない内容だったのでしょう。フィンレーは立ち上がって扉を開いた。
扉の前にいたのは、わたくしより少し上程度の、若い騎士だった。扉の前に片膝をつき、頭を垂れている。
「いえ、まだ東門は突破されていません。しかし、時間の問題かと」
「くっ。何故あのお方がいない今、現れるのか」
フィンレーは苦い顔をして、勢いよく懺悔の部屋を出ようとした。だが、ふとわたくしを振り返り、わたくしを見下ろした。
「危険な目には合わせないと誓います。どうか貴女も同行して下さい」
上から見下ろして話すなんて、とてもお願いする態度ではない。わたくしは相手がわかりやすいように口を歪めて「何故わたくしが」と反発する。
そんなわたくしをまるで叱咤するように、フィンレーは口調を強めた。
「駄々をこねている場合じゃありません。東門が突破されたら大勢が死ぬ。貴女も安全ではなくなるんですよ」
上からかつ叱咤されて、さらにわたくしは拒絶反応を示した。
「でも魔物に対して、わたくしができることなど皆目ございませんわ」
わたくしがそう言うと、なんだか『ブチッ』と切れた音が聞こえた気がした。
冷静だけど笑顔を崩さないというスタンスそうなフィンレーが、鬼の形相に変わっていた。
「グダグタ言うな!『魔力測定』の話は免除してやるから、とっととついてこいっ!!」
ーーーーこわっ。
ニ面相ってこういう人のことを言うのね。
人の頭に角の幻覚を見たのは初めてで、わたくしとあろうものが、圧倒されてつい、フィンレー司祭の指示するままに従ってしまうのだった。