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ジュリアン 母上からの呼び出し

 マクギナス王国の第一王位継承者であるロイス兄の誕生祭が開催されるまで、あと2週間を切った。


 王宮は、その準備で慌ただしく、のんびりと過ごしているのは俺くらいかもしれない。


 俺つきの侍従のマテオでさえ、あちこちから引っ張り出されて、たまに俺にお茶を入れにくる程度で、顔を見せない時間の方が多い。


 すっかり冷めてしまったお茶を飲みながら、俺はため息を1つついた。

 

 イデアが俺との婚約を受けてくれたこと。

 それはとても嬉しい。

 ただ、王である父にその話をしたら、イデアとの婚約はロイス兄の誕生祭が終わってからだと言われた。


 そんな気はしていたので多少なり覚悟はしていたけれど、実際、そう言われてしまうと気が気でなくなる。


 結局、イデアが了解してくれようとも、婚約式が終わらないことには婚約が確定しない。

 誕生祭でイデアを見初めた男がいて、その男が無理やりイデアを奪ったとしても、俺は何の文句も言えないのだ。

 結局は他人。

 獲られた方が悪いのだと。


 イデアは小さい頃から、異常なほどに誘拐犯に狙われていた。誘拐犯だけでなく、殺人犯にも。


 イデアが最強すぎるせいで、ノイグラー公爵家でさえ、それが当たり前となって放置されているが、それもおかしな話。


 公爵は王族に次ぐ爵位を持ち、その命を狙う人物も少なくないため、相当の警備が配置されているはずなのに、それを易々と乗り越えてイデアの元に辿り着かれている。


 そうなってくると、ノイグラー公爵自身が、それを依頼しているのではないかと思ってしまうのだが、公爵のイデアへの溺愛を見ていると、そうでもなさそうだ。

 だけど、どうにも納得できない部分が多い。


 最強の部類であるイデアを誘拐や殺害して、身代金を得ようとするには、リスクが高過ぎる。

 誘拐犯としても、身代金は下がってでも他の公爵や伯爵などの、魔法も使えないような大人しい令嬢を誘拐した方が、効率は良いはずだ。


 結局、イデアが誘拐されたのは、俺と婚約したばかりの頃の1回だけで、それ以外はイデアに返り討ちにされている。


 実際、俺と王宮で過ごしている時にも、イデアを狙う刺客はやってきて、それをイデアの類いまれなる魔法能力でカウンター攻撃を放ち、事なきを得ていた。


 王宮に誘拐犯が出たのだ。

 大騒ぎになってもおかしくないのに、周囲は「またか」という感じで、あまり騒がれていなかった。


 正直、俺もイデアが『悪魔の豚姫』などという二つ名をつけられるほどに、暴虐非道な行為を行っているのが悪いのだと思っていた時もあった。


 イデアが王宮にきては何かにつけて不満を言って暴れまわり、被害がない時の方が少なかったからだ。


 はっきり言って、俺はイデアが大嫌いだった。


 あの高飛車な態度。

 人を人と思わない残酷さ。

 王子である俺にさえ、見下すような視線を向けて、嘲笑う。


 そんなイデアが急に変わってしまったのは、もう半年以上も前のこと。


 俺は少しずつイデアに惹かれて、恋を自覚した。

 婚約者候補ではなく、正式な婚約という形にするという口約束までして。


 ロイス兄の誕生祭が終わったら、すぐに婚約式をあげるつもりだ。婚約さえしてしまえば、ひとまず余計な心配はしなくて済むはず。

 

 ノイグラー公爵ではないけれど、俺だって、いっそイデアを王宮に閉じ込めてしまいたいくらいだった。

 誰の目にも触れられないように。

 俺と二人で、穏やかに王宮の中で過ごせたらいい。


 今のイデアなら、それも可能な気がする。


 王宮の端にでも、イデアの望む花壇と牛舎を作り、その横に小さな屋敷でも建てて、のんびり笑って暮らしたい。


 誕生祭が終わって婚約さえできれば、それは夢でもなくなる。

 現実として、前向きにイデアとの未来を考えていけるのだと思うと嬉しくもあり、反面、誕生祭までに何か起こらないか不安でもある。


 そんなことを考えていると、自室の扉をコンコンとノックされた。

「入れ」

と声をかけると、マテオがひょっこり顔を出した。


「お休みではなかったですか?」

 俺は苦笑する。

「いつまでも子供扱いしないでくれ。昼寝をするような歳はもうとうに越えている」

「そう言いながら、たまにうたた寝してますよ、殿下」

 軽やかに笑うマテオは、実に気安い男だ。

 昔からの侍従であるから、俺に対してあまり遠慮をしない。


「人間なのだから昼寝くらいするだろう。それよりどうした。誕生祭に使う品物の会計の人員として呼び出されていたんじゃないのか」

 ポリポリとマテオは茶色の髪を搔く。

「はぁ、そうなんですけどね。王妃様が、殿下と話がしたいと仰られているようで」

 慌てて俺は立ち上がる。

「そういうことは早く言え。母上を待たせてしまうじゃないか」


 病弱だった俺を、両親も、そしてロイス兄も、それは大切にしてくれた。割れ物を扱うようではあったけれど、苦しい日々の中で耐え抜けたのは、彼らのおかげと言っても過言ではない。


 健康になった今、ようやく、彼らは俺に健康以外のことを期待するようになってきた。

 これまでの御礼として、俺は彼らの望むできるだけのことはしたいと思っているのだ。


 王宮のやや西側にある『妃の殿』に辿り着く。

  ここはか王妃や、側妃、妾などが暮らす宮殿で、 今は、母である王妃と、1人の側室だけが暮らしている。


 なぜそんな複雑な状況に、あえてしているのか、全く理解できない。喧嘩を起こそうとしているとしか思えない。これが代々伝わる形式だと言われるが、母が可哀想に思う。うっかり側室と顔を合わすことなど、したくなかろうに。


 俺は、側室に会わないか気にしながら、『妃の殿』の廊下を歩いていく。


 昔、多くの側室と妾を持っていた王がいて、その女達のために、その王は『楽園』を作った。

 『王』の女達がそれぞれの部屋から、いつでもくつろげる場所に向かえるように、部屋から続くいくつもの廊下と、それに続く広大なフロアがある。


『楽園』と呼ばれるそのジャングルのような場所は、観葉植物や噴水が各地に点在している。その近くに大きすぎる天蓋があり、その下に丸いテーブルと、くつろげる椅子が準備されている。


 人前で、当時の王が()()()()行為を行っていたのかと思うと、吐き気がする。


 俺はその『楽園』を抜けて、母上の部屋に向かった。


 さすがに王妃と側室の部屋の場所と大きさは差別化されている。

 王妃の部屋は、王の住む宮殿に直接続くようになっていて、一番東側にある。部屋の大きさも、側室達の部屋の何倍もあり、一般の『屋敷』と呼ばれる建物の中央フロアくらいはすっぽり入れそうな広さだ。


 母上は、気こそ強いが、本来、俺と同様にあまり身体が強い方ではない。

 真っ直ぐに伸びた銀色の髪を揺らし、ほっそりとした身体で俺に寄り添ってくる。

 彼女の中では、俺は未だに小さな子供なのだろう。


 俺が部屋に入ったら、また、子供扱いしてくるんだろうなと思いながら、母上の部屋までの道を1人で進んでいった。

 

 途中、人影が見えた。男が2人、並んで歩いている。

 まだ『楽園』の近くではあり、王妃と側室との部屋の境目ではある。

 しかし、この『妃の殿』に入れる人物は限られていて、特に男は王か王子か。あるいは去勢を施した召使いの男しか入れない。


 万が一、他に入れるとしたら、王や王子と同行していることが原則となる。


 ロイス兄は誕生祭の主役のため、このような場所にくる時間はない。となると、残るは王である父上か、それ以外の王子。


 王妃から生まれた王子は、ロイス兄と俺しかおらず、残る1人は側室の子供であるダビンだけだ。


 片方の人物にウェーブのかかった金色の髪を見つけ、俺は小さく舌打ちをした。


 やはりダビンだった。


 王族の証である金色の髪を持つダビンは、自分が側室の子であることをあまり理解していない。自分が正統の王子だと言わんばかりに、俺やロイス兄に偉そうな口調で話してくる。

 

 王妃である母上はギャリソン侯爵の娘だが、側室であるフライアもトラス侯爵の娘であり、そもそもの地位に差がない2人に、父上が王妃と側室という上下関係を作ってしまった。

 だが、フライア自身がそれに納得できていないようだった。


 フライアは母とは違って、気こそ強くないように見せているが、その実、母上よりも執念深く、陰険な性格だった。

 その性格をより強く受け継いだダビンは、小さい頃から、病弱な俺に対して悪質な言動を繰り返し言い続けてきた。

 わざわざそのことで、多忙な父上に心労をかけるわけにもいかないと、自分の中だけに留めてはいるが、なかなかの糞野郎だ。

 万が一、この男が王にでもなろうものなら、すぐに国は終わると思う。ダビンが王になった当日には、俺は他国へ亡命しているに違いない。


 俺は近寄った時に、ダビンの隣にいる男に視線を向ける。

 ダビンより頭二つ飛び抜けて大きい男だった。

 赤いマントをつけて、堂々と『妃の殿』を歩くその姿。見たことがある。


 現、王宮騎士団長。

 ルース・モア。

 魔力の強さがレベル90あるということで有名な騎士団長。

 彼が騎士団長に抜擢されたのは、かつてダルネルという前騎士団長が、左足を失って退団したからだ。

 英雄にして、国民からも人気のあったダルネルに比べて、真面目すぎる彼は威圧的で、やや不安視されている。


 なぜこの2人が一緒にいるのか、不思議だった。


 すれ違いざまに、ダビン王子から嘲笑の声が聞こえる。

「おや、ジュリアン。思ったより元気そうじゃないか。噂通り、健康になってきたみたいだな」

 くっくっと、イヤミに歪めた笑い声が耳障りだった。

「お陰様で」

 俺が無表情で返事をすると、ダビンはまたくっくっと笑った。

「聞いたところ、あの『悪魔の豚姫』と、正式に婚約するとか。お笑い草だな。そこまでして『地位』が欲しいか。王宮でも肩身が狭い、病弱ジュリアン殿下様よぉ」


 ピクリ、と俺の肩が揺れる。

「、、、は?」

 俺が聞き返すと、ダビンはケラケラ笑って、俺の肩をバンと叩いた。

「とうとう耳まで悪くなったのか?最悪だな。まぁ、それだからこそ『悪魔の豚姫』とはお似合いなんだろうがな。しかし、ただの形だけの婚約かと思えば、毎日のように逢い引きしてるんだって?」

「毎日ではない」

「ははは。でも頻回には逢っているんだろう。()()豚姫と。趣味が悪いにもほどがある。俺は土下座して頼まれても絶対に御免だね。公爵令嬢とはいえ、あの豚とはとても、いちゃつく気にはなれんな」

 

 ゲラゲラとひとしきり笑った後、ダビンはまた、俺の背中をバンと強く叩いた。

 前なら、俺はそれだけで床に転がっていただろうが、健康になった上に鍛えている俺は、びくともしない。

 むしろ、叩いた方のダビンが叩いた反動でぐらついて、軽く転びそうになっていた。

 もしここにマテオがいたら、容赦なく吹き出していたに違いない。王子を笑うと不敬罪になるので、マテオがここにいなくて良かったと心から思う。


「くそ」

と小さくダビンは呟いた後、自分のせいなのに俺を睨み付けてきた。

 

「ちょっと健康になったからって、いい気になるなよ。むしろ、お前は病弱であった方が良かったんだ。そのせいで苦労しそうだな」

 

 よくわからないことを口にして、ダビンは今度は俺の足を踏んづける。

 腹が立ったので、その足を引っ掻けてやると、ステンとダビンは床に転がった。


 俺はくすりと笑って、転がったダビンを見下ろした。

「ダビンは、もう少し鍛えた方が良さそうだな。折角、王宮騎士団長と一緒なんだ。鍛え方を教わるといい」


 そういって、俺はダビン達から離れていった。

 俺の後ろで罵詈雑言が聞こえてきたが、無視した。あいつに構っていて、ろくなことはない。


 俺は母上の元に向かった。

 ダビンのことよりも、母上が俺に何の用があるのかという方が気になった。


 イデアのことは、母上も気に入ったようだったし、婚約についても特に反対していなかった。

 母上も、王妃としてロイス兄の誕生祭を祝う準備で忙しいはず。

 それなのに、わざわざ、今、俺を呼び出す理由がわからなかった。


 慌てて母上の部屋に行き、母上に取り次いでもらって母上の部屋に入ると、真っ直ぐな銀色の髪の母は、笑顔で俺を抱き締めた。


「今日も元気そうで嬉しいわ、ジュリアン」

 

 母上は、俺より20歳年上のはずだが、姉と間違われてもおかしくないほどに若く美しい。


「お忙しい中、私を呼ばれたとのことで、急いで馳せ参じました。いったい、どのような用件ですか」

「そうなのです、忙しいのですよ」

 はぁ、と母上は青い瞳を閉じて、俺を手招いた。

「、、、何ですか?」

 嫌な予感がして、戸惑いながら近寄ると、がしりと俺の腕を捕まれた。

 びく、と俺は強張る。


 パアッと明るい笑顔になって、母は俺の首に、どこからともなく取り出したタイを当てた。ド紫の、趣味の悪いネクタイだった。

「これ、貴方のお父様にどうかしらと思って。お父様は王様だから、とても忙しいでしょう?だから、同じ髪をしている貴方で、お父様の代わりに合わせれないかなと思ったのです」

「、、、、、」

 ちらりと周りの侍女達に目をやると、申し訳なさそうに首を振っている。


 母上は、王国では常にオシャレなファッションリーダーとして有名であるが、それは侍女達の並ならぬ努力の賜物であって、本当はかなり趣味の悪い人だった。その趣味のものをちゃんとつけて温かい瞳で見ている国王も、蓼食う虫であるわけで。


「、、、母上。申し訳ありませんが、それは国王の名誉のために、誕生祭は控えた方が宜しいかと」

 俺がそう言うと、母上はむっとして俺を睨んだ。

「ちょっと、ジュリアン。健康になったのはいいけど、少し口が悪くなったのではありませんか?母上の愛のネクタイをそのように言うなんて、、、」

 よよよ、と泣くふりをする母上を、冷たい瞳で俺は眺める。


 自分中心のこの感じ。

 母上のことは大好きだが、この性格はいただけないな、と心の中で思う。


 母は、どちらかといえば、以前のイデアに似ているところがある。ワガママで、自分の言うことが全て正しいと思っているような、そんな人だ。


 俺には優しいものの、気の強い女性との対立は、これまでも何度も目にしてきた。以前のイデアと仲が悪かったのも、俺はただの同族嫌悪だと考えている。

  

 だからといって、イデアをパーティーに呼ばないというやり方は、子供じみていたと今になって思うけれど。


「用事がそれだけなら、俺はこれで失礼します」

 俺が踵を返すと、またガシリと腕を掴まれた。

「待って待って。他にもありますよ。ちゃんとジュリアンのも準備しているのですから、ゆっくりお茶でも飲みながら、吟味していってちょうだい」


 無駄にキラキラした視線を向けられて、俺は、はぁ、とまたため息を漏らした。


 イデアが今のイデアで良かった、とつくづく感じる。

 以前のイデアだったら、俺は病弱とともに、女難にも悩まないといけなかったかもしれない。


 そんなことを、ぼんやりと思った。

 

 

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