ステラ 花娘って素敵ですね
「1、2、3。1、2、3。はい、結構」
王宮内のこと。ダンスを教えてくれる先生が、終わりの合図で手を叩いた。
「ほぼ完璧と言って良いでしょう。イデア様、よく諦めずに頑張りましたわね」
濃い口紅をつけた先生が、にこりと微笑んだ。
イデアさんの悪い噂はまだしつこく残っていて、はじめはダンスの指導を激しく断っていた先生も、根気強い説得でようやく引き受けてくれて、今では良好な関係を築けている。
「ありがとうございました。先生の素晴らしい指導の賜物です」
私がそう言うと、ほほほと先生は高らかに笑った。
「本当に、イデア様の噂は何だったのでしょうね。こんなに素敵なレディなのに。噂とは怖いものですわね」
「、、、、」
舞踏会終わって、私がイデアさんに会ったら、身体がまた入れ替わって、元に戻るかもしれない。
そんなことを考えていたけれど。
そう言えばイデアさんは、『悪魔の豚姫』と呼ばれるほど残酷非道な人物、という噂だった。
元の身体に戻ったら、そのまま命を奪われたり、しないよね?
そんな考えも浮かんでしまった自分に苦笑する。
「イデア」
ジュリアン王子に呼ばれて、私は振り返る。
投げ渡されたのは、茶色の髪のつけられた帽子だった。
「王都の大通りで、夏祭りがあっているらしいんだ。今日が最終日なんだが、一緒に行ってみないか」
「ーーー夏祭り、ですか」
オムラント地方に住んでいた町でも祭りはあったけれど、そんなに大きなものではなかった。その上、祭りの日は、家族みんなが祭りに行くので、留守番と称して、私が祭りに行くことは許されなかった。
出店が出てたり、路上でジャグリングをする人がいたりと、とても面白いのだと、同じ町の人に聞いたことがある。子爵家にいる間は無理だろうと諦めていたけど、とてもとても行ってみたいとは思っていた。
「行っても、いいのですか?」
私が期待を込めた目をすると、ジュリアン王子は優しく微笑んだ。
「あぁ、勿論だ。一緒に行こう」
それからは、素早く準備が整えられた。
王宮の侍女達がぞろりと集まり、私の周りを囲んだ。
「この茶色の髪は、地味にみせるためにおさげにしましょうか」
「地味にするとは言っても、リボンをつけるくらいは良いのではないですか?」
「この花柄のワンピースは、祭りっぽくて良いですね。お似合いでしょう」
「変装するので、この顔の布は取りますね」
次々にアイテムを揃えられて、私は着飾られていく。ほどよく地味に、というコンセプトのもと、わざと抑え気味の化粧をされて、イデアさんらしさは消えていく。
気付けば、イデアさんとは全然違う人になっていた。王宮の侍女さん達の腕の良さを痛感する。
「これではジュリアン殿下でさえ、私だとわからないかもしれないですね」
私が笑うと、後ろから着替えたジュリアン王子が現れた。
「見つけられるに決まってる。こんなに目立つのに、わからないわけがないだろ」
呆れた顔のジュリアン王子は、少し不機嫌そうでもある。
「もっと地味に出来なかったのか。これでは花娘に選ばれてしまうだろう」
「花娘?」
ジュリアン王子に地味な帽子を被せながら、侍従のマテオが答えた。
「祭りで一番美人な女性を選ぶ、コンテストみたいなものですよ。最終日、そこにいる人の中で美人だと思う人に花を渡すんです。その中でも一番多くの花を貰った人が、その年の『花娘』になれるんです」
「へぇ。面白いですね」
私が笑うと、ジュリアン王子は真面目な顔で私に尋ねた。
「花娘になりたいか?」
「まさか」
と慌てて首を振る。
「バレないようにしているのに、花娘になりたいはずないですよ。面白いと思うのは、花を渡すというその内容で。沢山貰った人の花は綺麗だろうから、見てみたいなと思って。だから私が欲しいわけじゃないんですよ」
「そうか」
ジュリアン王子はまだ少し拗ねていそうな顔で、安そうなジャケットを羽織った。
ジュリアン王子こそ、と私は思う。
ジュリアン王子こそ、どんなに地味な格好をしても、その肌艶や仕草の綺麗さで、気品を隠しきれていない。
そもそもの容姿が整っているから、地味な格好をしたらむしろ周りと比較できて、目立ってしまうのは予想できた。
「じゃあ行こうか」
色気のある視線で促されて、私は「はい」と頷くしかない。
綺麗なお姉さん達が、ジュリアン王子に声をかけてきたりしませんようにと、こっそり祈った。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
王家の紋章の入っていない馬車を走らせて半刻ほどで、王都の一番大きな通りにたどり着いた。
通りは人でごった返していて、想像よりもずっと賑やかだった。
歩くにも人とぶつからずに歩けないほどで、私はジュリアン王子とはぐれないようにするのが精一杯だった。
「イデア」
と名前を呼ばれて、ジュリアン王子は私の手を繋いで引っ張る。
「ここが一番人が多いようだ。少し落ち着いたところに行こう」
「は、はい」
ジュリアン王子に従って先に進むと、ようやく普通に歩けるようになった。
ほっと一息つくけれど、ジュリアン王子の手が私の手を握ったまま離れない。
「ジュリアン殿下、、、」
声をかけて手を離そうとジュリアン王子の顔を見たら、顔がほんのり赤くなって、口は一文字になるほどに力が入っていたので、ジュリアン王子も、手をつなぎ続けていることをわかっているのだと気付いた。
握られた手がとても温かくて、私は小さく笑ってしまう。
可愛い、なんて、王子様に言ったら無礼になるかしら。
私達は手を繋いだまま、あちこち見て回った。
ピエロの格好をしたジャグラーの、巧みなジャグリングに拍手喝采してみたり、美味しそうな匂いを辺りに広げている焼き肉屋の串を齧ってみたり。
氷魔法が使えるという人が作ったアイスは、固くてジャリジャリしていた。蜜も殆んどかかっていなくて、ジュリアン王子がブツブツ文句言っているので、砂糖は平民には贅沢であることを、私が話してみたりもした。
楽しい時間はあっという間で、気付けば、夕日が大通りを赤く染めていた。
花娘を競うステージには、数人の美人が笑顔で立っていた。
私に花をくれようとした人は全て、ジュリアン王子の鋭い睨みで邪魔されて、私の手には1つも花はなかったけれど、邪魔してくれるジュリアン王子がいることが、私には嬉しかった。
花の数が一番多い女性が決定して、その人は大きな花束と、花娘になった賞金と祝いの品物が手渡される。
「あの箱の中は、何が入っているんでしょうか」
「さて。祭りだから、酒か食べ物と思うが」
「ふふ。もらう相手は女性ですよ。酒はないのではないですか?」
「褒美は女性であっても酒だったりするみたいだが」
「ええ?それは誰からの情報ですか?」
くすくすと私が笑うと、ジュリアン王子はそんな私を見て、つられて笑う。
「誰だったかな。ーーー忘れた。多分、ダンスのしすぎで、頭が満杯になったんだな。新しい情報があると、脳は古いものを忘れようとするらしいから」
花娘のステージが終わると、通りを歩く人達の流れが変わっていく。走り回っていた子供達の姿が消えて、若い男女の姿が増え出した。
彼らは肌をぴったりとくっつけて、大人な雰囲気を醸し出している。
「、、、夜の祭りになってきたな。まだ子供な俺達は、そろそろ帰ろうか」
「そうですね」
昼と夜とで、祭りの雰囲気が違うということを知らなかった。
今日、ジュリアン王子が誘ってくれなければ、私はそんなことも知らずに年を取っていったのだろうと思う。
「今日は楽しかったです」
と私はジュリアン王子にお礼を言うと、ジュリアン王子も「俺もだ」と微笑んだ。
繋がった手のまま、乗ってきた馬車の扉を馭者が開けると、来た時には何もなかった座席の足元いっぱいに、鮮やかな花が敷き詰められていた。
驚いて、隣にいるジュリアン王子の顔を見ると、ジュリアン王子は照れながら口を尖らせて、どういう表情をしたらいいかわからずに眉を寄せた。
「イデアに渡そうとされていた花を、俺が邪魔してしまったからな。詫びだと思ってくれればいい」
「詫びって、、、」
敷き詰められた花の数は、明らかに『花娘』の人よりも多い。こんな量の花、事前に準備していないと、集められるわけがない。ただでさえ、この祭りのために多くの花が使われている。集めるのも簡単ではなかったはずだ。
あは、と私は破顔してしまった。
「これじゃ、私が『花娘』になってしまいますよ。殿下1人からだけなのに」
「俺からだけじゃ不足とでも?」
今度こそ拗ねた顔のジュリアン王子に、私は慰めるように微笑む。
「いえ。ジュリアン殿下からだけで充分です。こんなに幸せな気持ちになれるなんてーーーとても嬉しくて、感謝してもしきれないくらい」
本当に、とても嬉しかった。
花なんて貰ったことがない。
初めて貰った花が、こんなにも沢山のものだなんて、私はなんて幸せ者なんだろう、と思う。
ジュリアン王子にエスコートされて、私は花いっぱいの馬車に乗り込んだ。
むせ返りそうなくらい花の匂いが馬車の中に充満していて、それさえも涙がでそうなくらい嬉しい。
ジュリアン王子も馬車に乗り込んで、その花の香りに顔をしかめた。
「すごい匂いだな。イデア、大丈夫か?」
「ふふふ。この香りは、一生忘れないでしょうね」
忘れたくない、と思った。
もし私が元の身体に戻っても、絶対にこの記憶は忘れない。
ジュリアン王子と一緒にお祭りに行ったこと。むせ返るほどの花の香りに包まれたこと。
ジュリアン王子は、私の微笑んだ顔を見て、一緒に笑っていたが、しばらくして少し黙る。
匂いのせいで具合が悪くなって顔が強張っているのかと思ったけれど、そうではなく。
神妙な様子で、口を開いた。
「イデア。少しだけ、いいだろうか」
「はい?ええ、大丈夫ですよ」
頷いて、私は姿勢を正した。
何か大切な話のようだ。
舞踏会についての、この先の重要な注意事項の確認かしら、と考える。
舞踏会まで、あと1ヶ月を切った。
そろそろ、本格的に社交界の重要人物の名前を覚えたり、社交界のルールやマナーをおさらいしたり。
まだまだすることは沢山ある。
どれから手をつければいいのかわからないけれど、ジュリアン王子のパートナーとして、ジュリアン王子の足枷になることはないように、ちゃんとしないとと気合いが入る。
「私は次は、何をしたらいいのでしょうか?」
「俺と、ちゃんと婚約して欲しい」
ジュリアン王子は、はっきりとそう言った。
私の目をまっすぐ見つめて、少しも反らすことなく、真剣な表情でそう言った。
「、、、、え?」
ジュリアン王子の頬が、夕日に染まっていた。
いや、これは夕日の赤さではないのかもしれない。
「舞踏会のパートナーになるということは、そういうことだと、暗黙の了解で判る。だが、そういうものじゃないんじゃないかと思ったんだ。そんな成り行きのような、ぼんやりとした婚約者ではありたくなくて」
馬車に乗る時に離されたジュリアン王子の手が、また私の手にそっと触れた。
「滅多に舞踏会に出なかったイデアが、ーーー今のイデアが舞踏会に出たら、間違いなく求婚が殺到する。『花娘』なんかよりずっと、注目されるだろう。そんなことになる前に、ちゃんとイデアとの関係を、はっきりさせておきたかったんだ」
ジュリアン王子の手の熱は、私の手にも移り、私の身体を一気に温める。
身体が燃えているのではないかというほどに発火して、肌がビリビリと痺れた。
「イデアの、頑張る姿が好きだ。笑顔を絶やさない心の強さも、何でも前向きに考えようとする、その深く広大な海のような穏やかさも、すごく好きだ」
そしてジュリアン王子は、もう一度、私に告白する。
「ーーーだから、俺の正式な婚約者になってくれないか」
息が止まるかと思った。
涙がでそうになった。
私がこんなに幸せで、いいのだろうか。
母の記憶も殆どなく、ピノット家でも邪魔者扱いだった。学校でも敬遠されて、いつも1人でいた。
そんな私が、こんなに幸せを感じても、いいのだろうか。
イデアさんの身体にいるけれど、ジュリアン王子は私の心を好きになってくれた。
私のことを理解してくれていた。
私の頬を、温かいものが一筋流れ落ちる。
私も、もう片方の手でジュリアン王子の手に触れる。
「はい。ーーー宜しくお願いします」
私は微笑んだ。
イデアさんこ身体でこんな勝手なこと、許されることではないけれど。
お願いしようと思った。
舞踏会終わって、イデアさんに会ったら。
このままの姿でいさせて欲しいって。
何でもするから。
私にできることは、精一杯、何でもするから。
この身体でいさせて欲しいと、イデアさんにお願いしてみようと思う。
もしイデアさんが激怒して、私が殺されたとしても。
1%の可能性を信じて。




