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イデア とある女性の行方を探しますわ

「イデア、本当に大丈夫か?少し休もうか」

 馬車に揺られて帰る間、ずっと弟のロキが心配してくれていた。わたくしはそんなロキの頭を撫でて、たまにギュウと抱き締める。

「ちょ、やめろよ。マジで」

 照れて嫌がるロキが可愛い。


 オムラント辺境伯の屋敷で倒れたわたくしは、目が覚めてから落ち着くまで、しばらく休ませてもらっていた。けれど、ピノット家の仕事もあるため、心配するアレクシス様をどうにか説得して、帰宅の途についた。


 馬車の中で考えるのは、あの『記憶』は何だったのかということ。

 オムラント辺境伯夫人が泣いていて、何度も誰かに謝っている映像がわたくしの頭に浮かぶ理由がわからない。


 もしかしたら映像を残す魔道具でも設置されていたのかもしれないけれど、映像を残すにしては、あまり良いシーンとは言えない場面だった。


 泣きながら謝る夫人が抱えていたのは、骨張って痩せ細った少女。

 多分、アレクシス様の妹なのだろうが、かなりぐったりとしていて、息をしているかどうかも怪しいほどに脱力していた。

 まさかーーーと疑ってしまうが、それではアレクシス様が救われない。


 アレクシス様の妹であるレイラは、きっとどこかで生きていて、いつか兄の心を救ってくれるものと祈るしかなかった。


 ガタガタと馬車は揺れる。

 ピノット家は貧しいため、馬車を借りる金銭的余裕はない。アレクシス様がわざわざ、ピノット家との往復のために馬車を準備してくれていた。

 

 馬車に慣れないロキは、わたくしの心配をしてくれながらも、自分自身の顔色が悪くなってきていることに気づいているかどうか。


「ーーーロキ。わたくし、確かに疲れてしまいましたわ。一度、馬車から降りて、少し休みませんこと?」

 わたくしの言葉に、ロキはわずかにホッとした表情を浮かべる。

「そうだな。そうしようか」


 そうしてわたくし達は、オムラント辺境伯の屋敷とピノット家のちょうど中間点辺りの、小さな町に降り立った。


 ここはいつも素通りするだけの町で、この町に入るのは初めてだった。

 入ってみると、小さい町ながらも、通りには人がそれなりに行き来している。すれ違う人達は多くの人が笑顔であり、悪い場所ではなさそうだ。


「休めそうな場所はあるかしら、、、」

 辺りを見渡すと、少し離れたところに茶店が見える。室内と野外と両方で飲食できる店のようで、野外はウッドデッキタイプになっていて、その上で雑魚寝をしている人もいる。

 空気に当たって、ゆっくりできるだろう。


「あそこにしませんか?」

「饅頭屋か。いいね、美味そうだ」

「饅頭屋、、、、」

 ロキにはお茶より菓子のイメージの方が強いということか。

 アイザックといい、この土地の男性はお茶の良さをわかっていない人が多いような気がする。お茶は文化であり、教養であり、娯楽であるというのに。


 わたくしはロキにお茶の素晴らしさを伝えながら、その茶店まで歩いていく。

 わたくしの意義あるお茶話を鬱陶しそうにしていたロキは、店について早々に「饅頭2つ」と店員に頼んでいた。

「お茶も2つお願いいたしますわ」

「俺はお茶は別に、、、」

 いらない、と言いそうなロキを、わたくしは目で威圧した。ロキの口がそっと閉じるのを確認して、わたくしは表情を元に戻す。


 ウッドデッキの横には大きな木があり、その木から伸びた枝が、良い感じで日除けになっている。

 わたくし達はそのデッキに座り、一息ついた。


「良い天気ですわね」

 もうすぐ夏が来る。

 王都ではこの時期になったら、暑さ対策のものが出回るのに、このオムラントではまだそこまで見かけない。むしろ冷害対策をするくらいなのだから、基本的に暑くならない土地なのだろう。


 ふんわりと浮かんで、ゆっくり動く雲を見ながら、わたくしは、運ばれてきたお茶を1口すすった。


 熱いお茶。

 それにより渋みが強く出ている。

 あまり美味しくない。


 以前のわたくしなら、すでにこのお茶を、目の前の店員に投げつけているだろうけれど。


 ここで暴れてロキに嫌な顔をされるのも大人げないし、一生懸命に働いている店員の様子を見るに、このお茶がここでは最良なのだろうと察する。


 わたくしは渋いと思いながらも、静かにそのお茶を飲み込んだ。


「あら、あんた、もしかして」

 急に、店員のふくよかな体型のおばさんに声をかけられた。わたくしが振り返ると、おばさんは「あら嫌だ」と照れたように笑った。

「ごめんなさい、人間違いだったわ。あんたの姿も仕草もここでは滅多に見ないくらい綺麗だし、雰囲気が良く似ていたから、そうかと思ったんだけど、10年前の人がこんなに若いわけないわよね」

 

 お喋り好きのおばさんのようだ。

 誰と間違ったというのだろう。

 おばさんは奥で忙しそうにしている彼女の旦那らしき人に声をかけた。

「あんたーー。ほら、あんた」

 呼ばれて出てきた中年の男性に、おばさんはわたくしの方に近寄るように言う。

「似てないかい?あの時の綺麗な子連れのお姫様に」

「お姫様」

 その言い方に、わたくしは反応してしまった。


 わたくしがおばさんを見上げているのに気付き、おばさんは「あらやだ」とまた笑った。

「ごめんなさいね。もう10年も前に、綺麗な人がここに来てね。あまりに綺麗な人だったから、今でも時々、その人の話になるんだよ。ついこの前もその話になったものだから、つい、ね」


 まじまじとわたくしを見て、記憶と比べているようだ。

「似ているけど、お嬢さんの方が目元が凛々しいね。あの人は今にも倒れそうなほど儚い感じだったもんね」

 おばさんの旦那さんは大きく頷く。

「そうだなぁ。子供も人形のように可愛くてーーー、あぁ、ちょうどお嬢さんのような、淡い茶色の柔らかい髪だった」

 おばさんが少し興奮気味に付け加える。

「気品、っていうのかね。貴族様にしても威張った感じじゃなくて、ただそこにいるだけで神々しいっていうか」

 その言葉で、わたくしはアレクシス様を思い出した。神々しい佇まい。立っているだけで辺り一面が浄化されそうなほどの、目映い存在感。


 旦那さんは何度も頷く。

「そうだったな。だから、あれはきっと、どこかのお姫様だったんだろうなぁって話をするんだ」

 そして旦那さんは、目の前の道を歩く人達をぐるりと見た後、わたくしに目を向けた。


「お嬢さんも、お姫様のようだがね。ほら、道を通る人が皆、あんたを見てる。特別に輝く人間は、本当にいるんだなって、改めて思うよ」


 そう言われて、わたくしは道を通る人達を視界に入れた。確かに、男女問わずにわたくしの方を向いている人が多い気はする。


 ステラの容姿が、どんどん綺麗になっているのをわたくしも気がついていた。

 元々、素材が良かったのに、痩せすぎだったのと、そもそもステラが美容に興味なかったのだろう。

 わたくしが普段してもらっていた方法で手入れをしていくと、見違えるほどに綺麗になっていった。


 わたくし自身は、金色の髪を持っている上に、王族以外では最高位の公爵の娘だったので、いつでも注目の的だった。

 だから人の視線には慣れていて、あまり気にならないのだけど。


 隣で饅頭をもちゃもちゃと食べるロキに目を向けて、ロキに尋ねる。

「ロキは、今の周りの視線は気になりますか?」

 ふん?と口に饅頭を咥えたまま、わたくしを見て、ロキは首を振った。

「俺は別に気にしない。俺が悪いことをして見られててるなら別だけど、特に何もしていないなら、気にするだけ損だろ」

 そして、に、と笑った。

「イデアが見られてる目は鬱陶しいけど、正直、一緒にいてちょっとだけ優越感かな」


 そんなことをロキが考えてるなんて知らなかった。


 わたくしは「そうなんですのね」と微笑んで、ロキの頭を撫でる。

「でも食べ方は、ちゃんと見られていることを意識して、綺麗に食べましょうね。咀嚼音を立ててはいけませんわよ」

 思わぬところで注意をされて、ロキは苦虫を噛み潰したような顔で「はぁい」と返事した。


 わたくしは茶店のご夫婦の話を聞きながら、10年前、というのが妙に引っ掛かっていた。


 10年前といえば、ちょうどアレクシス様の母と妹がいなくなった時期と被る。

 気品があって女神のごとく綺麗な人物なんて、この首都から外れたオムラント地方では、そう数多くいるはずもない。


「先程の話の方達なのですが」

 わたくしはご夫婦に問いかける。

「ここで食事をした後、どちらの方に行かれたか、覚えていたりしますか?」

 もう10年前の話だ。

 覚えている可能性は低いけれど、そんなに印象深い人物であれば、向かった方向くらいなら、あるいは。


 わたくしの問いに、おばさんは「どっちだったかな」と呟いて、あぁ、と思い出した顔をした。

「そうそう。『海を渡りたい』って言っていた気がするわ。なのに、その人が違う方に向かうから、海はそっちではないよって教えてやったんだよ。それなのに、こっちでいいんですって笑顔で会釈しながら、子供を連れて、違う道の方に進んでいったんだ」

 そうして、ふくよかな体型のおばさんは、その女の人の進んだ方向を指差した。

「そうだ、間違いない。あの人は、こっちの方に行ったよ」

 その方向は、わたくし達が、今から向かう道の方向だった。ここからピノット家までにでも、小さな町をいくつか経由する。更にピノット家の先に何かあるだろうかと考えて、首を傾げた。


「海を渡りたい人が、こちらの方角に向かう理由なんて、ピンとはきませんわ。推理小説でもあるまいし、その人がどこかに行く理由なんて、わかるはずもないですわね」

 

 わたくしは、自分の知らないことは嫌いだった。

 だから、知らないことや興味があることに関しては、突き詰めてでも知りたいと思う。

 けれど、特に興味もないのに、ごちゃごちゃと隠されていたら、腹が立って、小説でも何でも、破きたくなってしまう。 


 アレクシス様の母や妹の話でなければ、この話はここで終了するのだろうけれどーーー。


 わたくしは饅頭を食べ終わって、ピシャリと角を揃えたハンカチで口を拭いた。


 にこりとご夫婦に微笑みかける。

「その話。もっと詳しく伺っても宜しいかしら」


 可能性がある以上、放っても置けないですわよね。


 そうしてその後、わたくしはそのご夫婦が蒼白になってロキに止められるまで、記憶を絞り出していただいたのだった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 ピノット家に帰りついて。

 わたくしは家事を一通り終えた後、自分の狭い部屋の中の小さなベッドの上に横になった。


 わずかにでも動いたら軋む固いベッドは、わたくしの眠りを妨げる。

 夏がすぐそこまできているから特に、夜になると虫の声が煩くて、わたくしは自分の両耳を手で押さえた。 

 眠ってしまえば気にならなくなるのに。


 そしてわたくしは、眠れない気を紛らすために、アレクシス様と、その母と妹のことを考えるようにした。


 母の遺体は見つかったけれど、妹の遺体は見つかっていない事実と。

 妹が生きているなら探したいアレクシス様。

 しかし生きてはいない可能性が非常に高い妹。


 辺境伯夫人のあの映像。

 彼女の腕に抱えた、妹らしき少女の姿。

 あの手足のぶら下がり方は、とても生きているようには見えなかった。

『ごめんなさい』と泣く夫人は、こちら側を見ていて。


 あれは本当に映像の魔道具なのだろうか。

 でもわたくしに、彼女らと関わった記憶はない。


 ツキン。

「ーーー痛、、、」

 わたくしはまた、頭を刺すような頭痛に襲われる。

 

 だからわたくしは。

 思い出そうとするとこの頭痛は来るみたいだーーーと考えてしまった。それはまるで、思い出してはいけないと、自分の脳が言っているかのように。


「ーーー嫌な考え、ですわね」

 自分自身の思考に、苦笑いを浮かべる。


 わたくしは、知らないことがあると突き詰めてしまう癖がある。

 そして興味があることについても同様に。


 わたくしは今、『脳が思い出してはいけない』と言っているかもしれない、という思考に、興味を持ってしまった。


 わたくしの記憶に、わたくしが忘れてしまった記憶があるかもしれない、ということが、非常に興味深かったから。


 記憶喪失?

 わたくしにそのようなことが起こるはずがない。

 だけど、この記憶と、この頭痛の繋がりは何を意味するのか。


「仕方ありませんわね。わたくしったら、悪い癖ですわ」

 眠れないなら、もう起きるしかない。


 わたくしは暗い夜の中、ベッドから起き上がり、月明かりで部屋の隅に追いやられていた地図を取り出す。


 もし、茶店の店員が話していた『彼女ら』が、オムラント辺境伯夫人とその妹だったと仮定して。


 この方角から、海に繋がる方法はないか。

 海を渡るには、どのような方法があるのか。

 何故、海を渡りたかったのに、とある遺跡で遺体が発見されるようなことがあるのか。


 わたくしは検討し続けた。

 その夜が明けるまで、ずっと。


 

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