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イデア 穏やかな道のりを進みます

「気功?」


 『クー・グラン』への道中。馬で進むアイザックの困惑した声に、別の馬に乗ったわたくしは「ええ」と頷いた。

「勿論、『気功』についてはご存知でしょうから、そこの説明は省かせていただきますわね。つまり魔法とは」

「いや待ってくれ。『気功』なんて聞いたこともないんだが」

 アイザックがそう言うので、わたくしは盛大に呆れた顔をしてみせた。


「まぁ、騎士たるものが『気功』もご存知ないなんて、怠慢ではございませんの?」

「たぶん、一般的な常識ではないと思うのだが」

 アイザックはちらりと、後ろから馬に乗ってついてくるフィンレー司祭に助け舟が欲しいという視線を送るが、フィンレー司祭からは苦笑だけで、やんわりと首を振られていた。


「常識か常識でないかは問題ありませんわ。自らを向上させるための知識をより多く取り入れようとしないその精神を、怠慢と言っているのです」

「、、、、」


わたくしが教授する少し前の離れたところにいるアレクシス様も頷いていらっしゃる。後ろ姿しか見えないけれど。

 それでもアレクシス様もわたくしと同じ気持ちだと思うと嬉しくなった。


「良いですか、アイザック様。魔法の道は1日にして成らず、と言いますの。まずは『体内の魔力』を感じるところからですわ」

「その『魔力』を体内に感じないから、困っているのですが」

 わたくしの説教に疲れた様子のアイザックは、げんなりとしながらわたくしに言った。


「まぁ。その近道をしようとする心が悪だと言っているのに。仕方ないですわね。手をお貸し下さいませ」

「この手、ですか?」

 アイザックは自分の右手を浮かしてわたくしに見せる。

「その手以外に手がおありなら、ぜひ見せていただきたいものですわね」

 ふふとわたくしが笑うと、アイザックは苦虫を噛み潰したような顔をして「相変わらず口の減らない人ですね」と愚痴をこぼす。そしてその顔のまま、わたくしの方に手を伸ばした。


 お互いが馬に乗っている状態。

 わたくしはアイザックの乗る馬の歩行に合わせて並び、その手を握り締めた。


「ス、ステラ様」

 まるでデートしている恋人が、馬と馬を挟んで手を繋いでいるような状態になる。

 慌てるアイザックに、

「じっとしていらして。気が散りますわよ」

とわたくしは叱咤した。

 フィンレー司祭は、そんなわたくし達を生温かい瞳で見ている。そんな目で見るくらいなら、自分が教えればいいのに、と憎らしく思う。

 そもそも、今、近くにいるアレクシス様とフィンレー司祭に知られたくないから、『女神の間』でも調べることができなかったはず。だからわたくしから魔法を教えてもらうことになったのではなかったかしら、とぼんやり考える。

 

 あぁ、いけない。本当に気が散ってしまっていましたわ、と意識をその手に戻した。

 わたくしはアイザックの手に、わたくしの魔力をじんわりと流す。

 魔力は魔法とは違う。

 魔力が何かの効果を発動することが魔法であって、魔力だけなら何もならない。

 ただし、魔力は他者に移動できる。わたくしはその作業が苦手ではなかった。


「わかりますか?流れる魔力が」

「魔力かどうかはともかく、温かいものは伝わっている気がしますね」

 馬に乗りながらアイザックは目を閉じる。乗馬中に危険極まりない行為だ。もしかしてこの方、そう見えなくても『アレ』な方なのかしら。

「それはわたくしの体温ではなくて?というか、乗馬中に目を閉じないでいただけるかしら。サーカスでもなさるつもり?」


 わたくしが顔をしかめた時に、アレクシス様が後ろを振り返ったので、慌ててわたくしは顔を整える。

 何事もなかったかのような、清楚溢れる表情をしてみせた。

「アイザック様。あまり無理するのも良くないですわ。今日はここまで。また明日、ですわね」

 おほほとわたくしは口元を手で隠す。それをアイザックは冷たい視線をわたくしに向けた。

「、、、今さら繕っても、さすがにバレてると思いますよ」

「バレるって、何がバレるんですの」

「眉間が皺になっていますよ」

とアイザックに言われる。

 

 わたくしは眉に手を当てた。わたくし、少しだけですけれど、顔に感情が出やすいのが欠点ですわね。気を付けないと。


 ふと見ると、まだアレクシス様はこちらを向いている。

 後ろを向いていても乗馬できるなんて、流石、アレクシス様ですわね。素敵過ぎます。

 アイザックに「失礼」と言うと、わたくしは手綱を引いて馬の足を早めた。


「アレクシス様」

 わたくしは名を呼び、アレクシス様の横に並んだ。

「お隣、失礼しても宜しいかしら」

 すでに隣に来ているけれど、一応、アレクシス様の許可を取る。アレクシス様は口の端を上げて、切れ長なのに優しい瞳で頷いた。


「ステラ嬢はいつも元気だな」

 口調から褒め言葉と受け取り、わたくしはニコリと微笑んだ。

「アレクシス様からの溢れるパワーをいただいているのですわ。普段はもっと大人しいんですのよ?」

「ははは。そうか。そういうステラ嬢の姿も見てみたいな」 

「いつでもお見せできますわ」

 

 穏やかな空気が流れる。

 パカパカと馬の足から響く音を聴きながら、わたくしはアレクシス様の横顔を眺めた。


 立派な体躯に、凛としたその姿は、近くで見れば見るほど美しい。

 質の良い服の端から見える引き締まった筋肉も、首や腕に伸びた筋も。どれをとっても芸術品のよう。


 うっとりとしているとアレクシス様と視線が合ってしまったので、わたくしはアレクシス様に尋ねた。


「『クー・グラン』には、あとどのくらいで着きますの?」 

「この先しばらく道なりに行くと道が途切れる。そこにある民宿が最後の休憩になるから、そこで馬を預けて、あとは延々と山を登る。想像以上に魔物が現れるから、ステラ嬢もしっかり休むといい」


 まぁ、とわたくしは眉を下げる。

 こんな高貴なお方が、民宿に泊まるだなんて。しかも馬ではなく徒歩で進ませてしまうなんて。

 そんな罪なことをわたくしはアレクシス様にさせてしまっているのかと、罪の意識が生まれた。


「そのような過酷な場所に、アレクシス様をご一緒させてしまうなんて、申し訳なかったですわね」


 しゅんとすると、アレクシス様は少し間を置いて、大きく破顔した。

「なに、俺にとってはこれが日常茶飯事だ。戦に出ていることの方が多いので、むしろもっと酷い場所で寝たりする。地面の上に雑魚寝することだって度々あるんだ。だからステラ嬢が気にすることは全くない」 

「まぁ、そうでしたのね」


 こんな高貴なアレクシス様が雑魚寝なんて。信じられませんわね。


 それにしてもこれほどに美しく完璧な身体を持つアレクシス様ですもの。その色気に惑わされて、うっかりどなたかに襲われたりしないのかしら。

 

 わたくしは余計なことまで考えて、それを否定する。


 お強いアレクシス様ですもの。ちゃんとご自身の身は守れてらっしゃいますわね。


 ーーアレクシス様が受け入れたりしなければーー。


 その瞬間、ついアレクシス様の裸体を想像してしまって、急に頭に血が昇る。鼻血が出てしまいそうな気分になって、わたくしは俯いて自分の鼻の頭を摘まんだ。

 

 アレクシス様が、そんなわたくしに乗馬したまま近寄り、そっとわたくしの顔を覗く。

「どうした、ステラ嬢。気分でも悪くなったのか?」


 アレクシス様と間近で目が合ってしまった。

「ひゃぁ」

と変な声が出た。

 今、アレクシス様のご尊顔が目の前にきては、わたくし、卒倒してしまいますわ。


 慌ててわたくしは顔を上げて首を振った。

「いいえ、全然!全然大丈夫ですわ。もう、本当に。全然っ」

 アレクシス様の交接のことを考えてしまうほどに、元気でしてよ。


 しかしアレクシス様は、わたくしが無理をしていると思われた様子で。

「、、、貴女は、本当に、とても健気だな」

と、なんとも見当違いな優しい言葉をいただけた。


 わたくしはだからといって、そんなことありませんが、とは言わない。是とも否ともつかないように微笑むに留めた。せっかくのご厚意を、わざわざ否定する必要はない。


 それからしばらく、アレクシス様と並走する。


 本当は、亡くなられた(であろう)初恋の人のことや、アレクシス様のお母様や妹様のことを聞きたかった。

 でも、流石にそんな繊細なことをわたくしの口から尋ねるのは憚られる。

 だから、この際なので、常々考えていたことを尋ねてみた。


「アレクシス様。突然で驚かれるかもしれませんが、少しお尋ねしても宜しいかしら」

 アレクシス様はわたくしに視線を送る。

「答えれることなら、何でも」

「ありがとうございます。ではーーーアレクシス様の、お好きな食べ物は何ですか?」

「ーーー?」


 僅かに驚いた顔をして、アレクシス様はその後、軽く笑った。

「本当にそんなことが聞きたいのか?」

「ずっと知りたかったことですの」

「はは。おかしなことを聞きたいのだな」

 そして、そうだなぁ、とアレクシス様は正面に顔を戻す。

「ーーー肉は好きだが、酒に合わせたものが良いな。その酒に一番合うものを探すのが楽しい」

「まぁ、お酒を嗜まれるのですね」

「そうだな。そこそこ飲める自信は、ある」

 に、とこちらを向いて悪戯っぽく笑ってみせたアレクシス様。その笑顔は、わたくしの心臓に悪くて卑怯ですわよ。


「苦手な食べ物はありますの?」

「甘過ぎるものは苦手だな。だから甘い酒もあまり得意ではない。あとーーー、桃も、食べれなくはないが、見れないという意味で、苦手だ」

「桃、ですの?」

 きょとんとわたくしは首を傾げる。


 桃が見れないとは、どういう意味だろうか。

 わたくしが不思議そうにしていると、アレクシス様は、説明をしてくれた。

「桃は、元々、俺の妹が好きだったのだがーーー」

 そう言ってから、わたくしと目が合うと、アレクシス様は口を閉じた。一瞬、アレクシス様の瞳が揺れる。


 妹様のことを思い出したのだろう。

 妹のようだと言ったわたくしの顔を見たから。


 そして、ふいとわたくしから視線を反らした。

「いや、それは別にいいんだ。ただ、俺は桃は食べない」

 そうとだけ言って、アレクシス様はわたくしに少し悲しそうな顔で尋ね返された。

「もしかして、ステラ嬢は桃が好きだったか?」

 アレクシス様の質問の『正しい答え』を考える。好きだと言って欲しいのか、嫌いと同意されたいのか、よくわからない。だから素直にわたくしは答えた。


「桃は嫌いではありませんわ。だからといって、桃が特別好きということもございません」

「そうか」

 アレクシス様は小さく呟いた。

 わたくしはアレクシス様の顔を伺う。

 安堵しているのか、がっかりしているのか。


 では、とアレクシス様は微笑む。

「ステラ嬢は、何が好きなのだ?」

「わたくしーーーですか?」

 わたくしの好きなもの。

 聞かれたから答えたいけれど、好きな食べ物なんて沢山ありすぎて、1つに選ぶことができない。

 

 わたくしは、小さく微笑んだ。

「ーーーわたくし、17になりまして。あと1年で成人しますでしょう?」

「17か。若いな」

「あら。成人すればアレクシス様と同じ立場ですわ。でも、まだお酒は飲んだことありませんの。だから」

と、わたくしは横に並ぶアレクシス様を見上げる。


「アレクシス様が一番好きな酒に合うと思うもの。それが、今のわたくしの一番食べたいものですわ」


 わたくしが誰かと対峙する時の、ここ一番の微笑みを浮かべる。

 するとアレクシス様は、急に楽しそうに笑い出した。


「そうか。それなら、ステラ嬢の成人のお祝いには、酒とそれに合うものを送ろう」

「嬉しいですわ。その時は勿論、アレクシス様もご一緒していただけるのでしょう?」

 はははは、とアレクシス様が大きく笑った。

「まいったな。ステラ嬢が言うと何でも許してしまいそうだ」

 ふふふ、とわたくしも笑った。


 こんな穏やかな道のりになるとは、想像としませんでしたわね。

 もうすぐ過酷になるのだろうけれど。

 それまでは。

 ーーー少しだけでも。


 わたくしは、アレクシス様と一緒の時間を過ごせる喜びを感じながら、前の道を進み続けた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 アレクシス達の後ろを、アイザックとフィンレー司祭が並んで進む。


 あれほど笑っているアレクシスを、アイザックもフィンレー司祭も見たことがない。

 前の2人が楽しそうに話をしている姿を眺めながら、フィンレー司祭は、ふむ、と唸った。

 

「、、、こうして並んでいるところを見ると、意外とお似合いかもしれませんね」

 アイザックは少し眉をひそめる。

「確かに、アレクシス様にしては、女性といて楽しそうではありますがーーーやはり、公爵と子爵令嬢では、あまりにも釣り合わないでしょう」

「身分だけなら、ですがね。私はあまり身分で人と人の関係を決めたくはないので」

「しかし身分差は不毛でしかない」

「、、、、」

 フィンレー司祭は肩をすくめる。

 固定概念とは、なかなか拭うことはできないものだ。


 フィンレーとしては、こうしてアレクシス辺境伯が楽しそうな姿を実際に目にしてしまうと、ステラでも悪くはないのでは、と、思わなくもない。


 頭の固いアレクシス自身が「恋愛をしない」と誓っている以上、ないと言わざるを得ないけれど。


 しかし、とフィンレー司祭は、馬に跨がって前を進む2人の様子をみていると、少し思うことがあった。


 夫婦は似てくるという。

 同じ生活をしていると、考え方や表情などが似通ってくるからなのかもしれないが、確かに似ているという夫婦は多い。

 だが、アレクシスとステラは、そうではない。

 なのに。


 あの2人。まるで長年、一緒に暮らした夫婦のような、そんな雰囲気がある。


 フィンレー司祭は、首を傾げるのだった。



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