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イデア この茶緑の塊はなんでしょうか

 魔物の身体の爆発により、洞窟が崩壊した。


 無事に帰還できた『精鋭部隊』10人は、それぞれ休憩所に戻り、残された隊員達はというと、崩壊した洞窟によって二次災害が起きないよう、周囲の調査のために忙しなく走り回っていた。


 わたくしは休憩所の簡易ベッドの上で横になって、どっと押し寄せてきた倦怠感と、魔力を使いすぎたことによる全身の痛みに苦しんでいた。


「、、、っ。さすがに無理しましたわね。いくらアレクシス様を助けたい一心だったとはいえ」

 自嘲の笑いを浮かべた後、痛みを堪えるために、ベッドの上で丸まって寝る。


 ステラの身体の回復力は、竜ほどではないにしても驚異レベルではあり、時間が経過するのを我慢すれば、早くに元に戻ることを知っている。だから早く回復しなさいと願うばかり。


 ーーーひつじでも数えようかしら。


 痛みで、思考がややおかしくなっていることも自覚しつつ、わたくしは、「ヒツジが一匹、ヒツジが二匹」と数え始めた。少なくとも気を紛らすには、良い方法かもしれない。


 ヒツジを何十匹か数えたところで、アイザックの声が聞こえた。

「ステラ様。今、少し時間を宜しいでしょうか」


 宜しくありませんわよ。

 ーーーと言いたいところだけれど、ここでわたくしが「体調が悪い」なんて言おうものなら、またアレクシス様が心配してしまうかもしれない。


 わたくしは痛む身体に鞭を打って、アイザックのいる方に歩いていく。

「どうしましたの?」

 腰よりは短いというほどに伸びた、茶色のふわふわとした髪を整えながら、わたくしはアイザックに顔を見せた。

 わたくしの気だるげな様子から、アイザックは少し申し訳なそうに眉を下げる。

「、、、眠れていないのですか?」

 それは間違いなく、わたくしがひつじの数を数えていたことからの推測ですわよね?


「いえ、そんなことはないのですが」

 本当のことを言うのに、まるでわたくしが『心配をかけないように隠している』みたいな顔をされると、どうしていいかわからなくなる。

 わたくしは話題を変えることにした。


「わたくしの事は良いのです。それより、わざわざ女性の部屋まできたのだから、何か大切な用があるのではなくて?」

「そうでした。アレクシス様から、ステラ様にも見ていただくために、お迎えにいくよう仰せ使いまして」

  

 ぱ、と、わたくしは顔を明るくしてみせた。

「まぁ、アレクシス様がわたくしに?何かしら。早く行きましょう、すぐに行きましょう」 

 アイザックの背中を押して、わたくしはアイザックの案内する部屋に向かう。


 たどり着いたのは、アレクシス様用の休憩室だった。さすがに辺境伯というべきか、こんな僻地で休憩するためのテントに、そこそこちゃんとしたベッドが備えてある。

 このベッドも組み立て式かしら、なんて余計なことまで考えてしまった。


 アレクシス様は、ベッドから離れたところにある椅子に座っていた。わたくしの姿を視界に入れて、スマートに立ち上がる。

「ステラ嬢。もう歩いて大丈夫なのか?」


 ーーー本当はとても辛いのです。

 ぜひ、貴方様の胸の中で休ませて下さいませ。

 ーーーそんなことを言える関係に、早くなりたいものですわね。


 わたくしは平然とした顔をして、穏やかさを装ってからゆっくり頷いた。

「ええ。もう大丈夫ですわ。ご心配おかけいたしました」

 わたくしが姿勢を整えると、アレクシス様は目を細めて「それは良かった」と微笑する。


「それで、ご用件とは?」

「これを見て欲しい」


 アレクシス様は、テーブルの上に人の頭ほどの球体を乗せた。

 表面は茶緑色をして鱗様の模様があり、その模様には見覚えがあった。


 つい数時間前まで戦っていた、竜の魔物のそれと同じ模様。

 触ってみると、少し温かい。

 

「ーーー生きて、おりますの?」

「動いてはいない。だが、そうだろうな」

「これはどこで、、、?」

「洞窟の入り口付近だ。足元に転がっていたらしい」

「足元に、、、」


 わたくしは考える。


 魔物の研究は、未だ進んでいない。

 魔塔でも冒険ギルドでも、それぞれ独自に魔物の研究はされているけれど、どのようにして生まれ、どのように繁殖するのか、わかっていない。


 爆発して消えた竜。

 そういえば、洞窟が崩壊してしまったからどこにいったかわからないけれど、竜も魔物である以上、コアはあるはずだ。あれほどの超回復をする魔物なのだから、コアさえあればあるいは。


 ーーーいや、とわたくしは首を振る。


 あれだけ木っ端微塵になった生物が、まだ生きているなんて、そんな馬鹿げたこと。


 だけど。

 今、目の前にあるものが温かいということは、確かに生きている。 

 『超回復』。

 もしそれによって、この球体が元の姿に戻ったら。

 

 竜がーーー解き放たれる。

 

「アレクシス様。これは、早く抹殺しなければ」

 わたくしは顔を青くしてアレクシス様を見るけれど、アレクシス様は眉を寄せて、首を振った。


「俺もどうにかしなければと、炎で焼いてみたり、油で煮てみたりしたのだが、びくともしない。試しに氷で固めて、永久に動けないようにできないかとやってもみたのだが、このわずかな体温だけで氷が溶けていくんだ」


 超回復。恐るべし。


「どこか遠くに、捨てるしかないのではありませんか」

 アレクシス様は複雑そうな顔をする。

「どうしたものかと考えて、ステラ嬢に何か良い案がないか相談しようと思っていたが、、、やはりそれしかないか」

 わたくしは頷く。

 一般の竜の身体は硬いが、切れないほどではない。実際、竜の素材が稀に市場にでていることもある。


 しかし超回復の竜となると、話は別だ。

 殺せる気がしない。


「煮ても焼いても凍らせてもダメなら、そうするしかないですわね。オムラント以外の、どこか遠くの辺境地にやるべきですわ」

 アレクシス様は、まだ心が決まらない様子で。

「ーーー成体になったら、その地に迷惑をかけるな」

「仕方ありませんわ。どこかで生きるんですもの。オムラントで暴れまわられるよりはマシと思うしか」


 わたくしが少し大きめの声を出すと、茶緑の塊がわずかに動いた気がした。

「、、、今、動きませんでした?」


 その塊を、わたくしはじっと見つめる。

 茶緑の塊はしかしびくともせず、気のせいかとわたくしは首を傾げた。


 そして改めて、アレクシス様に視線を戻す。

「どうしてもどこかの地に迷惑をかけたくないというならば、『封印』という手もありますわね」

「封印?」

 わたくしは頷く。

「高級魔法の使える魔法使いか、高名な呪術師ならば、封印することも可能かもしれません。この竜の力次第でしょうけど」


「封印ーーー。封印か」

 アレクシス様はしばらく悩み、考え抜いた後、立ち上がった。

「まずは『封印』の方向で考えてみよう。竜を野放しにすることはできん」

「わかりましたわ」

 わたくしはそうして、呪術師のことを記憶から思い出そうとする。


 呪術師は、魔法使いと違う。

 根本的に違うのは、魔力を使わないことにある。


 その術を使うことへの対価として、それ相応のものを差し出さなければならない。


 高度な術になると、希少な魔石や動物の命などが必要になってくる。動物も、能力の高さが高いものほど対価としては高いもののため、闇の呪術師達は、人間の命を使うことが多いと聞くけれど。


 ーーー高尚なアレクシス様には、そんなこと、教えられませんわね。


 わたくしはパチンと両手を合わせる。

「そうだわ。高級魔法が使える、結界が上手な方が、オムラント教会におられましたわね」

「教会に?」

 アレクシス様はそしてすぐに気づいたようだ。

「あぁ、彼か。しかし彼は」


「あの方、教会からは出られないとおっしゃっていたけれど、『魔法使い』として派遣された時に白魔法を使うということは、教会から出れないこともないのでしょう。彼はアレクシス様に依頼されて拒否するなんて愚かな人間ではないはずですわ。それに竜が成体して暴れたら、多くの命が失われますわよ。そのようなことになったら彼は許せないでしょう。ぜひ、あの方にお願いしてみましょう」


「、、、そうだな。これを町に運ぶわけにもいかない。フィンレー司祭をここに呼ぼう。ーーーアイザック」

「は。お任せ下さい。すぐにお連れいたします」

 アイザックが頭を下げると、肩上に揃えられた灰色の髪がサラリと流れた。

 すぐに部屋から出ていくアイザックを見ながら、わたくしの口元は緩んでしまう。


 ふ、ふ、ふ。

 わたくしは心の中で、大笑いをしていた。

 フィンレー司祭には数多くの苦汁を飲まされてきましたものね。

 この北の辺境地。

 司祭としてのらりくらりと教会で穏やかに過ごしてきた彼には、とても過酷な環境だと思いますわ。


 彼の長旅に疲れ果ててぐったりとしている姿に、ざまぁーーと言いたいですわね。ふ、ふ、ふ、ふ。


 心でひとしきり笑って、わたくしはアレクシス様に笑顔を作った。

「アレクシス様。では、この竜の塊は、わたくしがお預かりいたしますわ。万が一アレクシス様に何か危険がありましたら大変ですので」

 わたくしは竜の塊に手を置く。

 

「いや、それはできない」

 アレクシス様はその塊を掴み、自分の方に寄せ戻して、わたくしに真っ直ぐの瞳を向ける。

「いくら優秀とはいえ、女性を一番の危険に曝すことはできない。これはテント横の横で監視をつけて、厳重に管理しよう」


 カタカタ。


 竜の塊が小さく揺れるのを、今度は直接感じた。


 塊に手を乗せたわたくし。

 塊を掴んでいるアレクシス様。

 お互いに、その感覚を感じてしまったため、しっかりと目を合わせる。

「ーーーやはり、動きましたわね」

「そのようだな」


 カタ、カタカタ、カタ。


 動きが大きくなるのを感じて、アレクシス様がすぐに塊に乗せているわたくしの手を掴んで塊から離した。


「離れるんだ。ステラ嬢」


 アレクシス様が声をあげた瞬間、茶緑の塊は動き始め、丸かった形が粘土のようにグニグニと形を変えていく。

 丸から楕円に。楕円から窪んで伸びて。

 丸に戻り、伸びる。

 そして。


 ーーー小さい、丸くて手足と尻尾の生えた生き物が形成された。


 人の頭ほどの大きさのものだったはずなのに、手に乗るほどに小さい。

 茶緑の色はそのままに、爬虫類とも両生類ともつかない顔をしている。目は相変わらず、ワニのような縦長の瞳孔をしていた。


 テーブルの上で欠伸をするソレを、わたくしとアレクシス様は少し近づいて凝視する。


「これは、、、蜥蜴、でしょうか」 

「竜、、、だろう。横にほんの少しだけ翼のようなものがある」

「とても竜には見えませんけれど。なんかーーー小さい頃に遊んだ蜥蜴によく似てますわ」


 茶緑の蜥蜴。

 初めて誘拐された時に、同じ部屋で捕まっていた少女とともに蜥蜴を見つけて、一緒に遊んだ記憶が甦る。


「似たような生物は沢山いるからな。しかしこれは竜だ。ステラ嬢、もう少し離れなさい。いつ巨大化するか」

「それならアレクシス様こそ」

「マム」

 小さな蜥蜴から、しゃがれた声が聞こえた。

 わたくし達はまた、その蜥蜴をじっと見つめる。


 ーーーマム?


 いえ、蜥蜴にしろ竜にしろ、言葉を話すはずが。


「ダディ」

 また蜥蜴は口を開いた。間違いなく人語を話している。というか、

 ーーーダディ?


 マムとダディといえば、、、。

 わたくしとアレクシス様は、お互いに顔を見合わせる。これってまさか。


「おなかすいた」 

 へにゃり、と目を細くて笑う蜥蜴。いや、小さな竜。


「な、な、な、な、なんてこと」

 わたくしはブルブルと震えて、声が掠れた。

「ステラ嬢っ!大丈夫か?」


 わたくしが恐怖で震えていると思ったらしいアレクシス様は、わたくしの輝く瞳を見て絶句した。


「なぁんて可愛い子ですの!?」


 マムとダディ。つまり、わたくし達を夫婦だと。

 わたくし達の子供。

 そう、これはまさにインプリンティング。


 初めて見たものを親と思う、生物の学習能力の一種。知識があるからこそ、それが可能であって。


「言葉も話せる賢い子ですわ、アレクシス様っ!」


 キラキラした瞳のわたくしに、アレクシス様は多少引きつつ、わたくしを否定はしない。

「そ、そうだな。可愛い(?)子だ。し、しかしステラ嬢」

「わたくし達を親と思っているのですのよ?危険なことはしないに違いありませんわ。アレクシス様。ぜひ!ぜひ、この子に名前をお与え下さいませ」


 名前は魔物にとって契約になる。

 竜に力のない今なら、『契約』で『封印』の代わりになるかもしれない。

 

「、、、『チャロ』」

 え?

「ボクは『チャロ』だよ」

 間違いなく、小さな蜥蜴がそう言っている。

 インプリンティングがされるということは、産まれたばかりのはずなのに。

 もう名前があるなんて。

「もしかして、すでに『契約者』がいるということですの、、、?」


 わたくしはその蜥蜴に声をかけるけれど、それに返事はない。


「いるーー、もしくは、いた、ということだろうか」

 耳のすぐ近くからアレクシス様が声をかけてくる。

 全く、鳥肌が立つほど良い声ですわね。

「そうなのかもしれませんわ。でも、わたくし達のことを親とは思っているようです」

 わたくしは『チャロ』の頭を指で撫でる。


「アレクシス様。この子をわたくしに任せていただけませんか?」

「ステラ嬢、、、」

 アレクシス様の戸惑いは理解できる。

 竜の魔物を飼うなど、とてもではないけれど、賛同できるはずもない。

 

「もしかしたら、その『契約者』の力とまだ繋がっているから、チャロは消滅することなく、かろうじて生き残れたのかもしれませんわ」

 わたくしはチャロの頭を撫で続ける。

 チャロは気持ち良さそうに目を閉じて、わたくしにされるがままになっていた。


「もし何かトラブルがあれば、その時こそ、封印しても構いません。ですが、今はこんなにも穏やかな子です。可哀想ではありませんか」


 わたくしは、本当に、そう思っているのです。

 可愛いだけではない。言葉を介する賢さがある。

 そしてどこか懐かしいようなーーー。 

 そんな気持ちになった。

 だから、わたくしは心からアレクシス様にお願いする。

「アレクシス様、どうか」


 しかしアレクシス様は、それでも不安は残るようで。


「、、、すこしだけ、考えさせてくれ」 

 ーーーそう言われてしまった。


 

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