ステラ 魔塔に行きます
今日もまた、ジュリアン王子がノイグラー公爵邸に来ている。
今回、私はいつものように頭から高級な布で顔を隠し、ジュリアン王子に渡す薬の準備をしながら、うーん、と唸る。
実は、この前、王妃にジュリアン王子のことを「宜しく」と言われてからずっと、考えていることがある。
どうしたら、ジュリアン王子を『より健康にできるか』について。
ジュリアン王子は、どうやら病弱ではあるものの、室内で剣の訓練などはちゃんと行っていて、その筋は悪くないらしい。
一緒に運動しようという計画は崩れてしまった。
「、、、さて、どうしようかしら」
王妃に期待された以上、その願いは私にできる限り叶えてやりたいと思う。
「殿下は、どうお考えですか?」
結局、1人で考えてもきりがないので、私は直接、ジュリアン王子に尋ねる。
ジュリアン王子はというと、マテオにお茶を注いでもらいながら、私の手作りのお菓子を摘まんでいた。
今日はパンプキンクッキー。それと人参ケーキだ。
前は野菜が入っていることを伝えると嫌な顔をされていたけれど、最近はその顔をしなくなった。
お菓子にすれば意外と食べれるとわかってきたらしい。
「うん?健康増進の方法?」
もぐもぐと口を動かしながら、片方の手でお茶のカップに口をつける。金色の緩やかなカーブのかかった髪が、ふんわりと揺れた。
「言われなくとも、体力はつけようとしている。こうやって食べ物もできるだけ偏食しないようにしているし、お前の作った薬もしっかり飲んでる。これ以上は難しいだろうな」
本人のくせに、やや諦めているような口調に、私はむっとしてジュリアン王子に近付いた。
「考えるのを諦めたら、それでおしまいですよ?」
「じゃあ、どうしろと言うんだ。新しい病弱改善の魔法でも開発するのか?」
「魔法?」
私が首を傾げると、ジュリアン王子は「あぁ」と、からかうように笑う。
「今ある魔法の中にない魔法は、開発して作成される。今、この国で、特に魔法の開発に力を入れているのはーーー魔塔主か」
魔塔。
それは、魔法が使える人達の中でも、魔法を使うことを仕事としている人達の働く場所。
魔塔主は、それらを纏めるそのトップの人物であり、基本的に、魔塔の中で魔法の能力が一番高い人が就任する。
「ーーー会ってみるか?」
冗談っぽく言われたけれど、私はジュリアン王子にすぐに返答した。
「いいんですか?」
今の魔塔主といえば、確か薬学でも有名で、魔法だけでなく新しい薬も沢山開発しているという、いわば『研究肌』の人だと聞いた。
ノイグラー公爵邸に来てから、というかイデアさんの身体になってから、庭に生えている薬草について、わからないことが沢山あった。
だけど、知りたいことが、ノイグラー公爵邸の本にも、学園や王立図書館にもない。
もやもやした気持ちをずっと抱えていたのだった。
「紹介してもらえるなら、とても助かります。本当にいいのですか?」
「え、あ、あぁ」
私がジュリアン王子の顔を覗き込むと、わずかにジュリアン王子の頬が赤くなった気がする。
ーーーそんなわけないか。
「、、、紹介、か」
ジュリアン王子が改めて私をじっと見たあと、「まぁいいだろう」と呟いた。
「彼も多忙だろうから、断られる可能性はあるが、それでもいいか?」
「はい!勿論です!ありがとうございます!」
私が嬉々として返事をすると、ジュリアン王子も、私につられて、ほんのりと微笑んだ。
「じゃあ、その時は俺も一緒に行こう。そっちの方が話も早いだろうし」
「そうですね!宜しくお願いします」
そう言って、私は新しく作った薬をジュリアン王子に手渡した。
「あ、これは、今までの貧血の薬に、胃薬を少し多めに混ぜたんです。貧血の薬は効いているみたいですかど、ちょっと口が荒れているみたいなんで」
ジュリアン王子は、じっと私を見てくる。
「そんなにすぐわかるのか?」
「わかりますよ。こんなに近くで見てるんですから」
きょとんとしてみると、ジュリアン王子は真面目な顔で小さく唸った。
「すごいな。イデア。お前は医師の才能があるかもしれない。もう少し本格的に、勉強してみたらどうだ」
ジュリアン王子の言葉に、隣にいたマテオが困った顔をする。
「殿下。相手は公爵令嬢ですよ。医師になんてなるはずないじゃないですか。医師だけじゃなく、まず高貴な女性は働きませんよ。もし働くとしたら王妃としてくらい、、、ととと」
慌ててマテオは自分の口を塞ぐ。
マテオの言いたいことを理解して、ジュリアン王子は冷ややかな目でマテオを睨んだ。
「王妃になるには、相手が王にならないといけないだろ。王太子である兄には、すでに婚約者がいる。イデアが王妃になることはない」
「申し訳ありません。失言でした」
マテオはしゅんと項垂れる。
はぁ、とわかりやすくジュリアン王子はため息を漏らして、「まぁいい」と自分の頭をくしゃりと掻いた。
「できるだけ早く依頼しておく。要求が拒絶されるということはないだろうが、いつになるかはわからん。過度な期待はするなよ?」
「わかりました」
私は素直に頷く。
しかし、予想に反して、その承諾の返事はすぐにきた。ただ王子の予定が組めず、2週間毎の王子の薬を渡す日に、一緒に魔塔に行くことになった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「はぁー。ここが魔塔ですか」
私は魔塔と呼ばれる塔を見上げて、感嘆の声を上げた。
塔というからには、高い建物を想像していたけれど、魔塔は、なんともゴツゴツした印象の建物だった。
形で言えば、8画柱。
幅は縦横に、それぞれ100メートルくらい。高さに至っては、例えようもないけれど、雲は突き抜けない程度、というしかない。
とにかく高い建物だ。
「一番上まであがるの、大変そうですねぇ」
私が首が痛くなる程に伸ばしていたら、ジュリアン王子は楽しそうに笑って、私の肉々しい肩を軽く叩いた。
「流石にこれだけの高さの階段を昇ることはない。転移装置がそれぞれの階についているんだ。ちなみに転移装置は、ダンジョンや王宮にもあるぞ」
「転移装置。ーーーダンジョン」
なにやら聞き慣れない言葉が、とても興味深くてワクワクする。
魔塔に近寄ると、塔の入口の前にいた人物が、ペコリと頭を下げた。
ガリガリに痩せたその身体と顔には大きすぎるのではないかという眼鏡をかけて、黒いマントを羽織った男だった。髪はボサボサで、自分の格好に無頓着であることがよくわかる。
皮膚の張りから、イデアの父とあまり変わらない年齢だろうけれど、顔はとても老けて見えた。
彼は、左だけ大きく出た八重歯を見せて笑う。
「ジュリアン殿下とイデア様でございますね。ようこそお越しくださいました。魔塔主様のところまで案内致します」
いきなり名前を呼ばれて、私は少し驚く。ジュリアンの耳にひそひそと小声で話した。
「名乗ってもいないのに、よくわかりましたね。ジュリアン殿下はともかく、私なんて、そんなに外出しないのに」
「俺も外出はしないがーーー言わなくても、知識さえあれば誰だってわかるさ」
ジュリアン王子は、そう言うと、トントンと自分の頭を指で叩いた。
ジュリアン王子の金色の髪がふわふわ揺れる。
「あぁ」
そうか、と私は唸った。
私がイデアさんの身体に入った時に、すぐにそれがイデアさんだとわかったのも、この金色の髪のせいだった。
金色の髪は王族の証。
王子であるジュリアンは勿論、イデアも王族の血を引く。この国の若い女性で、金色の髪を持つのはイデアさんただ1人。
わからない方がおかしい。
しかし、イデア、と呼ばれてこちらを向いた人は、皆、私の髪を見て悲鳴のような声を上げた。
「イデア、、、?まさか、イデアって」
「ひっ、金色の髪だわ」
「し、静かに!聞こえるぞ!怒らせたらどうなるかっ、、、!」
ざわざわと広がる不安の波は、遠くの方まで伝わっていく。
さすが黄金の色の髪とともに世間でも有名な『悪魔の豚姫』という二つ名。
ヒステリックであり、残虐、そしてその類いまれな魔法能力によって、誰1人として逆らうことは許されないと噂の彼女は、知識の浅い平民からも知られ、恐れられている。
恐怖とも、侮蔑ともつかぬ視線を送られ、とても肩身が狭い気持ちになる。
ちらりと隣のジュリアン王子を見ると、ジュリアン王子は全く動じていなかった。
私と一緒にいることで、嫌な気持ちになっていると思っていたのに。
「ーーー気にするな。イデアが変わったことは、俺がちゃんとわかっている」
優しく微笑んだジュリアン王子を、私は見上げる。
お人形のように綺麗な顔立ちをしたジュリアン王子。青い目をして、どこか子供っぽい印象さえあったのに。
胸の奥のどこかが、ほんのり温かくなった気がした。
「では、上の階にあがりますねぇ」
眼鏡の男の声が聞こえて、私ははっとして彼の方に意識を戻す。
いけない、なんかぼんやりしていたわ。
床の上に、線で描かれた円と、その横に複雑な古代文字が並んで描かれていて、その上に眼鏡の男が乗った。
ジュリアン王子も躊躇なくその上に乗るので、私もそれに続いた。
「66階へ」
眼鏡の男が声を出すと、身体が急に重くなった。
「!?」
視界が一瞬歪み、眩暈を感じたかと思うと、次の瞬間には、さっきと全く違う景色が目の前に広がっていた。
「これが転移装置だよ」
私の反応が楽しいようで、ジュリアン王子は私の様子を見ながらニヤニヤとしている。
顔にかけられた布ごしに、ビックリした顔を見られていた気がして、すごく恥ずかしかった。
「ちょ、なんて顔をしているんですか。見ないで下さいよ、殿下」
見られないように私がジュリアン王子の背中を押すと、ジュリアン王子は更にくつくつと笑う。
「噂と違って、とても仲が良さそうですね。やっぱり噂は噂ということですね」
眼鏡の端を持って眼鏡の位置を整えながら、眼鏡の男はそう呟く。
「ここが、魔塔主様のお部屋です」
そう眼鏡の男が示した場所には、大きな扉があった。扉の前にも、さっきの転移装置と同じ古代文字がびっしりと描かれている。
「ここの中には、魔塔主様の許可がない人は入れません。でも大丈夫です。許可されておりますので。どうぞ、お入り下さい」
男がそういうと、ぎぃ、と重そうな扉がゆっくりと開いた。
ドアの向こうに、部屋が広がっている。
魔塔主の執務室であろうその部屋の中央。
体躯の良い、背の高い男が立っていた。眼鏡の男と同じ黒のマントをつけているが、印象は全く違う。
どちらかと言えば、騎士団に所属しているという方がしっくりきそうだ。
がっちりとした肉体の上には、銀色の短髪に、掘りの深い顔。好みにもよるだろうけれど、熟女のおばさまにはとても人気がありそうな、漢らしい人だった。
「ジュリアン殿下。そしてイデア様。ようこそお越しくださいました」
長々とした口上を述べることなく、あっさりと挨拶してきたその男は、自らを「トニーノ・ギャリソン」と名乗った。
「はじめまして」
私は、トニーノと握手を交わす。
「それで」
と、早速、トニーノは話を始めた。
「何か、作りたい魔法があるとか」
とても低い声で言われて、私は少し恐ろしくなる。
魔塔主が忙しいのは、誰でもわかること。いくら王子の身体を治すためとはいえ、簡単な話ではなかった。
しかも私の目的は別にもあって、魔塔主に薬の相談をすることだった。
実際、本人を目の前にすると、とてもそんなことを言えそうな雰囲気ではない。
しかしジュリアン王子は、平然として魔塔主に頷く。
「そうだ。体力増強の魔法を作って欲しい。普通の人間が強くなるものではない。体力の弱った人間が普通になるものだ」
「ーーーほう」
ぴくり、とトニーノが動いた。
「それはまた、かなり難しそうな魔法ですね。同じ体力増強であっても、その2つは全く違うものであることはご存知ですよね?」
「わかっている」
ジュリアン王子は頷く。
そもそも、ジュリアン王子は、その魔法は『作ることはできない』と思っている気配がある。
「体力を増強するためには、その器が必要になる。池や川の水を増やすことはできても、コップの中の水をコップの中で増やしたところで、たかが知れている。そういうことだろう」
「良い例えです」
トニーノは大きく頷いた。
「、、、コップを大きくすることはできないのですか?」
私が尋ねると、トニーノとジュリアンが私を振り返る。困った者を見る表情だった。
トニーノは言う。
「それは、成人して身長の止まった人の背を、もっと伸ばせないかと言っているようなものだよ」
「なるほど」
なんとなく理解できた。
「そこに無いものを有るようにすることは、もう人間
のできる範疇を越えています。神の領域といっていい」
「、、、、」
トニーノの言葉に、私は少し眉を下げて僅かに目を伏せる。
コップなどの例えは理解できるけれど、ジュリアン王子が健康になるということが、そんなに大変なことなのかと、未だに私の疑問は消えなかった。
コップは形として目に見えるけれど、ジュリアン王子の体調は目に見えない。どうして勝手にジュリアン王子の限界を決めてしまうのだろう。
諦めなくてもいいと思うのに。
私がそんなことを思っていると、部屋の扉の前。
私達を案内してきた眼鏡の男が、口を開いた。
「聖魔法」
急に声が聞こえて、私達はその男を振り返る。
「聖魔法なら、あるいは」
うっすらと笑う男の瞳の奥。
どこか薄気味悪いその笑い方で、左端の口からは尖った八重歯が見えた。
どこかで見たことがあると思ったら、この人は、コウモリに似ている。そんなことを思った。
黒いマントに丸い眼鏡。そして口からはみ出た牙。
夕方になると飛び始める彼らは、夜になるとこんな瞳で私達を見つめる。
「ーーー本当に、記憶を失くされているのですね」
眼鏡の男は、感情の読めない声で私に言った。
「私は『初めまして』ではありませんよ、イデア様」
ジュリアン王子は、やれやれといった様子で少し首を傾げた。
「その胸糞悪い芝居はもういいのか?魔塔主」
「え?」
私はそのコウモリのような顔の男を凝視する。
魔塔主?トニーノさんではなくて?
眼鏡の男は身体を折るようにして頭を下げた。顔だけはそのまま上を向いて、にやりと笑う。左の口から見える八重歯は尖っていてーーー。
少し、怖いと思った。




