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イデア 白魔法を使って下さいませ

 ダンテの命を救うため。

 わたくしは神官を背負って山を越える。


 背負っている神官はまだ若く、身体が完成していない成人男性とはいえ、やはり女の身で男性を担いで山を2つ越えるのは、かなり厳しい。

 このステラの身体でなければ、多分、普通の令嬢ならば数分も持たなかったと思う。

 ーーーいや、普通の令嬢は男性を背負って山を走ったりはしないですわね。

 自分自身で突っ込んで、自嘲の笑みを浮かべる。


 息を切らしながらわたくしが走っていると、ピンクがかった茶色の髪の若い神官ーー名前をジョナスというらしいーーが、おどおどとわたくしに話しかけてきた。

「あ、あの、僕が自分で走りましょうか、、、?」

 こっちは必死に登っているのに、邪魔をしないでいただきたいですわ。

「あと一つ山を越えるのだけど、貴方、ずっと走れる体力はおありですの?こっちは急いでいますの。途中でへばったりしたら、ぶん殴りますわよ」

 低めの声で尋ねると、ひ、と怯える声を出して、ジョナスはわたくしの背の上で頭を下げた。

「ス、スミマセン。よろしくお願いします」

「ふん。それでいいのですわ」


 わたくしは山の頂上からの獣道を降りながら、木々の葉の隙間から漏れる夜空を見上げる。

 少し東の空が白んで来た気がする。いや、まだ暗い。まだ大丈夫。

 ここを降りてしまえば町まであと少しだというのに、焦りが身体をうまく機能させなくする。

 もっと速く走りたい自分と、疲労で足が絡む感覚とでバランスが崩れてしまう。


 あと少し。あと少しだけだから、ちゃんと待ってて。

 そう祈るしかできない。


 そして山を抜け、わたくしがジョナスと共にダンテの家にたどり着いたのは、東の空が藍色になっている頃だった。

 わたくしはダンテの家に入り、ダンテの部屋のドアをノックして開ける。


「ダンテ!?大丈夫!?」

「イデア!!」

 ロキが振り返り、わたくしをそう呼ぶ。ロキの目は真っ赤になっていて。


 イデア。

 それはわたくしとロキの二人だけの時にロキが呼ぶわたくしの名。ここにはダンテもいるはずなのに。


「ーーーまさかーーー」


 わたくしは、ベッドに横になっているダンテの方を見た。もう肌は青白く、血の気が失せている。

 ピクリとも動いていないダンテに、わたくしは駆け寄った。

「ダンテ!!」

 ダンテに触ると、まだ皮膚はなんとか温かかった。

「イデア。まだ生きてるよ。寝てるだけだ」

 寝てるだけ。

 いや、これはもう意識を保てていないのだ。

 わたくしはダンテの首の頸動脈に触れる。

 弱々しい拍動。ゆっくりと、なんとか動いている心臓。危険な状態。

 ーーーでも間に合ったーーーー。


「イデーーーステラ姉ちゃん。その人は?」

 ロキはわたくしの背に担がれた人物にようやく気付いて、呼び名を改めた。

「ジョナスという方よ。教会の優秀な神官なの」

 彼のことを、フィンレー司祭はそう言った。フィンレー司祭の言うことは、あまりあてにならない。でも今回だけは信じさせて欲しい。

 そうですよね?とわたくしは祈りを込めてジョナスを見る。


 わたくしの背から降りたジョナスは、服のシワを少し整えてから、おどおどとダンテに近づく。

「ーーーこの方に白魔法を使用するのですね」

「そうよ。すぐにお願い」

「わかりました」

 ジョナスはダンテの胸に手を当てて、回復呪文を唱え始める。

 唱えるのは中級魔法。

 高級魔法を使用できるのはほんの一部のみ。

 しかも、高級が使えるA級の魔法使いであっても、実際に使う一番上の魔法は中級魔法であることが多い。

 よっぽどの魔力を保持していなければ、高級魔法を一回使うだけで魔力が枯渇してしまうからだ。

 魔力の枯渇は、下手したら命まで奪う。

 他人のためにそこまでする人は殆どいない。


 それでも中級魔法は、回復薬の中級のものよりも効果が高い。

 中級魔法が使えるだけで、確かに、その魔法能力としては高い部類に入るのだろう。

 あとは、ダンテの回復を祈るだけーーー。


「、、、、困りました」

 小さく、掠れた声でジョナスは呟いた。

「どうしたの?」

 わたくしがジョナスを見ると、ジョナスはわたくしに怯えながらも、ダンテの腹部を指差した。

「ここの傷が深くて、奥の内臓が損傷しているようです。中級回復魔法では、そこにある傷は回復できても、欠損した臓器を復活させることはできないので、、、」

「ーーーつまり?」

 ギロリとわたくしはジョナスを睨み付ける。

 ビクりとジョナスは身体を強張らせつつ、その言葉を続けた。

「欠損している部分から血は溢れ続けますし、その臓器の本来の機能も失われますので、この方は、もうーーー」


 わたくしは自分の頭を手で押さえる。

 血の流れ方からして、そんな気はしていた。

 むしろ、よくこの時間まで生きれたとダンテを褒めてやりたいくらいだ。

 真っ赤な目をしたロキが、絶望の表情でジョナスを見上げる。

「、、、ロキは、助からないってこと、、、?」

 ロキの周りにいくつもの回復薬の空の瓶が落ちている。回復薬をどうにかかき集めて、ロキも頑張ったのだろう。

 その小さな身体で。


「ーーーロキ」

 わたくしは、ロキの頭に手を置いた。ゆっくりと撫でると、その柔らかい髪の感触がわたくしに伝わる。


「ーーーどんなことがあろうと、決して諦めてはいけませんよ」


 わたくしがロキにそう言うと、ロキだけでなくジョナスも、わたくしを驚いた顔で見つめた。

 [助からないと、そう言いましたよね?]

 そんなジョナスの心の声聞こえる気がする。


「ジョナス。貴方に高級白魔法の知識はありますか?」

 わたくしがジョナスの目をしっかりと捉えて尋ねると、ジョナスは小声で、

「、、、知識だけなら」

と答える。


 見たところ、ジョナスは中級回復魔法を数回連続で使っていた。

 中級を数回。それだけでも破格な対応をしてくれている。彼の魔力は相当減っているだろう。

 今の状態からジョナスが高級白魔法を唱えても、魔力が足りずに白魔法は発動しない。


 だけど。


 昨年、わたくしが王立学園の代表として、魔塔の魔法学会発表に参加した時のこと。

 魔塔主が、とある魔法の論文を発表した。

『理論上、他者の魔力を使用し、その魔力を自分のものにして魔法を使うことができる』という魔法が存在することを。


 他者の魔力を使用する。

 つまり、他者の魔力を奪うということ。

 魔力の吸い取り方を間違えれば、その人の魔力を枯渇させて、命を危険に曝すかもしれない。そういう意味で、魔塔主は『理論上』として発表した。


 実はーーーわたくしは、その魔法を覚えている。

 とても興味深い魔法だったから。


「ジョナス。わたくしは白魔法が使えません。だから、わたくしが今から貴方に、わたくしの魔力を差し上げます。だから、()()()()高級回復魔法をお使いなさい」

「な、、、!?」


 ジョナスは驚愕の表情でわたくしを見て、わたくしの視線から、その言葉が嘘ではないと理解する。

 わたくしはジョナスの背中に自分の手を置く。

「貴方は、わたくしが言う呪文を、そのまま同じように唱えなさい」

「は、はい、、、」

 ジョナスはゴクリと唾を飲み込んだ。


「『イバウウ・ホマウ』」

 わたくしが言うと、ジョナスは素直にその言葉を復唱する。

「イバウウ・ホマウ」

 わたくしは続ける。

「『カツヲ・ウホマ』!」

「カツヲウマホ!」

 ジョナスがその魔法を唱えた瞬間、わたくしとジョナスの魔力が繋がった。

 ジョナスの最大魔力保持量と、現在の魔力残量までがわたくしにも伝わる。

 この方ーーー。

 ふ、とわたくしは微笑む。


 ーーーフィンレー司祭。

 確かに、貴方の評価は正しかった。


「ジョナス。唱えなさい。最高回復魔法を」

「は、はい」

 ジョナスは、急に溢れだした魔力量に驚きつつ、ちゃんと間違いなく、『最高級回復魔法』を唱えた。


「『メディマック』!!!」


 瞬間、ごっそりとわたくしから魔力が奪われる。

 自分で発動した魔法ではないので、その魔力の奪われ方は自分で使う時よりも激しく、そして身を千切られるような痛みを伴った。普通の魔法でさえかなり疲れるのに、痛いとか聞いていない。


 魔塔主様。そういう大事なことは、ちゃんと論文にしっかり記載していて下さいませ。


 苦笑しながら、わたくしは痛みで意識が飛びそうになるのをぐっと堪える。

 

 ダンテの身体を、回復の光が包み込み、しばらくそのまま光り続けた。

 光っている間も、ずっと魔力は奪われていく。


「、、、っ、、、」

 もう限界かもーーーというところで、ようやくダンテの周りの光が落ち着いた。


 激しい痛みから解放されて、わたくしはどっと床に座り込む。

「っっいったぁーーーいっ!!!」

 声に出して痛みによる怒りを発散させた後、わたくしはバシリとジョナスの背中を叩いた。

「いっ!?」

 急に叩かれて、ジョナスは驚いてわたくしを振り返る。わたくしは怒りに顔を歪ませていた。


「ちょっと貴方!確かにわたくしの魔力を差し上げると言いましたし、遠慮なく最高級回復魔法を使うように言いましたけどーーわたくしの魔力を遠慮なく使えとは言っておりませんよ!?」


 なんだかんだ、ジョナスの魔力保持量は膨大で、高級魔法を使うほどの残量はないものの、それなりの魔力は残っていた。それこそ、万全の状態であれば個人だけで高級魔法を使えるほどに。

 なのに、ジョナスは最高級回復魔法の発動に、自分の魔力は使わず、わたくしだけの魔力だけを使ったのだ。

 おどおどとしながら、ジョナスは言い訳をしてくる。

「だ、だって、ステラ様が想像以上に、沢山の魔力をお持ちだったので、、、」

「くっ!」

 この男、さては小心者のふりして、なかなかのくせ者ですわね?

 そういえば教会でも、この子はわたくしに脅されるとすぐにフィンレー司祭の部屋を案内したのだった。

 自分を守るために、他人を犠牲にするタイプ。

 クソ野郎ですわ。


 このジョナスをどうしてやろうかしらと考えていたら、ベッドの方からダンテの声が聞こえてきた。

「、、、ステラ、、、?俺は、、、どうして」

 死にかけていたのになぜか殆ど回復していて、ダンテは不思議そうに自分の手足を眺めている。

「ダンテ兄ちゃん!!」

 ロキは嬉しそうにダンテに抱きつく。

「ロキ。お前、そのーーーふふ、なんて顔をしているんだ」

 ダンテは優しい笑顔でロキの頭を撫でた。

「ダンテ兄ちゃん、死にかけてたんだよ。俺が回復薬探し回って、ステラ姉ちゃんが神官を連れてきてくれて」

 ロキはまた、ぐすぐすと泣き始める。

「本当に心配したんだからな」

「そうだったのか、ありがとう。ロキ」

 そしてダンテはわたくしを向き直す。

「ステラもありがとう。そこにいるのが、俺を救ってくれた神官様ですか?わざわざここまで。ありがとうございます。感謝します」

 深々とダンテは頭を下げる。

 ここまでわざわざ連れてきたのは、わたくしですけどね。 

 しかしジョナスは特にそのことを告げずに、

「いえいえ、神官たるもの、苦しむ人のために尽力するのが役目ですから、お気になさらず」

なんて涼しげに言っている。

 ほんと、()()性格してますこと。


 ふ、とわたくしは笑う。

「そうですわね。ジョナス様、本当に助かりましたわ。心から感謝しております。ではジョナス様、さようなら。道中お気をつけて」

 ヒラヒラと手を振るわたくしに、ジョナスは「え」と目を見開いた。

 一瞬で真っ青な顔に変わる。

「まさかここで、お別れですか?僕は、ここがどこなのかも知らないのですけれど」

「地図はお渡しいたしますわよ、勿論。でも神官様は苦しむ人のために尽力されるのでしょう?もうわたくしは苦しまなくてよろしいですわね」


 ジョナスは一気に涙目になっている。

「、、、、ステラ様。お願いします。もし帰り道に魔物が出たりしたら、僕の力ではとても、、、」

 そういうジョナスの悲しそうな表情が。

「、、、ふふふ」

 わたくしは笑いが溢れてしまう。


 ーーーーとても面白かった。

 

 

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