イデア 学校生活 お友達作れるといいのだけど
腹黒いフィンレー司祭に相談をしに、毎日教会に通う日々。
どうしてもオムラント辺境伯の精悍なお姿が忘れられず、会えないとわかりつつも定期的な『運び屋』もこなしていた。
それだけでも大変なのに、ステラとしての生活は継続しなければならず、朝4時に起きて家事から農作業、家畜の世話を行い、日が昇ってからは学校の準備をして昼まで授業を受ける。
なぜ私がこんなこと、と思わずにいられないのに、このステラという女の身体はそれだけのことをこなせる体力がある。
意地になっているという自覚もありつつ、羽が生えたように動く軽い身体は、動かせば動かすだけ爽快感もあった。
今日もわたくしはせっせと学校に通う。
公爵邸よりずっと狭い敷地の、平屋の学校について教室の木造の扉を開く。
少し前まで続いていたわたくしへの嫌がらせは、ある日を境にぴったりと止んでしまった。
ボロボロにされる教科書や、びしょ濡れの机などはもう見ない。
魔法が使えるようになって、わたくしに悪戯してきた『悪い子』達を、少しばかり魔法でお仕置きしただけなのに、彼女らは怯えてしまって、わたくしと目を合わそうともしなくなった。わたくしが近付くと泣きそうになりながら逃げ出す始末。
そろそろ打ち解けても良さそうですのに。
結局、王都の学園と同じく、わたくしは教室で1人きり。つまらないですわね。
まぁ王都の学園では、飛び抜けた魔法能力と学力のせいでわたくしのためだけに特別クラスを設けられ、クラスの生徒がわたくし1人だけだったのだけど。
せっかくクラスメイトがいるのだから、元来の格は違うけれど、ステラの身体ならば格など気にせずに『お友達』というものを作ってもいいわね、と思う。
何故かクラスの一番後ろの端に設置されたわたくしの席に座って、授業中ながら、わたくしはめぼしそうな友人候補を探す。
「ステラさん。余所見などせず授業に集中してください」
妙齢の眼鏡をかけた女性教師に注意される。
その瞬間、ざわりと教室の空気が揺れた。
何、この、触ったら怪我するのに、よく注意できたなという雰囲気。そんなにわたくしは一触即発の危険人物ではなくてよ。
少しでもクラスメイトに好印象を与えようと、わたくしは笑顔で「わかりましたわ」と答える。
するとまた、ざわりと空気が揺れた。
どうしろというの。
女性教師は、眼鏡の端を持って、わたくしに指示棒を向ける。
「じゃあ、この問題を解けるかしら?」
今は経営に役立つ『数学』の授業。暗記も得意だけど、数学はパズルのようで、わたくし嫌いではなくてよ。わたくしは一瞬にして質問された答えを導き出す。
「それは流動資産÷流動負債で流動比率を表しますので、、、○▼○◆□ですわね」
またざわりと教室が揺れた。
どうやらわたくしに意地悪をしようとしていたらしい女性教師の口がへの字に曲がる。
「ちょ、ちょっと簡単すぎる問題でしたね。では、この問題は?」
黒板に複雑な問題を書いた教師に、わたくしはツカツカと黒板の前まで出て、その答えをカカカッっと書き記す。
正解。
「ではこれはっ?」
カカカッ。
正解。
「で、ではこれはさすがに」
カカカッ。
正解。
項垂れた女性教師。
最後はクラスメイトから拍手がでていた。
まぁわたくしとしては当然のことで、こんな問題は朝飯前の、夕飯あとですけどね。
負けず嫌いのわたくしは、難問であればあるほど燃える質で、少しばかり燃えたわたくしの頭を冷やしてくれる何かを探す。教室の中の人達は、もう授業に意識が戻ったので面白味がなく、わたくしは何か面白いことはないかと、次は教室の窓から覗く外の景色で探した。
空は澄んだ良い天気。
うらうらとした様子に、ほんのりとオムラント辺境伯の姿を思い描く。
かのお方は今頃、何をされているのかしら。
ほぅ、とため息をついていると、いつの間にか授業は終わっていて、クラスメイトはそれぞれ友達と遊んだり、本を読んだりと動き出していた。勿論、そのまま帰宅する人も多い。
さて、また今から教会に行って、フィンレー司祭に、どうにかオムラント辺境伯に会う他の方法を打診してもらわないと、と意気込んでいると、急に廊下から「ガシャン」と金属を打ち付ける音が聞こえた。
見ると、水を頭から被った女子生徒が廊下に転がっていた。
目に涙は浮かべているが、必死に泣くのを堪えている。確かあの娘は、あまり豊かでない男爵家の令嬢ではなかったかしら。
その横を見ると、この間までわたくしを苛めていた女子生徒達が集ってその男爵令嬢を見下ろしていた。
口元は嘲笑。
転がった男爵令嬢を楽しそうに貶している。
ほんとあの人達、ろくな人物ではなさそうね。
わたくしは席から立ち上がり、その喧騒の中に入っていく。
廊下に転がる女子生徒は、長い髪を左右に分けて三つ編みにしている片方を、他の女子生徒にぐいと引っ張られている。
「そんなところに寝ていては邪魔になるわ。私が起こしてあげるから、さっさと起きなさいよ」
起こす方法が、手ではなく髪をひっぱるという雑なやり方で。
なんてこと。髪は女の命ですのに。
「ちょっと。お止めなさい」
わたくしが大きめの声で制止すると、そこに集まって苛めていた女子生徒4人のうち3人がわたくしを見て顔を青くさせた。
慌てるように、男爵令嬢の三つ編みの髪を手から離す。
あらあら。そうね。
彼女達は、わたくしに何かしたら、それの倍以上でやり返されたものね。
わたくしのスカートをハサミで少し切ろうとした彼女は、大事なところ以外の服をビリビリに破かれて泣いていたし、わたくしの頭からバケツをひっかけてきた彼女には、学校の池の中に落として、しばらく沈めてやった。
わたくしの足に、自分の足を引っ掻けて転ばせようとさせた彼女には、足首を縄で巻いて、屋根から吊り下げてやったわね。
それ以降、わたくしに関わらなくなったのに。
「貴女達、まだ懲りてなかったのね」
腕を組んでわたくしが近付くと、1人が「ひぃ」と叫んで後退りした。4人の中で一番偉そうにしている女子生徒の視線も気にしながら、どうしたらいいのかと狼狽えている。
鋭いわたくしは、ははぁん、と察知した。
この偉そうな女子生徒が、この集団のボスね。
この女子生徒なら、わたくしも知っている。
貴族ではないものの豪商の娘で、そこらへんの貴族よりも裕福な生活をしている『ブラートリス』の人間。
赤茶色の豊かな髪に、綺麗な顔。まぁ化粧で誤魔化しているのかもしれないけれど、きつめの顔に彼女の自信が溢れていた。
自分は動かず、周りの人間に汚い仕事をさせる、典型的な悪人ね。
わたくしは、その女の前に一歩踏み出し、ゆるりと首を傾げた。
「ごきげんよう。ゾーイ・ブラートリスさん」
ゾーイは、冷たい視線でわたくしを見た。返事をする価値もない、ただのゴミを見るような目で。
何もわたくしに返事をしないゾーイに、わたくしは続けて話しかける。
「学校は勉学をするためにあるもののはずなのに、こんなつまらないことをするなんて、『ブラートリス』の名が泣くのでは?」
ピクリ、とゾーイの眉が僅かに動いた。
「こんなことに貴重な時間を費やすなんて、とても有意義とは思えないけれど、さぞ、今の授業では物足りないのでしょうね」
同情するように、わたくしは眉を下げる。
「あら、でもブラートリスの人間なら、こんな辺境地であっても、王都の王立学園に入学できたでしょう。あそこは寮もあるし、侍女も連れていけるのですよ。『貴族』ではない『平民』であっても、決して門は閉じませんわ」
パン、とわたくしは両手を打ち付けて、名案だとばかりにゾーイに話す。
編入という手もある。
「ゾーイさんが良ければ、わたくし紹介しましょうか?とても素敵な学園ですのよ」
にこり。
あぁ、でも。
とわたくしは、さも今、気付いたとばかりに、自分の頭をトントンと指差した。
「そういえばおつむが足りないと、どんなにお金を貢ごうとも、あの学園は入れませんでしたわね。失礼しましたわ」
にっこり。
ゾーイの顔が一瞬で赤くなった。
わかってはいましたが、図星でしたわね。
「何いってんのよ!お金がないせいで、それこそどんなに勉強しても『学園』に入れないくせに」
悲鳴のように叫んだゾーイに、わたくしは冷静な顔で話を続ける。
「そうですわね今のわたくしには、学園に入るお金はない。それでも貴女は、私やこの方が『優秀』であることが許せないのでしょう?」
ゾーイは怪訝に顔をしかめる。
「馬鹿なことを言わないで。あんた達が、ただ鬱陶しいから」
「それとも、どんなにお金があっても手に入らない『貴族』という称号が、羨ましいのでしょうか?」
お金を積めば、男爵や子爵程度の爵位なら手に入る。
ーーーそれは、王が認めた者のみ。
『ブラートリス』の名は悪名高く、そしてしたたかだ。王でもその悪質な行いを管理することができずに手を焼いているという。
そんか家に貴族の称号を与えたら、その後どうなるかは言うまでもない。
今の王は馬鹿ではないのだから、お許しにならないわね。
わたくしは、クスクスと笑った。
「貴族になりたいのであれば、『婚姻を結ぶ』という方法がございますわ。ーーーでも」
ちらりとゾーイを流し見る。
「このような下劣な行為を堂々と行う腐った性根と、その厚塗りの化粧をどうにかしなければ、素敵な結婚は望み薄ですわね」
わたくしの言葉が終わるや否や、わたくしの顔に張り手が飛んできた。
そうくるとは思っていたので、わたくしは華麗に避ける。
「くっ」
張り手を避けられて悔しいのと、思いきり張り手をするつもりで勢い余り、身体のバランスを崩してゾーイは声を上げる。
わたくしはニヤリと微笑んだ。
「ーーーわたくしに手をあげようとなさいましたわね?」
周りの人も、それをちゃんと見ている。
目撃者がいる以上、わたくしはこれにて『正当防衛』が立証されたということ。
「わたくしは貴女と違って優しく常識者なので、女性のお顔は避けてあげますわ」
そういって、まずわたくしは風魔法でゾーイのお尻を強く叩いた。
パアンと音がするが、あくまで風なので周りの人達はどこから音がしたのかわからない。
ただゾーイが急に前に向かって飛び出したので、近くにいた人はビクリと身じろいだ。
「!?」
ゾーイ本人も、後ろに誰もいないので、何故お尻に鋭い痛みが走ったのかわからないようだった。
パン、パン、パン、パン。
「きゃあぁっ!」
ゾーイの声と叩く音だけが響く。その都度、大腿、ふくらはぎ、お尻、大腿、ふくらはぎ、と続けて叩かれ、徐々にゾーイの足が赤く腫れ上がっていく。
さすがにゾーイは、これがわたくしの仕業だと理解して「もう止めてっ!止めなさいっ!!」と叫んだ。
あらあら。まだ声を出す元気があるようね。
わたくしはゾーイの声には気にせず、その風魔法を放出し続けた。むしろ速さを増し、その回数を増やし続けた。
たった数分のことだったけれど。
とうとうゾーイは足が真っ赤な皮下出血を作り、鹿のように細かった足が象みたく大きくなってしまった。できるだけお尻に魔法を集中させたので、きっとお尻はもっと大変なことになっているに違いない。
まぁ、それでもお顔が腫れていないだけマシというもの。わたくしって本当に優しいんだから。
ふふ、とわたくしは自画自賛の微笑みを浮かべる。
ゾーイは悲鳴を上げすぎて、もう声にも出せず、ただ泣きじゃくるばかり。
わたくしはそっとゾーイのそばに寄って、優しく声をかけた。
「自業自得ーーーですわね」
ゾーイはうつ伏せて何も言わない。わたくしは立ち上がり、動けないゾーイを尻目に、踵を返した。
周りの人達は何が起こったのかわからないまでも、ただ不安げな顔でわたくしを見ている。
あら、王立学園での他の生徒と同じ表情。
しん、と静まり返ったその場で、はじめて声を出したのは、さっきまで苛められていた三つ編みの男爵令嬢だった。
「ーーあのーー、あ、ありがとうございました。か、庇ってくれて、、、」
顔は蒼白になっていて、それ以上の言葉は続かない。それでも、わたくしに深々と頭を下げた。
お礼を言われて、わたくしは少し気分を良くする。
「お礼は良くってよ」
「あ、あの、でもーーー」
男爵令嬢は、それでも、と会話を続けてきた。
別に感謝など、するほどでもないのに。
「ーーーちょっとやり過ぎ、ですよ?」
ほんわかとした男爵令嬢に優しく諭されて。
わたくしは目を見開くのだった。




