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2. どうぞお二人で

 ——ジュエリアはむすっとした顔で今度はシベリウスから顔を背けるのではなく、完全に背中を向ける。


 ジュエリアは、三年前の十七歳だったあの日、あと一年我慢(・・)をすれば約束の十八歳となり城を出られたのに、シベリウスの登場で新たな婚約誓約書が交わされ、今度は結婚して城を出られる日が不確定となった。

 それだけではなく、ただでさえ城では厄介者扱いされていたのに、三年前に初めてシベリウスを見たミアが彼に心を奪われ、ジュエリアにはこんなに魅力的な男性が婚約者となったと怒り、嫉妬し、それ以来ミアのジュエリアへの攻撃が一層激しくなった。


 ジュエリアはミアの嫉妬から逃れるためにも、居場所のない城から一日でも早く出る為にも、なんとかシベリウスから婚約破棄を申し出て貰い、誰でもいいからすぐに結婚できる相手と結婚させてもらおうと、常に酷い態度を取っていた。


 ——ジュエリアがシベリウスに背中を向けて無視を決め込んでいると、急にふわりと甘美な香りが鼻をかすめると共に、背中からギュッと抱きしめられる。

 街中は薔薇の香りが広がっていたが、ジュエリアはシベリウスの香りに包まれ薔薇の香りなど全くしない。


「たとえば、どんな花が好きですか?」

「どんな花も、あなたからはいらない」

「そんなこと言わないで。花じゃなくてもいいですよ。何が好きですか?」


 出会った時からシベリウスはこの調子だ。ジュエリアがいくら素っ気なくした所で変わる事はなく、むしろどんどんスキンシップが増えてきている気もする。 

 そして悔しいかな、シベリウスは顔だけでなく声も良かった。背中から耳元でその低い声で話されると、ジュエリアは否応なしに顔が熱くなる。背中を向けている事で顔を見られていないのが幸いだった。


「……あなた達帝国は、本当は継承順位第一位のミアを手に入れたいと理解しています。私との婚約はその場しのぎか、妥協なのだと。だから、そんなに婚約者らしく取り繕わなくて構いません」


 この言葉にはシベリウスは黙り込んだ。ジュエリアは答えはわかっていたが、否定されないとやはり胸が痛む。


「やっと見つけたわ、シベリウス!」


 聞き慣れた声が聞こえ、こちらに駆け寄ってくるヒールの足音と、その後ろにぞろぞろと続く集団の靴の音も聴こえてくる。

 目の前に現れたのは思っていた通り、妹のミア、次期フロリジア公だった。ダークブロンドの前髪はぱっつんと切りそろえられており、クリクリとした目は少し三白眼で、眉は力強く、可愛らしさの中にも気の強さが見える。そして彼女の着るドレスは、ジュエリアの物とは雲泥の差があり、一目で有力貴族とわかる上質なドレスであった。


 ミアは、ジュエリアを抱きしめるシベリウスの腕に手を添え、上目遣いで彼を見つめた。


「シベリウス、お姉さまは嫌がって(・・・・)いるわ。その手をお離しになって」


 シベリウスはジュエリアから名残惜しそうに手を離し、軽く溜息をついてから、身体をミアに向けて胸に手を当ててお辞儀をする。


「ミア公女殿下、お会い出来て光栄です」

「ふふっ。私も会えて嬉しいわ。というか、あなたを探していたの。今夜の夜会では私をエスコートしてくださらない?」

「身に余るお申し出に光栄ですが、私にはすでにエスコートをする婚約者がおります」


 その言葉を聞いたミアは、冷たい目でジュエリアをチラッと見た。


「お姉さまは今夜参加されないそうですよ」


 それはシベリウスだけでなく、ジュエリア本人にも初耳だった。


「私は婚約者がヴェルタ王国にいるため、今夜のエスコート役がいなくて困っています。お姉さまと違って私はむやみやたらと欠席できる立場ではないから、あなたが助けてくれたら大変有難いのだけど……」


 ミアは、自分がシベリウスと結婚したいと、母であるセルマ公妃を説得してはいるが、公妃は絶対に認めてくれない。ヴェルタ王国の王族との結婚はジュエリアではダメだそうで、必ず相手はミアでないといけないと言う。

 だがミアも諦めが悪く、今はもう中年男性となってるヴェルタ王国の婚約者なんかではなく、どうにか自分好みのシベリウスと婚約させてもらえないか、もしくは彼を愛人に出来ないかと常に画策していた。


 シベリウスが手に入らないと思い知らされれば知らされる程、ミアはジュエリアに苛立ち、疎ましくて仕方なかった。


 ミアの物言いたげな視線が自分に向けられている事に気がついたジュエリアは、シベリウスを見てにっこり笑って伝える。


「シベリウス、ぜひミアをエスコートして差し上げてください」


 ジュエリアは今夜の夜会を楽しみにしていたが、ミアの機嫌を損ねる方が面倒くさかったし、二人がくっつくなら、自分とシベリウスは婚約破棄になりいいじゃないかと思った。それに、ここで身を引いて大人しくしていた方が、後々機嫌を損ねたミアから喧嘩を吹っ掛けられることもなく、セルマ公妃が出てきてあの冷たく刺すような視線を向けてネチネチと攻めてくることもないだろう。


 ジュエリアは二人にお辞儀をすると、シベリウスの声も聞こえないふりをして、そそくさとその場を去り、馬車をつかまえて城まで帰って行った。




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