表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/26

杏①

 光が晴れて最初に目に入ったのは、深い緑色の豪華なチャイナ服を身に纏った、ストレートに長い黒髪の女性と、複数人の護衛たちだった。


 彼女はハルカたちを笑顔で出迎えた。


「久しぃな、(シン)


「ええ、母様が元気そうでなによりです」


「杏さん?」


 誰?と緊張感の無いハルカを睨みつけるように、大魔女らを取り囲む護衛の空気の重さからか、ハジメがそっと後ろからハジメに小声で聞いた。


「禍々しさで気付かないのかよ。新中国を治める大魔女、つまりは…」


 護衛の余所者扱いな冷たい視線をものともせず、笑顔で睨みを交わしている滋郎もこっそりと教えてくれる。


「ハルカさんの血縁者ということになりますね」


 そのまま簡単な挨拶が済むと、杏はハルカたちの傍まで近づいてきた。


「ハルカ?」


「初めまして、杏さん」


「宜しくね、ハルカ」


 間近で彼女を見れば本当に美しい。肌は陶器のように滑らかに白く、目は細目でやや猫目。口元の黒子も妖艶だ。美しい杏の姿を双子は頬を赤らめ、見とれてしまっている。


「のぅ。杏よ。用件は分かっているが、何故お前さんで対処できぬのだ?さっさと危険分子を取り除くだけじゃろ」


「彼らは心の弱い民を巧みに騙し、私に近づこうとしています。私には人の心の中までは読むことは出来ないので困って…」


「お前さんの命に関わる事なので、妾は手出しが出来ない。それも読んでユミはハルカを寄越したのであろうな」


 姉たちは、煩わしいと口には出すくせに結局は家族だと認めて彼女なりに守ってやりたいのだろうと、コゼットはユミの優しさに笑みが溢れた

 

 「私が、どうこうできる事なの?」


「ただ杏の傍に居ればよい。妾たちが来たことによって奴等は近々、行動に移すだろうよ」


「何をするの?」


「私を殺して、民を自由にしてあげようとしている」


「自由?」

 

 「この国の人々は競争心が旺盛で、それは良いことですが、時には過度に努力しすぎることもあります。」

 

 「Wealth without Work」

 ハルカは滋郎の言葉に耳を傾けた。


「『労働なき富』です」と滋郎が囁くと、ハルカは興味深そうに耳をそばだてた。

「私が民に果たす役割は、病気や自然災害から彼らを守ることだけです。その他は民自身が努力し、国を運営しています。」


「なるほど。だから、彼女は政治には関わらず公に姿を現さないのですね。それによって、民からは何もしていないように見えるんですね」と慈郎の説明でハルカは理解を示した。


 病気もなく、大規模な災害がなければ死者は出ない。突然の事故以外では、人々は死なない。そのため、多くの人々が感謝することがある。しかし、この平和な日常は人々の感謝するべき存在を忘れさせ、彼らを油断させる。

 

「私はただ、人々が健やかに暮らしてくれることを望んでいます。美しい文化や進化を見守ることだけで十分満足しています」と杏は静かに語った。


「しかし、表に出ずに華やかな城の中に籠っていると、誤解されることもあるかもな」とハジメは笑みを浮かべながら言った。彼は周りにある豪華な装飾や国土品を指し示し、魔女の恩恵を物質的な形で示していることを示唆した。


「好きなもんを飾り立てたいという気持ちもわかるさ」と彼は続けた。それが国から魔女への愛情を示す手段だということだ。


 杏が国から愛されていることは明らかだ。しかし、ハルカには彼らがなぜ自らの幸せを壊そうとするのか、組織が存在する理由がまだ理解できない。人々の強欲な愚かさがその背後に潜んでいるのかもしれない。

 テーブルを囲んで楽しいひとときを過ごしていると、突然、一人の下女が慌てた様子で部屋に飛び込んできた。彼女の顔色は青ざめ、目には涙が浮かんでおり、息もつかせぬように走ってきたのか、呼吸も乱れていた。


 彼女は必死に言葉を口にしようとしているが、上手く話すことができず、そのまま座り込んでしまった。護衛の一人が彼女に近づき、肩をなでながら落ち着かせ、何があったのか尋ねた。

 

「殺っ、されましたっ」


 搾り出すような程の声量

思い出しながら悲しみに圧し殺されそうなほど歪んだ表情で下女が話しを進める


「誰が殺されたって?」


 ハジメが急かすように、苛ついた様子で再び尋ねると、下女が恐れおののきながら力を振り絞るように叫んだ。


「桜欄さまがっ!」


 その言葉を聞いた全員が驚きと騒然とした表情を浮かべた。


「桜欄が何故?」と杏が信じられないといった表情で下女の前に歩み寄る。


「分かりません、応接間で飾られていた長剣で刺された状態のお姿で発見されましたっ」と下女が怯えながら答える。


「桜欄とは誰じゃ?」とコゼットが尋ねると、

杏は「私専属の下女です」と答えた。

彼女は動揺を隠せない様子で、護衛が彼女を支えて立たせようとしていた。


「その場所に案内せぇ」とコゼットが無表情で下女の腕を掴むと、無理やり立たせようと強い力で引っ張り上げた。


 下女はふらついた様子で歩き始め、その後をコゼットが追うように歩き始めた。

 

「ハルカ、一緒に来い」とコゼットが言うと、ハルカの体がビクリと揺れた。彼女は恐怖で足が動かないままだったが、側にいたハジメは労ろうとせず、彼女の手を取り引っ張るように歩き始めた。


 ハルカは嫌がるように足に力を込めて立ち止まる素振りを見せると、ハジメは苛立ったように無理やり引っ張ろうとした。すると、怒りを込めて滋郎が叫んだ。「彼女はこんな状況に慣れていない!もう少し労れ」と。


 ハジメは滋郎の言葉に耳を傾け手を優しく離すと、ハルカは大丈夫だと言わんばかりに笑顔を見せ、一緒に行こうと手を差し伸べた。

ハルカの怯えた表情は消え彼女は滋郎たちの後を離れずについていった。


 しばらく歩いていると、人だかりができている部屋を見つけ、下女とコゼットの姿が確認できた。

ここが現場だと確信し、物々しい警備を通り中へ案内されると、生々しい鉄臭い匂いが部屋中に広がり、有香の家でのことを思い出して気分が悪くなった。

 コゼットが気が散ると周りに叫び散らしたので、部屋には藤堂兄弟とハルカ、コゼットのみが残った。


「こいつは魔女だ」とハジメが言うと、慈郎が続けた。「確かに、中国では魔法使いが見分けられるように首筋に彫られるタトゥーがあるそうだし」。


 桜蘭が床に横たわっている間、ハルカ以外の三人は状況を見極めようと話し合い、推測を始めた。


「あと、別のやつがいた形跡があるな。湯飲みが床に粉々に散っているが、俺たちがさっき飲んでいた湯飲みは中国独特の小さいものと考えると、1つにしては破片が多すぎる」とハジメが指摘した。


「一人でいたところを襲われたと錯覚させるため、わざと同じ所で割った形跡だ。外からの侵入者だと思わせ、城を封鎖させるために。だから、杏に近い人間を選び、危険が及ばぬよう国が彼女を城へ守るために閉じ込めるであろうと考えた人間がいる」と慈郎が補足した。2人の考察を聞いたコゼットは少し考えた表情を見せたのち深妙な声色で「奴も来るはずじゃ」と言った。


「国のトップですね」


「杏の身を案じてな、よう考えたものじゃ」


「最悪だな。あの魔女を殺す材料が勝手に揃っていくなんてな」


 三人の話す会話が理解できないのか、ハルカは一人困惑した表情を浮かべた。滋郎がハルカの様子に気づき、説明を始めてくれた。

 

 大罪の大魔女と呼ばれる魔女は世界に8人いて内三人は既に組織によって殺されてしまったこと

 

 上級悪魔と契約を結ぶ大魔女たちを普通の人間が殺すことは、まず不可能なのだが、遠い昔にコゼットが人間たちと契約を結び大いなる脅威である大魔女の弱点を造ることで、人間達から魔女狩りを無くさせた。


 弱点とは、首輪


 首輪は大魔女自身でははずせぬように特別な魔法がかかっていて、それはある言葉で発動し大魔女に確実な死を与える。


 大魔女の『真名』を口にするだけ


 大魔女は魔法が発動されている間は魔力を失う

抵抗ができぬ内に死が訪れるように人間が有利に魔女を殺せるよう首輪は作られていた。


 真名は誰もが知っているわけではない。それは代々国のトップが受け継ぐ真名だからだ。だから、国の中で大魔女の真名を知る人間はただ一人であり、簡単に会える存在ではない。そのため、組織は真名を知るために誘き寄せ、護衛の人数を極力少なくしようと考えていた。


 今、城の中には数十名の城の者たちと数えられる程の護衛しかいない。ハルカはついに危機の状況を理解し、胸の鼓動が痛いほどに早まるのを感じた。


 程なくして、国の首席トップの到着を知らせる報告が入り、ハルカはいよいよ覚悟を決めた。      

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ