fileNo.1「悪霊」
20XX年、俺は遂に夢であった事務所を開いた。ここ小沼心霊討伐所では名前の通り心霊討伐を行う…のだが三ヶ月経っても誰も来やしなかった、弟子はうるさかったが俺はまだ平気だった…のは三日前の事だ。
その時は突然だった、事件を告げるノックの音が鳴り響いたのは……
季節は夏だ。ジーワジーワと蝉の声が暑さをより一層際立たせている。俺はワイシャツの袖をまくりあげたクールビズ・スタイルだが弟子のあすか君はペイズリー柄のブラウスに薄く紺色のジャケットを羽織ったカジュアル・スタイルで初仕事に臨む。俺はこういうのは嫌いじゃあない。
「というわけで、依頼というのは具体的にどういったものでしょうか?」俺は冷たいジャスミン茶の入ったティーポットを依頼者のカップに傾けながら話を聞いた。
中肉中背でぼさぼさの頭、年は50代といったところか、因みに俺は38で、弟子のあすか君は21…といっていた。
「私は水上信吾というもんですが、ここが心霊、という看板を提げていたものでつい入ってしまったんですが……その…除霊なんかもしてくれるんですかね?」
「ええ、まあ、というか2度と霊などをこの世に出させませんよ。」
水上と名乗った男は先程までの恐々とした態度から一転ほっとしたような表情になりこう続けた。
「実はですね、新築した地区の公民館で夜、誰もいないのに窓からあかりが漏れているのを近くにすむのが目撃したようでして、」
「まあ見間違いってこともありますからね、先生。」
「あすか君、会話に割って入ってこないでくれ、というか依頼者さんの前では所長で頼むよ…威厳がないんだから…」
割って入ってきたあすか君に中指を立てそそくさと退散させ俺は話を続けた。
「まさかそれだけではないですよね…?」
「え、ええ、でもあまりにも目撃談が多くなって…、しかも女性の声が聞こえるなんて話もでてしまって…。そして遂に失踪するものまで出てきてしまいました……皆公民館に寄りつかなくなってしまったんです。」
「で、その失踪者ってのは見つかったんですか?」
「結論から言うと死んでいました。それも顔面を滅多刺しにされ誰かわからないくらいに。」
「因みにその新築された公民館の前には曰く付きの土地とか建物とかなんかそういのはありましたか?」
「いいえ、そういうのは全く聞いたことがないですねぇ。」
そして水上はカップになみなみと注がれたジャスミン茶を一気に飲み干した。
「…兎に角私は地区長として真相を確かめるため、彼を殺したのが誰だったのかを知りたい一心で公民館を調査したんです、私は命からがら逃げ出すことができましたが本当にいたんですよ。霊…いや、悪霊がね!!」
「でも警察も捜査はしたんですよね?」
「立場上のことはしてくれました。でも早々に自殺と処理されました。たいした証拠がないとみんなそうだ。」
なるほど、そこで困っているときに小沼心霊討伐所の看板を見て藁をも掴む思いで来たのだろう。大当たりだ。師匠の所で俺も散々そういう低能どもの相手はしてきている。サクッと解決出来そうだ。俺は沈痛な面持ちを作り答えた。
「分かりました…出来るだけのことはしましょう……!」
ーーー二日後、
俺とあすか君は水上の言った公民館の前にいた。
立会人として水上本人にも来てもらいいざ作戦スタートだ。
「取り敢えず昼間のうちに罠、仕掛けときたいんでその出た!っていう部屋?はどこですかね。」
「ああ、そいつは大広間ですね、まばゆい光がチカチカと点滅したかと思ったら照明から女の顔がぬうっと…」
そういうわけで俺とあすか君は大広間に罠を仕掛けた。
あすか君が持ってきたアタッシュケースの中からは小さいナイロン袋に液体?のようなものがパンパンにつまっているもの。それが4つ。よし、あれについてはしっかり調達したようだな。それを俺とあすか君は手早く大広間の四隅に置いた。
「あのう、それは盛り塩…?ですか?」流石になんなのか水上は気になっているようなので怪訝そうな顔をしている愛弟子に「あすか君、これを説明したまえ。」と芝居がけて命じた。「ええとお、これはですねえ……生命の爆弾です。」
水上のきょとんとした顔よ。あすか君もあすか君で言葉を濁しているのでセクハラになる前に俺がはっきり言ってあげよう。
「水上さん、詳しく説明しますね、まあ分かり易くいうとこれは精子爆弾です。ここに入っているのは精子バンクの技術を応用してナイロン袋でも生存が可能になった精子たちなのです。といっても倫理的な問題から鮭のやつを使用していますが。」
水上はきょとん顔に磨きがかかったので何も言わず俺は続けた。「まあ鮭のだろうが精子爆弾というのは少し生々しい名前になるんで我々はカウパー・ボムと呼んでいますが、そもそも精子というのは生命のパワーに満ち溢れているんですね。」
「でた、横文字にすればかっこいいと思ってるやつ。そのまんまじゃん。」あすか君の毒づく声もよそに更に説明を続ける。
「生命のパワーというのは死んでいるもの、つまり幽霊には非常に苦しいものなんですよ。そこでこいつを仕掛けてやつらのパワーや動きを封じ、一気に除霊をしようという…」
水上はきょとん顔を通り越して憤怒の表情を浮かべている
「あんたら、私を最初ッからおちょくっていたんだな!」
「いやいや、私達を信じてください水上さん、この除霊が万が一失敗するようなら依頼量は全額返金致しますので。」
「そうですよ、所長と私を信じてください、必ず、白星をあげてやりますから…」必死の説得に水上はもうどうにでもなれという感じだった。あすか君ではないが流石に初めての依頼に土をつけたくはなかったのだ。
「……ということで夜を待ちましょう。とりあえず今日都合よくね、出て来てくれるとは思えませんので地道な道のりにはなると思いますが、後は私達でなんとかしますので水上さんは気長に報告を待っていて下さい。」
はぁ。ときつねにつままれたような顔をした水上さんを送りだし今日から調査がスタート。俺はクールビズ・スタイルから鯉が滝を登っている絵柄が特徴のアロハシャツに着替え来るべきときに備える。あすか君は相変わらず最初からラフな格好をしていたが、俺はこういうのは嫌いじゃあない。
「それにしても水上さんって表情豊かな方ですよね~、賭け事とか出来なそう。」
「賭け事なんて別にやらなくったっていいさ、それに何はともあれ全て任せてくれた。それで十分だろ?」
「いや、悪口言ってる訳じゃないんですよお…」
水上の話によると霊が出たのは夜中2時頃、ということで毎日0時頃から翌日4時頃まで大広間で張り込みをすることにした。3日くらいででてくれりゃあいいなあと思いながら1日目の調査だ。その間特にやることもないのであすか君と延々とバックギャモンをしていたのだが、深夜2時を少し回ったあたりでそれまではLEDの強大な輝きを放っていた大広間の照明がチカチカ点滅をはじめた。
「先生…これって…」
「あぁ、思ったよりはやく帰れそうだ……!」
俺はあすか君が持ってきていたものとは別の真っ白なアタッシュケースを開いた。中には9本、果物を切るときに使うような小さいナイフが納められていた。
「これが…純シルバー製ナイフ…!これで悪霊を祓うんですね!」
「そう、やつら銀に弱い!この前渡したダミーでの特訓は大丈夫かな?」
「はい、しっかり!!!」
俺はそれを聞いて安心した、この武器は彼女なら使いこなせるだろう。
「よし、ではこのナイフは今日からあすか君のものだ。」
やった!と感激の声をあげた彼女を微笑ましく見つめていたのも束の間、点滅していた電気は消え、準備しておいた特製の蝋燭の聖なる火の灯りだけが、大広間をこうこうと照らした。
俺とあすか君は息を潜めた。ガロンガロンと蛙の声とジジジという蝋の溶ける音だけが響く。刹那、
声にならない叫びと共にそれは現れた。
「#^&<###%^@%&##!!!!」
水上の言うように女の霊だった。しかし髪が長いだけで顔はほぼ髑髏だし胴体はほぼなく全体的に華奢なやつだ。そしてそんな悪霊は俺達目掛けて襲ってきたのだ!
「出やがったな!あすか君!!」
「はいッ!」そういうがはやいがあすか君はさっき渡したナイフをスローイングナイフの要領で仕掛けたカウパー・ボムに次々と命中させ、破裂させていく。
「#%@&&^####^&%$!!!!!!!!!!!!」
そして残りの5本のナイフを悪霊の正中線に打ち付けていく。
効果覿面だ。しかしあすか君のあの投てき技術…目を見張るものがある。悪霊はダメージを負ったのか徐々に動きが鈍くなった。絶好の徐霊ターンである。
「ぬふふぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
俺は動けない悪霊を思い切り右アッパーで殴ると、悪霊はこの世のものとは思えない叫び声を発して消えた。気がつくと電気は輝きを取り戻しているし嫌な気配も消えている。一連の騒動の犯人はこいつとみて間違いないだろう。そのまま朝を迎えたが何もなかったので事件は解決したとみていいな。そんな中ふと、あすか君の目がキラキラしていることに気付く。
「それが、伝説のシルヴァー・ハンドなんですね……!」
そう、生身の俺が何故悪霊を物理的に殴り付けることができたのか、それは俺の手の中に埋め込まれたある物質のお陰だ。
「ああ、そうとも、だがこいつに関しちゃあまり話したくない。いつの日になるか分からないがあすか君が一人前になれたら聞かせてあげよう。だがスローイングは見事だった。」
誉められた愛弟子は恥ずかしそうだ。きっとこれでまたトレーニング量が増えるんだろうなぁと、俺は考えながらあすか君と公民館を後にし、水上さんへ報告に赴いた。
「ホントなんですね!イヤー私も何回も確認しましたよぉ~、でも徐霊されたみたいですね~~ありがとうございました~~!」
事の顛末を聞いた水上さんは満足気だ。しかし俺は気になっていることがある。
「水上さん、しつこいようですがこの公民館ができる前はなんだったんですかね?曰く付きの土地とかやっぱりない…?」
「いや、ご依頼させて頂いた時にも一応話したんですがそういうのは全然聞きませんでした、昔からのとか、そういうのはなかったと思いますが。」
「いや変なことを聞いてすみません。そうですよね、またなんかあったらよろしくお願いします。」
「いやぁ、もう勘弁してほしいですよ、ハッハッハッハッ」
やはりなにかがおかしい、因縁もないのに何故悪霊が…?
それに水上という男、この一連の調査に全く疑いを持たないのも少し気になるんだよな…取り越し苦労だとは思うけど一応探らせておくか。もしかしたら師匠を殺した犯人のことが何か分かるかもしれない。待ってて下さい、師匠、仇は俺が…
そうして少しの疑念と最初の事件はこうして幕を閉じた。しかしこの事件が世界を脅かす大事件に繋がることは今の俺達には知る由もなかった。
つづく
熱中症の時考えたゴミみたいな話を最後までみてくれてさんきゅーでーす