表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/36

パトリック・アスナダイト

 二日後、エミリアは数軒先にあるアスナダイト侯爵家を訪ねていた。いくら徒歩距離とはいえまだ五歳。侍女と護衛をお供に付けての訪問だ。


「で? わざわざ何しに来たんだ?」


 パトリックの部屋に入ってすぐ、ソファーへと座る暇もなくそう告げられた。入口の扉前でそう言われて「う……」と口籠もりながら固まる。


 いかにも面倒臭そうにソファーへドカッと座り、こちらを睨みながら「座れば?」と指示された。


「お、お邪魔しますわ」


 イヤ〜な空気のままソファーで向かい合う。お茶を運んで来たメイドが物凄い速さでテーブルの上にお菓子と果実水を並べて下がって行った。恐らくこの気まずい空気を察知したんだろう。


「……」

「……」


 無言で目の前のパウンドケーキを食べていたが、空気が悪いせいか何だか味が分からない。耐えきれなくなって、エミリアの方から話を振った。


「わたくし、貴方と仲良くなりに来ましたの」

「………………却下」


 直球で話したら、直球で断られた。


「どっ、どうしてですの!? 幼馴染みなんですから、仲良くなりましょうよ」

「何でオレがエミリアと仲良くならないといけない訳? それに女は色々面倒だからイヤだ」


 散々な言われ様だが簡単に引き下がる訳にはいかない。


「わたくしは仲良くなりたいんですの!」

「オレにはその気はない」

「こんなに可愛いい女の子が頼んでるのに?」

「かっ、可愛いのは認めるが……」

(認めるんだ……)

「それでもイヤだ、帰れ」

「まだ来たばかりですわ、帰りませんっ」


「はぁ、はぁっ……」

「ふうっ、ふう……」


 勢い余って互いに立ち上がり言い合いになったエミリア達を心配してか、先程のメイドがお代わりの果実水を運んで来た。


 今度はゆっくりとした動作で空のグラスを新しい物と取り替える。その様子を見ながら落ち着きを取り戻したエミリア達はソファーへと座り直した。


「……好きにすれば? オレは相手しないから」


 それこそ面倒臭そうにそう言い放つとパトリックは壁の本棚から一冊の本を引っ張り出して読み始めた。


(わたくし放置で読書するなんて!)


 気に入らない態度にむうっ、とむくれかけたがパトリックは昔から暇さえあれば本を読んでいたから、今に始まった事じゃないなと思い直した。


 暫くソファーの向かい側で一人勝手にお茶会を堪能していたがお腹も膨れてしまい、手持ち無沙汰に部屋の中を見回してみる。


 広さ的にはエミリアの部屋とさほど変わらないし、応接セットや勉強机があるのも一緒だ。大きな違いはエミリアの部屋の棚には沢山のぬいぐるみや人形が並んでいるのが、パトリックの部屋の棚は全て本棚になっておりそこに隙間無く本が収まっている事。


 どんな本を読んでいるのだろうとソファーから立ち上がり、本棚を眺めてみる。最初に見た本棚は何やら難しげな経済書や法律関係の本だった。その隣には領地経営に必要そうな本。


(ちょ、五歳でこんなの読んでますの!?)


 エミリアも公爵家の令嬢なので家庭教師との勉強で多少なりとも読まされてはいるが、この量の本は考えただけで気が重くなりそうだ。


 気を取り直して次の本棚を覗きに行くと、歴史書や魔法書などが並んでいる。その隣には生物や植物の図鑑、世界地図、鉱石や花言葉の本などもあって興味が湧いた。


(この辺りなら読めそうだわ)


 そして最後の本棚を見に行くと、海外の文学書や小説がずらりと並んでいた。中でも推理小説が好きなのか色んなシリーズの探偵モノが集めてあり、どうやら今パトリックが手にしているのもこの中の一冊だった。


(へぇ……推理小説が好きなのね。可愛い所もありますわね)


 数ある探偵モノシリーズの中から巻数の一番長いシリーズの一巻目を手に取り、ソファーへ戻ってその本を開いた。


 その行動に一瞬こちらを見て顔を顰めたパトリックだったが、エミリアが開いている本が何かを確認するとやや怪訝そうな表情を見せつつも何も言わなかった。


 部屋には二人がページをめくる音だけが響き、時が流れていく。


 なんとなく読み始めてみた探偵モノ小説は主人公である若い探偵が、相棒のコックとバディを組んで事件を解決していく物語だった。


 探偵も優秀なのだが、相棒のコックが時折気付く疑問点や発言が事件解決のヒントとなって解き明かされていく展開が面白くてページをめくる手が止まらなかった。


 気が付くといつの間にか陽が傾き始めていて、お供の侍女から声を掛けられて驚いた。


「また来週に来るから、続き読ませてね」


 慌てて帰る用意をしてパトリックに告げると、無愛想に「勝手にすれば?」と一言。


「ええ、そうするわ。今日はありがとう」


 めげずに笑顔を返すと「う……」と呻きながら視線を逸らされた。耳が赤くなってるけど、どうしたのだろう。そんなに部屋が暑かったかしら。


 とりあえずエミリアは、仲良くなるのを目標に毎週一回パトリックの元に遊びに行く事にした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ