お兄様とエミリア 2
「お兄様ぁぁあ」
「ど、どうした!?」
自宅にて学園帰りのエドワードを待ち構えていたエミリアは、帰宅したばかりの兄を見つけた途端に抱き付いた。
「お兄様、わたくしまたしても詰みましたわ!」
「そ、そうか。でも少し話すのは待とうな? 部屋に戻ってからにしよう」
「分かりましたわ。さあ、早く行きましょうお兄様」
エミリアは勝手知ったる兄の部屋に入るなりメイドへ茶の準備をさせ、それが済むとお気に入りのクッションを抱き抱えながらソファーに座りエドワードの着席を待った。
「それで今回はどうしたんだ」
着ていた制服を脱ぎ、シンプルな部屋着へと着替えたエドワードはエミリアの向かい側に腰を下ろすと早速可愛い妹の話を聞く体制をとった。
エミリアが「詰んだ」と言ってくるのはもう何回目だろうか。毎回毎回おかしな方向に暴走する妹は世話が焼けるが、それもエドワードにしたら可愛くて仕方ない。
「イ……イアンと」
「イアンと?」
「イチャラブしなきゃいけませんの」
「ブッ! ブホッ、ゲホッ!? ……っ、な、なんて?」
エミリアの言葉に飲んでいた紅茶を吹き出し、むせるエドワード。当のエミリアは眉を下げて困った表情をしている。
「ですから、イアンと」
「イチャラブ?」
こくりと頷くエミリアにエドワードは困惑の表情を浮かべる。
「リア……何がどうなって、そうなったんだ?」
イアンからはこんな話は何も聞いてはいない。普段から二人は事あるごとに普通に(イアンが勝手に)イチャコラはしていたが、エミリアからイアンにベタベタする様な事はなかった。それがどうして……。
「わたくし、やはり悪役令嬢でしたのよ。お兄様」
「え?」
真剣な表情で説明を始めるエミリア。
「それもこれも全部フォスティーナ様が裏で糸を引いてましたの。ですからわたくしが頑張って悪役令嬢から逃れようとしても駄目だったんですの」
「フォスティーナ嬢がどうして」
「簡単な事ですわ、彼女も転生者でしたの」
エミリアはフォスティーナとの出来事を詳しく説明した。
「フォスティーナ嬢が転生者なのか!?」
「ええ、そうですのよお兄様」
「だとして尚更分からないのだが、フォスティーナ嬢は何故イアンと聖女をくっ付けたがるんだ?」
「ですから二人のイチャラブを見たくて」
「いやいや、何故見たいんだ。自分がイアンと婚約したい、とかにはならないのか?」
エドワードの問いにエミリアは不思議そうに首を傾げる。
「確かにそういう方も居ますわね。けど乙女ゲーファンなら推しの恋愛事情を遠くから眺めるのも醍醐味ですのよ。わたくしも出来ることならそちらの方が気楽に楽しめて良いですわ」
「……お兄ちゃんには理解し難い世界だ」
少し遠い目になるエドワードだが、気を取り直して話を続ける事にした。
「しかしだな推しも何も、イアンもサルビア嬢もゲームキャラではないだろう」
「……? どういう意味ですの?」
「いや、だからな。昔からお兄ちゃんはリアに説明していただろう? お前は悪役令嬢ではないと」
エミリアは再び首を傾げる。確かにエドワードは何度もそう言ってはいた。いつもバタバタしていたからあまりまともに聞いてはいなかったけど。
「やっぱりちゃんと理解していなかったみたいだな。改めて説明するからよく聞くんだぞ」
「善処いたしますわ」
「まず、確かにここはとあるゲームの世界ではあるがヒロインは母上だ」
「……んん?」
「そして悪役令嬢は現王妃様で、メイン攻略対象は当時の王太子だった現陛下や父上達側近だ。だからお前が心配していた物語の舞台は母上達が学生時代だった頃だから、とうに終わってるんだ」
「………………。」
暫く無言で頭の中を整理してみる。本当の悪役令嬢が王妃様でヒロインはお母様? ゲームのシナリオは既に終わっている? え、じゃあわたくしは? イアンやサルビアさんは?
「えっと、それではお母様はもしかして先代の聖女?」
「あぁ、そうだよ。今は聖女の力もほぼ無くなったので引退してただの公爵夫人だがな。聖女として活動していたのは若い頃だけだ」
「で、では、ヒロインは王太子を選ばずお父様を選んだという事ですの? そして悪役令嬢はそのまま王太子と結婚……」
「まぁ、そうなるな。それもあってか母上と王妃様は取立てて仲が悪い訳でもなく良好だ」
「なっ……」
エミリアはなんだか力が抜けてしまってヘニャヘニャとソファーへ突っ伏した。
「だから言っただろう、お前は悪役令嬢ではないんだって」
「そうですけどぉ…………あ! 続編とかは」
「この作品には無い」
キッパリと断言するエドワードにエミリアはふとした疑問が浮かんだ。
「あの、もしかしてお兄様も転生者?」
「あれっ、言ってなかったか? 転生者でもあるが、そもそもこのゲームのプロデューサーは俺だからな」
「なぁんですってぇぇぇ〜!?」
どうりで男性なのに詳しい訳だ。それならそうと早く言って欲しかった。今迄の苦労は何だったんだ。
「……大丈夫か」
「何だか気が抜けましたわ……ずっと悪役令嬢にならない為に頑張って来ましたのに違ってただなんて」
「違って良かったじゃないか。それに今迄の努力はリアの魅力にプラスされてるんだし無駄じゃないだろ」
「…………まぁ、そうですけど」
エドワードの言う通り悪役令嬢になりたくない為に日頃から無駄遣いは避けてコッソリお小遣いは溜め込み、人に嫌われる様な言動はしないと気を付け生活をしてきた。
国を追われた場合も考えて冒険者で生計も立てれる様にとスライム狩りに勤しんだお陰である程度は自衛出来る程には反射神経も磨かれたし、魔術も学園で習う必要の無いレベルまで習得している。
将来的に必要になるかは正直分からないが、万が一イアンと婚約破棄になったとしても路頭に迷う心配はないだろう。
「ようやくお兄ちゃんの話をちゃんと聞いてくれて嬉しいよ」
思えばいつも大事な部分を話し終える前にエミリアが暴走して何処へ行ってしまう為、エドワードは「仕方ない次回話せば良いか」とエミリアの説得を後回しにして来たのだった。
「でしたらイアンとは無理にイチャラブしなくても良いですわね」
「フォスティーナ嬢への説得が必要だけどな」
あのフォスティーナ嬢が素直にこの事実を受け入れてくれるだろうか。そこは大きな問題だ。
「でもさ、リア。フォスティーナ嬢関係なしにイアンとは普通にイチャラブ?はして良いんじゃないか?」
「はい?」
「だってさ今迄は悪役令嬢だと思ってたからイアンを避けていたんだろ? その必要は無くなったんだから素直にイアンと向き合う事が出来るじゃないか」
「そ、それは……」
そりゃ確かにエドワードの言う通りではあるけど、長年避けて来ただけに今更素直になれと言われても難しい。
「イアンの事は好きなんだろ?」
「すっ!」
みるみる顔が真っ赤に染まっていくエミリア。
「……べ、別にわたくしはイアンを、好きじゃ……ありま……せんわ」
語尾は段々と小さくなって行き、視線を逸らしてきょどり始める。
「…………お兄様のバカッ!!」
「ブフッ!」
抱えていたクッションをエドワードの顔に投げつけ、赤い顔のまま部屋から飛び出して行くエミリア。そんなエミリアを優しい微笑みで見送りながらエドワードは呟いた。
「……素直じゃないな、全く」




