茶会とエミリア
聖女の出現が発表された翌週末、エミリアはイアンのパートナーとしてピジュー侯爵家主催のお茶会へ出席していた。
エミリアは昔からこの茶会や舞踏会やらが苦手だった。とは言え公爵家令嬢であり、かつ王太子の婚約者という立場にある為エミリアが嫌だろうが出席する機会はかなり多いのが現実だ。
特にエミリアがイアンと婚約してからは、やたらと招待状が送られて来る様になった。招待先全てに出席する程暇は無いし、そうでなくとも行く行かないは此方のさじ加減でなんとでもなる。
なので出来るだけ出席したくないエミリアはどうしても必要な物にしか参加はしていなかった。下手にあちこち参加しまくって、これ以上攻略対象者らしき人物と出会いたくなかったのもあるが理由は他にもある。
(嫌われている……様な、気がするんですのよね)
例えばエミリアが他の令嬢に仲良くなろうと話し掛けると、何故か相手はワタワタと挙動不審になる。こちらがきちんと相手の顔を見て話そうとするも、向こうは視線を逸らすのだ。
(今日こそ、仲の良いお友達を作りますわ!)
そう意気込んだエミリアは早速、目星を付けた令嬢に話し掛けに行った。デザートコーナーに一人でスイーツを取りに来たらしい黒髪の令嬢が居る。確か彼女は伯爵家の一人娘だ。
「沢山あると迷ってしまいますわね」
出来るだけ笑顔を作りながら黒髪の令嬢に話し掛けると、こちらへ顔を向けた令嬢の大きな瞳が更に大きく見開かれた。
「そっ、そそそ、そう、ですわ、ね」
思い切りきょどりながら伯爵令嬢はワタワタと返事を返してはくれたものの、やはりエミリアの顔を見てからフイッと横に顔を背けた。口元を手に当てて何故か呼吸を整えている様だ。「きゃーわーいぃ〜♡」と小さく呟いて悶えているのだが、エミリアはそれに気付かない。
(う……またしてもこの反応。何ですの? 悪役令嬢だし、やっぱりわたくしの顔が怖いのかしら)
「あぁ、このカヌレとか美味しそうですわ。貴方も如何?」
折れそうになる心に蓋をして、伯爵令嬢の持つ取り皿にもテーブルからカヌレを取り分けてあげた。
「あ、ありがとう御座います。レナード公爵令嬢に取り分けて頂けるなんて、私は幸せ者です」
今度は瞳を潤ませながら頭を下げると「キャーッ」と小さく悲鳴を上げながら、エミリアが引き止める間もなく人混みの中へと消えて行ってしまった。
「えええ……もっとちゃんとお話したかったのに」
取り残されてしまったエミリアはカヌレの載った皿を抱えてトボトボとイアンの元へと戻って行った。
「おかえり、早かったね」
「また撃沈でしたわ、今回は悲鳴まで上げられてしまいましたわ」
「悲鳴?」
イアンは先程エミリアが声を掛けていた伯爵令嬢の方をチラッと様子を見る。エミリアは気付いていないが伯爵令嬢は仲良しの令嬢仲間の元に合流すると、カヌレの載った皿を自慢げに皆へと見せびらかしていた。そして間近で見たエミリアがいかに可愛かったとか、美しい鈴の音の様な声に昇天しそうで大変だったとかを話していた。
エミリアが何か盛大に勘違いをしている事には気付いているイアンだが、その勘違いっぷりや言動がまた可愛くて仕方ないので敢えて訂正する事はしないでいた。
自分の横でカヌレを小さく切り分けてチマチマと口へ運ぶエミリアを微笑ましく眺めて満足するイアンだ。
「結局、イアンの傍に居るのが一番落ち着きますわ……」
「エミリアは本当、可愛いね」
子供相手の様にエミリアの頭を撫で撫でするイアンと、悔しいとは思いつつもそれを何だか受け入れてしまって少しむくれて見せるエミリアの二人の姿は、もはや今ではいつもの光景だ。
自分の知らない所で周りの参加者達も今日も悶えさせる事には成功したエミリアだが、エミリア自身の目標である同性のお友達は今回も叶わない様だ。
「あら、エミリア様! イアン殿下、こんにちは」
いきなり登場するなり親しげに話し掛けて来たのは聖女のサルビアだ。ニコニコと笑顔を見せながら此方へと近づいて来る。
(な、なんでここに居るの? 今までどの茶会でも会わなかったのに……)