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彼女のいる瞬間

作者: 加藤とぐ郎

 俺は退屈していた。一人息子の俺は、幼少期から両親に期待をかけられ複数の習い事を掛け持ちしては、進路も友達も決められ、わがままは許されず育てられた。やる気のない子供に随分と骨を折っていた両親(かれら)も、今や着せ替え人形のように従順に成長した俺が誇らしくて仕方ないのだろう。

親の敷いたレールの上を愛想良く笑って進んでやる。これは俺の親孝行なんだ。産んでもらって育ててもらった恩を、俺の人生使って返してやるだけ。不満が無いこともないが、あと五年もすれば家を出る。この先、親のいない人生の方が長いだろうから、別にこれで構わない。

ただ、そんなだから俺は、俺が面白いと思うものがよくわかってない。晴らせない退屈に毎日ため息を吐いている。そう、俺は退屈していた。


 今日も今日とてうちの高校では、つまらない話ばかり飛び交って、下らない合いの手が相まって、より平面的な笑い声が張り出されている。昨日の席替えから俺は一番後ろの窓際の席で、なんとなく何か起こりそうな予感がしていたけれど、何かとは何かがさっぱり掴めずにぼんやりとしていた。その時は外の正門を眺めていて、マンションとかビルとか住宅とかに目を移しながら、結局どこを見ていたのかは覚えていない。

だから、教室の戸を開けて入ってきた教師が生徒を静かにさせる言葉にも、教師に続いて入ってきたとんでもない娘にも気がつかなかった。


「転校生の花空美久です。よろしくお願いします」

「お前ら静かにしろ~。じゃあ空いてる席に……ってあれ無いな?あー今持ってくるから、ちょっと待っててくれ。席はあそこにいる寺内って奴の隣だから」

「はい」


 花空(はなそら)?聞いたことない名字だな。ていうか、転校生って急過ぎないか。それとあの顔と声、何故か前から知っているような気がする。どこかで会ったことあるのか。いやでも、あんな美少女一度見たら絶対忘れないと思うけど。


「あなたが寺内颯(てらうちはやて)君?」

「はいそうですけど」


何で俺の名前知ってるんだよ。やっぱどこかで会ったことが?


「あのさ俺たち……」

「あっ!先生ありがとうございます。いえいえ持ちますよ」


なんだろう。この女何か隠している、そんな気がする。


 授業中も間も、特に彼女におかしな所はなかった。普通にノートを取っていたし、教師の出す問題に答えていた。何の障害もなく楽々と女子高生をこなしていた。

だが俺には彼女が不審に思えてならなかった。怪しいくらいに普通過ぎたのだ。転校生にしては日常風景に溶け込み過ぎているのだ。転校生など物珍しさに生徒が群がってもおかしくないのに、まるでそんな気配が無い。朗らかに聡明に女の子女の子していた。そして彼女に違和感を持っているのはどうやらクラスで俺一人。僅かに恐怖心を煽られる現象だが、対処しようはある。


「花空!」

「どうしたの?颯君」


こいつの正体を、こいつ自身に直接聞く。


「お前、何者だよ。転校生ってどっから来たんだ?」

「さすが、お颯君」

「なぜ美化語?」

「失礼、颯君。いやはやしかし、ずばり私の正体を見破ってしまうとはさすがだよ」

「まだ見破ってないし。つか、めちゃくちゃキャラ変わったな」

「ふっふっふ。そんなに慌てなくとも一から全てを話してばらして明かしてあげようじゃないの」

「うん。それはわかったから場所変えようか」

廊下のど真ん中ですごい色んな人に見られてるし、視線が痛い。


 「これって放課後デートというやつでは?」

「絶対に違うと思う」


とりあえず本性あらわした……、のかは定かではない彼女と高校からほど近い公園にて話をする事になった。


「で、お前何者だよ。いくらなんでも、予告無しの転校生をクラス全員が完全に一クラスメイトとして受け入れてる、あのおかしな状況。どう説明するんだ。怪しすぎるだろ」

「それを話すにはまず、私の秘密を知ってからでないとだめなの」

「秘密?」

「今から言うから、心して聞いて。本当に度肝抜かれるから、覚悟してね。何だったら腰も抜けちゃうかも、その拍子に顎が外れちゃって、足を捻挫するかもしれないし、あっ、そうなるとやっぱり心臓も麻痺しちゃうかも。颯君心臓弱い方?」

「いいから早く言えよ」

「うん言うね。私実は……」

「実は?」

「実は…………」

「実は??」

「実は………………」

「実は????」

「実は……、やっぱり言えない」

「いや言えよ!!!」

「宇宙人です」

「!!!」


えええ。あんまりショックじゃないのは何でだろう。


「あっそうなんだ」

「反応薄いね」

「何かこの展開、テレビか何かで見たことある気がするからかな?というかお前は何でそんなににこやかなんだ?」

「ええ?だってずっと隠してたことを告白出来たからさ。胸のつかえが取れた感じ?」

「そのつかえ八時間ぐらいしか滞在してないけど。弾丸ツアーかよ」

「で、未来から来たんだけど」

「ちょっと待て!」

「え?どうかした?」

「いや未来から来た宇宙人でその“どうかした?”はどうかしてるけど、未来ってマジかよ。今さら遅れを取り戻して“信じられない”がやってきたよ」

「そうそう、宇宙人で未来人で大統領だよ」

「なにーーー!?」

「そんなこと言ったって、正真正銘の宇宙人で未来人で大統領でお姫様なのよ」

「ちょっと待てーーーーーー!!??」

その日、俺のちょっと待てがどこまでもどこまでも響き渡ったという。めでたしめでたし。


 「めでたくないめでたくないよ!はあはあ……。くそっ、こいつ止まんねえ」

「めちゃくちゃノリいいね。さすがおとはや君」

「おい誰だよそいつ!で、一つずつ説明してもらおうか」

「うん」

「まず、何故地球に来たのか?」

「颯君、随分と早々に信じるんだね」

「話の中身を聞いて判断するんだよ。もし作り話だとしたらかなりの超大作だろそんなもん。未来から来た宇宙大統領プリンセスなんだっけ?」

「宇宙大統領ではないし大統領プリンセスではないけど、そうだね科学者だし」

「一個足すな。それで?」

「うん。私がここに来たのには理由があるの。それは本当は言えないんだけど、ヒントを言うと、ただの私のわがままなんだよね」

「わがまま……ね。言えないって、言ってはいけないってことか?」

「未来変わっちゃうからね」

「もう既にここまで干渉してきておいてよく言うぜ。そうか言えないのか。じゃあ宇宙人って言うのがよくわからないんだが、要するに地球外生命体ってこと?」

「そうだね。地球より遥かに高度に発展した文明があって、その中で一番偉い女王様の娘、つまりお姫様というわけなの。ちなみに大統領って言うのは普通に地球の大統領ね。先月就任したばかりなんだけど、あれ?今だと……年前だから?今から……年後?あれ?」

「もういい。わかったわ」

「いいの?」

「ああ」


この女の頭がおかしいことはわかった。だが一つだけ腑に落ちないことが残ってる。一番重要なことが。


「クラスの、クラスだけじゃない。学校にいたあいつらの様子がおかしかったのは何故か。どういうことなんだ?」

「記憶を操作したの、超能力を使って。私実は超能力者でもあるから」

「ふざけてんのか?ふざけてるよな、知ってたわ。なあ、真面目に答える気が無いなら正直に言ってくれよ」

「真面目だよ」


急に彼女の雰囲気が変わった。そしていつの間にか公園の中が無音になっている。風も吹いていない、鳥も虫もいない。無声を蝕む遊具たちだけが点点とそこに立っているだけで、まるで時が止まってしまったかのような錯覚に陥ってしまう。今世界に、彼女と俺の、二人しかいなくなった。そんな感覚。


「今から颯君の記憶を少し変えるけど、すぐに戻るから安心して」


闇。光。殻。自分。空気。力。葉。食。成長。変化。変身。飛翔。鱗粉。花。蜜。同胞。異種。天敵。交尾。卵。死。


「っはあ!?なんだ今の?」


俺は蝶々に、いや蝶々が俺に?ってなんだよこれ。荘子かよ。夢を見てたわけじゃなさそうだ。夢にしては自我がはっきりしすぎだった。


「超能力で記憶の形を無理やり変えるから、力を抜くとすぐに元に戻っちゃうの。変えられてた時の記憶は時間経過で段々なくなっていくから、五分後にはただ夢を見てた感覚に、明日には完全に忘れてるよ」

「なるほど。信じるよ。信じるから二度と俺を蝶々にしないでくれ」


今になって本当に恐ろしかった感覚だけが残っている。


 「まあ全部信じることにするよ。一応な、一応。それで他にはないのか?」

「実は元ヤンキーだよ」

「弱っ!」

「おまけに実は女の子も好きです」

「さっきのと比べてると弱すぎる」

「小さい頃、歌のコンテストで優勝しました」

「一番どうでもいいの来た!」

「ちなみに家系が家系だから八百長です」

「悲し過ぎる」

「あと自分、アンドロイドっす」

「はあ!?お前生身じゃねえのかよ!」

「えっと正確には、サイボーグなんだけど、体の一部がロボットなので、アンドロイドでもありかなって」


もう何でもありもここまで来るのか。


「これコンプリートしてんじゃないのか、転校生が実はシリーズ」

「気持ち的にはそうだね。あっ!そうだ!」

「今度はなんだ?」

「実は眼鏡を外すと超絶美少女だよ」

「眼鏡してないだろ」

「え、私今、超絶美少女さらしちゃってる?」

「あほさらしてんぞ。ああ……、もうお腹いっぱいだわ、さすがに飽きた」

「ええでもまだあるよ」

「そういえば、見た目全然普通の人間だけど、そういう技術?変装とか?」

「私、人間のハーフでもあるから、結構素の状態に近いよ」

「すごいなお前の人間側の親」

「それでね、見て。ほら」


髪を耳にかけると、突然耳が変形し尖った形になった。

「私、妖精でもあるの」

「ファンタジー!?急に路線変更してない?大丈夫なの?」

「あと獣人要素も」

「どっから生えてきた猫耳!うわっ、動いてるし」

「失礼だな山猫の耳だよ」

「変わんないだろ。それよりお前、耳四つあんの?やんわりと気持ち悪くね」

「別に気持ち悪くないよ宇宙人なんだし。デリカシーないな。なんなら、つっこむとこ他にもあるでしょ。今さら耳四つくらいスルーしなさいよ」

「とはいってもよ」

「ああ惜しいな~」

「何が?」

「私じゃなくてクローンがここに来てれば、“実はクローンでした”も達成できたのに」

「クローンまで。て言うかいつから実は何々でしたゲームになったんだよ」

「ここに来たのが影武者だったら」

「影武者だあ!?なるほど、お姫様だからか」

「クローンで影武者の──」

「クローンが影武者かよ」

「忍者でスパイで殺し屋よ」

「何か深い闇を見た気がする……。まさか、実は幽霊とか?」

「それはない。颯君ないわー」

「なんっっでだよ!!!!」


落ち着け、俺。転校生が幽霊なわけないだろうが。だめだ、完全に麻痺してやがる。今までのやり取りで物凄く疲れた。久々にこんなに声出したかもしれない。思い出してみれば最近ずっとつまらなくて腐りかけてたのに、こいつと話してたらそんなこともさっぱり忘れてた。正直、自分でもこいつの言ってることを信じているのかわからない。あまりにも突飛すぎる。でも、なんかこいつと話してると。


 「なあ、花空」

「なあに?」

「花空って偽名だろ」

「美久は本当の名前だよ」

「そうなの?」

「良い名前でしょ」

「……ああ」

「ねえ、颯君」

「なんだ?」

「この街、案内してくれない。颯君がいる街」

「どうせ暇だし、いいぜ。ついてこいよ」


 それから俺の思い出深い場所巡りをする流れになった。生まれた時からこの街で育って今も住み続けているから、初めは懐かしさなんて感じないと思っていた。けれど、高校生になってから行かなくなった場所に赴いて、彼女に小学校や中学校時代の思い出話を聞かせていると、その場所がとても大切だったような気がして不意に懐かしいと感じてしまった。

周りの建物は変わってるし、目線の高さも少し違う。あの頃は親の言いつけを守ってるのが嫌で、早く大人になって自立したいとずっとそればかり考えて、毎日が退屈だと嘆いていた。でも本当は、退屈だと考えていた時のことだけを覚えていて、なんだかんだ楽しんでいた一瞬一瞬は確かにあったのだろう。

多分きっと、それは今も同じで、退屈に埋もれた毎日に嬉しい瞬間や楽しい瞬間が隠れているだけなのだろう。そして隠れていた物が俺にとって何より大切な物なのだ。


 家出をしようとして迷子になった道路、初めて友達と殴り合いの喧嘩をした公園、好きな人と一緒に花火を見たベンチ、勝手に肝試しをして怒られた廃墟、受験勉強期間何度も通った図書館、各々の場所に色々な思い出があって、一つずつに彼女を連れて行った。一歩一歩進みながら、限られた時間で回れるだけ見て回った。たまに立ち止まって、横道に逸れたり、日が沈んだのにも気がつかないほど彼女と歩いた。

そうして思わず俺の家に着いてしまった。話に夢中になりすぎて気付いてなかったのか、もう帰ろうと思っていたのか、結局どこを目指していたのかは覚えていない。


 「ここ。ここが俺の家」

「へえ」


何をそんなに感心することがあるのか。彼女は何の変哲もない一軒家を眺めて、感慨深げにため息を吐いた。その横顔はやはりどこかで見たことがあるような気がする。


「ありがとう」

「何が?」

「おかげで未来から来てやりたかったこと全部出来た」

「そういえばお前、未来から来たんだったな」

「うん。だから帰らなきゃいけないんだ」

「そうだろうな。じゃあ俺も帰るわ」

「うん」

「俺さ、久しぶりにすげー楽しかったよ。ありがとう」

「あのね、その、最後にお願いがあるんだけど」

「お願いって?」


彼女はうつむいて何かを迷っている。あるいは勇気の在処を探しているのかもしれない。


「名前を呼んで欲しいの。私の本当の名前、を」

やがて顔を上げて俺を真っ直ぐに見つめる瞳が、強くて弱い彼女の声を紡ぎ出した。


「美久。元気でな」

俺は彼女に背を向けようとしたが、彼女がまた俺を呼び止める。


「待って。あのね、さっき言わなかった、ここに来た理由。こ、この時代の、この場所に来たかった理由」

「言えないんだろ?無理しなくてもいいんだぜ」

「違うの。あのね……」

「ちゃんと聞いてるから。ゆっくりでもいい」

「あのね……」

「うん」

「……」

「いや言えよ!……美久?」

「お父さん」

「お父さん?」

「十七歳の時のお父さんにどうしても会いたかった」

「え?ちょっと待てよ、それって……。おい!?」


彼女の体が少しずつ見えなくなっていく。ゆっくりと風に溶けていくように。


「大丈夫。未来に戻るだけだよ。颯君」

「待てよ美久!美久!」


 「行った……、のか。じゃあ俺の、嫁さんって……」

そして彼女はこの世界のどこにもいなくなった。また会えるのは何年後になるのだろう。俺はいつもそればかり考えている。俺は、彼女のいる瞬間のために、俺の人生を歩き始めた。

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