待ち合わせは「横浜駅東口の動く銀のバケツ」にて(仮の題名)
竹下は、SNSで気になる方が出来たので、フォローをしたところ、その方も、フォローをしてくれた。
それが、「甘井 苺」さんとの出会いである。
よく、「割れ鍋に綴じ蓋」というが、竹下の場合は、その割れっぷりが「金継が必要なレベル」と自覚していた。
しかし、「甘井 苺」さんは、まさに、その金継まで施せるほどの綴じ蓋っぷりで、地の性格で上手く行く気配がした。
尤も、竹下は、SNSでは地の性格でやり取りしてて、その傍若無人なふるまいで、特に女性からはフォローされない傾向が強かった。
しかし、「甘井 苺」さんとは、DMの機能で直接やり取りをすると、どうやら、女性の方であることは間違いなかった。
さらに、元々の職業柄、他人をお世話したり、教育したり、面倒見たりすることが好きとのことだった。
しかも、同性の方と同棲していて、居候の身のようだった。
竹下にとっては、あまり干渉されたくないと思っていたが、「甘井 苺」さんには、なんかいろいろ深く関わりたいと思ってしまった。
ある日、その同居人の話題が出たときに、妙に興味が出て意気投合し、直接会ってみることとした。
ハンドル名「甘井 苺」の命名は、その同居人が命名したとのことで、竹下は、その同居人に対して妙な既視感を覚えたのである。
ただ、話の流れで、妙にうまく行き過ぎていることを理由とする不安が拭えなかった。
以前、同じようにやたら上手く行っていた異性とのやり取りで、「実は、デート商法による投資の勧め」とか、
「実は、恋愛商法による高額商品の購入」とか、「実は、宗教勧誘」、「実は、マルチ商法」など、
いい気持にさせてからの本題があまりに多く、かなり警戒していた。
それを考えると、「甘井 苺」さんの意図するところは何だろうと思わざる得なかった。
したがって、竹下は、本当は横浜は、すでに地元ではなかったが、あえて、横浜を拠点として居ることにして、
「甘井 苺」さんと付き合うこととした。
実際には、横浜に住んではいないが、仕事先は横浜なのでウソではなかった。
あと、横浜に長いこと住んでいたので、土地勘もあったし、実家はいまだに横浜なので、ウソではない。
どうも、「甘井 苺」さんも、横浜が地元とのことだったので、待ち合わせ場所は、その近辺にすることにした。
いくつか候補が思い当たる中、横浜以外の方だと思い当たらないが、横浜駅を知っていたら、おそらくすぐに解る場所。
しかも待っている間に退屈しない場所を指定することとした。
「女性は普通に遅れてくることが多い。」
竹下は、常にそう思っていた。
したがって、待っている間も不機嫌にならず、スマホをいじり続けなくても済むような場所を指定することにした。
そこで、「横浜駅東口の動く銀のバケツで待ち合わせ」を提案したところ、「甘井 苺」さんも、すぐ理解した。
はたして、次の日曜日に、「甘井 苺」さんと、待ち合わせである。
ちなみに、竹下は「甘井 苺」さんの風貌については、あまり期待してなかったが、そこは相手「甘井 苺」さんもおそらく同じである。
日曜日、地元の駅を早朝に出発して、一気に横浜に向かった。
何しろ、横浜まで、3時間弱の長旅である。
女性には許されても、男には遅刻は許されない。
約束は、「午前10時に横浜駅東口の動く銀のバケツ」である。
指定の場所には、30分ほど早く着いた。
しかし、到着してから、ふと気が付いた。
「「甘井 苺」さんは、何を頼りに、僕が竹下であると判断するのだろう」
ちなみに、竹下は、相手のほうから、「甘井 苺です」と名乗ると信じて疑っていなかった。
とことんダメなやつである。
ところで、なぜそのような疑問に気が付けたかというと、竹下自身が、「甘井 苺」さんの特徴を知らないことに気が付いたからである。
慌てて、メッセージを送って着ている服などを聞いたが、電車に乗っているのか反応がなかった。
やっちもうたのは仕方ない。
とりあえず、独特な噴水をパシャパシャスマホで撮影することとした。
そして、約束の時間の10分ほど前、撮影に夢中になっていたところで、後ろから、女性の声が聞こえた。
「もしかして、ケータケさんですか?」
そういえば、SNSでは、「K-Take」と名乗っていた。
「はい、そうです。甘井 苺さんですか?」
と返事すると、
「はい。」
と答えた。
そのやり取りで、当然の疑問が沸き上がった。
「どうして、僕が「K-Take」と解りましたか?」
と聞くと、
「え。違うのですか?」
と返された。
「いえ、正しいです。しかし、僕は、何の特徴も言ってなかったのに、よく確信できたなと思いまして…。」
「なんとなくです。貴方の頭上に、吹き出しが出てて『K-Take』と書いてありました。」
「なるほど。実は、貴方の頭上にも吹き出しが出てて『甘井 苺』と書いてあり、確信できました。」
「お互い特徴とか伝えてなかったので、不安でしたが、会うことができましたね。ところで結構撮影していたようですが…」
「夢中になって、撮影してて、お恥ずかしいこと、済みません」
「実は私の同居人も、そんな感じなので、あまり気にしてませんよ。ところで、だいぶ待ちましたか?」
「はい、10分ほど…」
「…そこは、『今来たところだよ』というのが定型句ではないですかね。」
「…あ、はい。今来たところです。もっと、ゆっくりでもかまいませんでしたが…」
「…貴方、良く、変なことを言う方だと言われませんか?」
「えっ。なぜ解りますか?」
ちなみに、ここまでは、電車ではなく自動車できたとのこと。
横浜駅は、1時間600円の駐車料金なので、かなり高い。
長居できない事情を話してきたことから、竹下は察して、初めてのデート?は、極力手短に済ますことにした。
しかし、悪い印象はなかったので、「また逢えたらいいな」とは思った。
「甘井 苺」さんのフォローが外れてはいなかったあたり、まだ脈はありそうである。